五段目 魔導ビームは熱光線
「なあ、何で俺たちいつも野宿なんだ?」
夜の森の中で焚き火をつつきながら、俺は以前からの疑問を口にした。
レファンテ大陸に来てからすでに1週間になる。
遺跡で遺物を漁ったり、魔物の血や臓物から薬を調合したり、森で狩った動物を調理したりして生活しているわけだが、夜は常に街の外で過ごしてきた。
食材の買い出しや遺跡に入る許可、調合した薬や遺物を買い取ってもらうために街に入ることはあっても、生活の場は基本的に野外だ。
「まさかお尋ね者ってわけでもあるまいし、金ならそれなりにあるはずだろう?
探索都市で部屋を借りたりできないのか?」
「ん~……まあ、別にかまわないんだけどね……」
「まさか、街の人にいじめられるとか?」
「ないない。確かに隻腕は目立つけど、なめられない程度には名が売れてるからね。」
「だよなあ。」
街で会う人の反応を見るに、ある程度名が売れているというのは事実のようだ。
……会う人は大抵、顔を引きつらせたり半歩ひいたりするので、名高いのは悪名の方な気がするが言わぬが花だろう。
「まあ、たまには少し贅沢しようかね。」
後半小声で「……多分大丈夫でしょ」と付け加えたのが気にかかるが、そんなわけで明日は街に泊まろう、ということになった。
●●●
翌日、夜。
「大抵の冒険者はもう少し安い宿になるんだけど、ワタシたちは普段の出費が少ないからね。
ランク高めの宿をとってみたよ。」
「なるほど、道理で……」
この街は冒険者が多い。遺跡探索のための前線都市だから当たり前だ。
俺たちはあまり街に入らないとはいえ、それなりに他の冒険者も目につく。
冒険者の大半は三等冒険者で、屑拾い同然の仕事で日銭を稼ぎ、食うや食わずやの生活を送っているようだ。
とはいえそんな連中でも寝床を用意してやらないと治安が悪化する。
そのため、三等冒険者の最低限の衣食住は街から補助が出るらしい。
二等冒険者なら大分マシだが、それでも大部屋で雑魚寝も珍しくないとか。
しかし、俺たちが今いるこの宿は明らかにそれとは違う。
現代日本の人間から見ると粗末に感じるとはいえ、ベッドがある個室。
掃除は行き届いているし、シーツも清潔だ。
「二等冒険者でも上位のヤツしかこのランクの宿には泊まれないけど、私たちは普段の宿代がかからないからね。」
「まあ、せっかくだし。くつろがせてもらうおうか。」
そう言って俺はベッドに腰かけた。
●●●
夜更け。感覚では多分午前1時ごろ。
「……。」
俺は違和感を覚え目を覚ました。
音ではない。耳に入る音は遠くから聞こえる酔っぱらいの歌声ぐらいだ。
しいて言うなら匂い。攻撃的な気配を感じる。
修行時代、親父に夜襲をかけられたときに感じた感覚だ。
あえて起き上がるとこはせず、布団の中でナイフを抜く。
20秒後、雨戸をぶち破り黒い影が部屋に躍り込んできた。
「まだ諦めてなかったのか……!」
そう言って、跳ね起きたフレイスの目と腕が燃え上る。
炎に照らされた襲撃者は3人。そのうち2人が俺に向かってきた。
武器は剣とウォーハンマーか。
「フレイス! その口ぶりだと、心当たりがあるのか!?」
「もう諦めたと思ってたんだけどね……! 話は後!」
残ったもう1人の襲撃者は先端に宝石の付いた杖を持ち、フレイスの方を向く。
しかし、俺たち相手に夜襲を仕掛けてくるとは……
「忍者と猟兵を相手に夜襲とはいい度胸だな!」
「誰が猟兵だ!? 最初に会ったときワタシは魔導士だと言っただろう!」
軽口を叩きながら剣をかわし、ナイフでウォーハンマーをそらす。
一人一人の技量はあくまで『それなり』程度だが、コンビネーションがうまい。
このまま戦えば少々厳しい相手だが、律儀に1対2に付き合う義理もあるまい。
「たあぁっ!」
気合の声と共に、縦にまっすぐ振り下ろしてきた襲撃者の剣を、あえて無防備に受ける。
「「なあぁっ!?」」
2人の襲撃者がそろって驚愕の声を上げた。
それはそうだろう。真っ二つに切り裂いたと思った相手が本当に『2つ』になったのだから。
「「見たか! 車隠流・分身の術!」」
これで1対2から2対2だ。数の優位が崩れた相手は目に見えて怯んでいる。
一方フレイスはと目をやると、珍しく右手の氷のガントレットを主体に戦っていた。
「"疾風刃"!」
襲撃者が叫ぶと、ふりかざした杖から風が巻き起こり、フレイスへと襲い掛かる。
フレイスは右手を前に出した半身の構えからガントレットで風を防ぎ、一瞬の踏み込みで襲撃者の懐に跳び込んだ。
氷の手で襲撃者のみぞおち狙いの突き。さらにそれを囮にして、同時に炎の左腕が右顔面狙いで踊りかかる。
しかし、襲撃者もかなりの手練れのようだ。
フレイスの両手を使った攻撃を杖の両端で受け止めた。
ただの木の杖でフレイスの炎と氷を防げるはずはない。何かの魔導を杖に仕込んであるのだろう。
フレイスの拳と襲撃者の杖でつばぜり合いが生じ、膠着状態が生まれる。
「達蔵! どうにも誤解してるようだから、ワタシの魔導士らしいところを見せてやろう!!」
フレイスが呼吸法を切り替えた。
コォォ……と音を立て、口から陽炎が見えるほどの高温の空気が吐き出される。
それとともに、左目の炎が小さくなっていき、しかし輝きが増していく。
炎が極限まで収束し、光る点になった直後、拳と杖のつばぜり合いの状態からバックステップ、フレイスは襲撃者との距離を空けた。
格闘主体で戦う普段なら、絶対にしない行動だ。
「見てな! これがワタシの魔導!」
そう言って真正面から敵を見据え、
「"火炎視線"ッ!!!」
目から、光がほとばしった。
……ビーム?
「出るものなんだな。人間の目から、ビームって。」
我ながら、間の抜けた感想だったと思う。