四段目 仮面の忍者と赤い影
フレイスの左腕に照らされ、壁に多数の影が踊る。
遺跡の一室で、俺とフレイスは武器を持った骸骨兵たちに囲まれていた。
「……たぁっ!」
手近な骸骨兵の胸骨ど真ん中に蹴りを叩き込む。
骨だけの体は体重軽い分、後ろにいた別の骸骨兵も巻き込んで派手に吹っ飛んだ。
が、バラバラに外れた骨を自分でつなぎ直して、すぐに起き上がってきた。
「蹴り飛ばしても平気で起き上がってくるか。キリがないな……」
「魔導で身体をつないでいる魔物だからね。殺してやるには、例えば……!」
そう言ってフレイスは炎の左腕を伸ばした。
広がって大型化した掌で骸骨兵の頭蓋骨をわしづかみにすると、パキパキと木がはじけるような音が鳴り、一瞬だけ煙が上がる。
直後、焼けたことでボロボロになった骨を炎の手が握り砕いた。
残された骸骨兵の胴体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「こんなふうに頭や首の骨を砕いて、二度とつながらないようにすればいいのさ!」
「わかった、やってみよう。」
とはいえ、俺はフレイスのような火力がないので、一撃で頭蓋骨を粉砕することはできない。
骸骨兵が振るう剣を避けるついでに思い切りジャンプ、半回転して天井に着地。
この位置からなら向こうの攻撃はかがめば届かなくなり、こちらは手を伸ばせば相手の首に届く。
下へ手を伸ばし、フレイスから借りたナイフを頸骨の隙間にねじ込んだ。
骨にナイフを押し当て、首の周りを一回転、頭蓋骨が胴体からころりと落ちた。
胴体が慌てて頭蓋骨を拾い、首の上につなぎ直そうとするが、何度やってもはまらない。
4回目に拾い上げようとしたあたりで、力尽きて崩れ落ち、動かなくなったようだ。
「なるほど、骨の凹凸を削り落として『嵌め合い』が合わないようにしたわけか。」
3体目の骸骨兵を淡々と焼き砕きながらフレイスが振り向く。
「思った通りだ。アンタ、戦闘に向いてるよ!
戦い慣れてるワタシよりも、やり方がスマートなくらいだ!」
そう言いながらフレイスは今度は右手を突き出した。
いつの間にか、その右手は氷に覆われていた。
氷のガントレットを振りかぶり、壁際の骸骨兵を右ストレートで殴りつけると、壁と拳に挟まれた頭蓋骨は簡単に砕け散った。
「いやあ、フレイスの両手も相当だと思うがな……」
喋りながら、俺は4体目が頭を拾おうともがくのを横目で見ながら5体目に向かう。
フレイスはその間に6体目を粉砕している。
●●●
部屋には焦げ臭いにおいが充満し、バラバラになった骨が山積みになっていた。
骸骨兵と戦った部屋は遺跡の中心部だったようで、各部屋を探索して見つけた遺物は一度この部屋に集めることにした。
探索中にフレイスに聞いてみたところ、この遺跡は元々アパート的な住宅だったようで、骸骨兵は警備や簡単な雑用のために作られた存在だろう、とのこと。
「戦利品はこんなところかな。銀貨にしてざっと7シュ程度、まあまあの収入だね。」
この世界、当然ながら貨幣価値、単位は日本とは違う。
フレイスにいくつかの物の値段をたずね、ざっと計算したところ、1リョー金貨=10万円、1シュ銀貨=1万円、1モン銅貨=10円、くらいの価値のようだ。
つまり1リョー金貨=10シュで、1シュ銀貨=1000モン。
ある意味日本とあまり変わらないが、そこは置いておくとして。
今日の探索で約7万円。日本人の感覚では命がけの仕事にしては安い。が、この世界では十分高額な部類らしい。
「で、なんだこれ。」
古いコインや宝石などもあったが、遺物の大半は、『紋章が刻まれた石』や『模様が描かれた巻紙』などの良く分からないものだ。
「昔……千年くらい前に魔導文明ってのがあってね。
今ではもう失伝したけど、魔導具を作る技術が優れていたそうだよ。
今だとかなり高価な魔導具も、当時はいくらでも手に入って、庶民でも恩恵にあずかれたみたいだね。」
「例えばこの石板は?」
直径20cmほどの石板を手に取って見せる。
「それは"熱の石板"っていって、上の面にだけ熱を発する魔導がかかってる。
温度も調節できて、昔はこれに鍋をのせて煮炊きしてたと言われてる物さ。」
「IHヒーターか……」
「? 日本にも同じものがあるのかい?」
「いや、別物なんだけど、目的は同じだなって思って。」
●●●
夕方前には遺跡に着いたとはいえ、探索を終えたころには既に日は落ちていた。そこで、今日は遺跡の一室を寝床にすることにした。
戦利品は整理して、壊れないように荷造りしておく。
「しっかし……アンタもずいぶんと仏頂面だねえ……。」
俺用に新しく用意した背嚢に戦利品を詰め込み、荷造りを終えたところでフレイスが妙にしみじみとそんなことを言った。
「骸骨兵だって初めて見たんだろう? でも驚きもせずに平然としてたし、今もこれだけの遺物を見つけても特に喜ぶわけでもない。
生まれつきのものかい?」
「いや、むしろ元々は思ってることが顔に出るタイプだったんだ。」
いずれ聞かれることとは思っていた。
表情に乏しい自覚はある。というより、むしろ意図して表情を抑えているからだ。
「? じゃあなんでそんなに愛想がないんだ?」
「俺が笑ったりすると、こんな顔になるから。」
普段意識している顔の筋肉を緩めて、なるべく自然な笑顔を浮かべてみる。
フレイスは目に見えてドン引きしていた。
「すまん、ワタシが悪かった。
アンタは不愛想なままでいい。」
謝られてしまった。しかも追い打ちをかけられた。
「しかしなるほど、普段は表情を出さないように気を付けていたとは……
ああ、それで最初に会ったときお面なんてかぶってたのか。」
「まあ、そういうことだ。お面をかぶってればどんな顔をしていても人に見られないからな。」
そう、俺がお面が好きになったきっかけはそれだ。
子供のころは俺の顔を見るたびに、親ですら一瞬ビビっていた。
そんなときに、縁日でお面を買った。そして、お面をかぶるっていると誰も俺の顔に驚かなくなることに気付いたのだ。
成長するにつれて表情をコントロールする方法を覚えたが、昔の名残でお面を集めるのが趣味になったわけだ。
……急にこちらの世界に飛ばされてしまい、親や友人が心配しているだろう、悲しんでいるだろうと思うと心が痛む。
が、コレクションをもう手に取れないのが残念だという気持ちが、その次くらいには来る。
「でもそれなら、少なくとも戦うときはお面をかぶっていた方が良さそうだね。」
「え?」
「気付いてなかったのかい?
アンタ、今日はワタシと会ったときよりキレがない。わずかに集中がそれている感じだ。」
「マジか。」
気付かなかった。
すでにクセになっていると思っていた表情の維持に集中力が奪われていたとは。
考えてみれば、学生時代に親父に稽古をつけられていた時はお面をかぶっていなかった。
そもそもお面をかぶったまま戦ったことなどなかったのだ。
懐にしまっていた鬼の面を取り出し、頭の後ろで紐を結ぶ。
「しかし、人前で歩き回るのは少し恥ずかしい気もするな……」
「冒険者なんて目立ちたがりのハッタリ屋ばっかりだから、鬼の面をかぶってるくらい、どうってことないさ。
ワタシに言わせればそれでも地味なくらいだね。」
「マジか。」
確かに、フレイスの風貌は非常に目立つ。
流石に街中で炎の腕は出さないが、隻腕に眼帯で火傷の痕。ギラギラとした三白眼。
なまじ美人でスタイルが良く、ボディラインの出るセクシーな恰好をしているせいで、すさまじいギャップを生じている。
……確かにこいつと並んで歩くなら、鬼の面くらいどうってことないかもしれない。