三十五段目 それは秘密秘密秘密
今は気絶している、諜報機関のこの3人はほぼ間違いなく隠し武器をもっているだろう。
入念にボディチェックをする暇はないので、手っ取り早く全裸にひんむいた。
……カルヴァが短く悲鳴を上げたので、パンツだけは、はき直させておこう。
魔導の類いを使われないよう、猿ぐつわをかませて、
「これで良し。
おい、起きろ!」
活を入れると、3人とも目を覚ました。
「お前らと問答する気はない。
忍術兵器はくれてやるから、持っていけ。そして二度と俺たちの前に出るな。
フレイス、起動してくれ。」
「あいよ。」
忍術兵器をやると言われ、さぞ驚いているのだろう。
状況が呑みこめずに目を白黒させている3人を無視して、カルヴァに石板型の魔導具を起動してもらう。
「お前らも日本語は読めると思うが…… 念のため俺が読みあげようか。」
そう、魔力を流した石板には日本語で文章が浮かび上がっていたのだ。
「『シュテア王国軍、総兵数245,000人。総大将はブラン将軍。弓、槍、鎧は十分備えているものの、兵数に対して攻城兵器が不足。
兵站も不十分なため、長期の籠城戦に不利で……』」
「お待ちください、山上様。
この文章はどういうことでございますか? シュテアは王国ではございませんし、今の総大将はホープ将軍のはずでは。」
「待ちなカルヴァ。
達蔵、これはもしかして……」
「そうだ。数百年前、山上源蔵が現役の時代の軍事情報だ。
シュテアだけじゃない、ヴィラハも、他の国も。多分他の二部屋の分も合わせて、大陸中の当時の国家の軍事機密がまとめてある。」
石板に表示された文章はページをめくることも可能で、そこにはより詳細な情報や、重要人物のプロフィールなども書かれている。
「"忍術兵器"とはよく言ったものだ。
忍者の最大の武器は情報。もし当時、どこかの国がこの情報を手に入れていたら、大陸統一も夢じゃなかったんじゃないか?」
「だけど達蔵。今となってはコイツはもう……」
「歴史的資料としてなら、素晴らしい価値だと思うんだがなあ。」
「歴史的資料と申されましても……」
結論として、忍術兵器に必死になって追うような価値はない。
襲撃者たちは、3人まとめて白目をむいて呆然自失となっていた。
●●●
神殿遺跡を包囲していた部下たちも含めて、ヴィラハ諜報機関の面々は撤収した。
追っていた忍術兵器の正体があんなものだとわかってしまえば、リスクを冒してまで俺たちと敵対する理由もないというわけだ。
「とりあえず危険は去ったが、なんというか……」
「損しかなかったというか、何も得るものがございませんでしたね。」
当然だが、諜報機関の連中を撃退してもギルドから評価されるわけでもない。そもそも存在が認知されていないのだから。
肝心の忍術兵器は資料としての価値しかないので、これまた大した功績にはならない。
せいぜい趣味人が喜ぶ程度、はした金にしかならないだろう。
「全員ここまでボロボロになるまで戦ったってのになあ……」
しばらくは療養せざるを得ないと、そのことも考えるとあらためて気が重い。
「で、なんでフレイスはそんな平気な顔をしているんだ?」
こういう時、一番怒るのがフレイスだと思っていたのだが、意外と機嫌が悪くない様子だ。
「ふふーん、これ、何だと思う?」
そう言ってフレイスが俺たちに見せたのは、
「……書状か?」
「この紋は、ヴィラハ王国の…… まさか、これ王家の紋章ではございませんか!?」
「そう、連中の服を脱がした時に貰っておいたのさ。」
「えーと…… 多分、帝国で忍術兵器について調査するように指示した命令書…… か?」
「正解。ヴィラハが裏で動いてたって証拠品さ。
ワタシが持っててもあんまり意味はないけど、これを…… 例えば権威ある人間の名のもとに公開すれば?」
外国の特殊部隊が国内で活動していた証拠。これが貴族などを介して、公になってしまえば……
「外交問題。元々仲の悪い国同士でございますし、開戦に一歩近づきますな。」
「かなりヤバいブツじゃねえか!」
「もちろん、実際に送りつけても公開されることはないだろうけど。偉い人はこういうものを使ってあれこれ暗躍してるんだろう?
善良な市民としては、こんな危険物は領主サマにお届けするべきじゃないかな?」
ニヤニヤ笑いながら、フレイスは書状を手先でもてあそんでいる。
つまり、こういうことか。
政治・外交において強力なカードとなるこの書状を領主に届けて、恩を売り、便宜を図るように要請する。
なにしろこちらはヴィラハ諜報機関のトップスリーを撃退している。この書状を持ち込むことが、俺たちの能力の証明にもなっているわけだ。
なら向こうが俺たちを粗略に扱うこともない。既に一等冒険者として功績も上げているフレイスの立場が説得力を生む。
「転んでもただでは起きないってわけか。」
「あれだけ迷惑かけられたんだ。これくらいいただいてもバチは当たらないだろうさ。」
「ある意味、得られたものは当初の予定と同じでございましたね。忍術兵器も『情報』、この書状も『情報』でございますから。」
諜報機関の連中はおそらくこの書状を取り返しには来ないはずだ。
既に探索都市であれだけ暴れた以上、帝国の関係者も賊の正体には感づいている。この書状はそれを補強する証拠というだけだ。
つまり、直接戦った俺たち3人が適切な場所に持ち込んだ場合のみ利益が生じる。
なんとも抜け目のないことだ。




