三十四段目 千の偽り万の嘘
フレイス、カルヴァが戦う音が聞こえる中、俺は局長を名乗る敵と相対していた。
壁を蹴り、手裏剣を投げ、天井を走り、刀で切り結び……
そんなことを繰り返して、一つわかったことがある。
「俺と同じ流派…… しかも、腕前は俺より上、か。」
「いかにも。」
覆面で顔は見えないが、局長とやらは声や目元の感じから俺より年長だろう。
その上で、俺と同様に幼少より修行漬けの日々。
しかし、それならば俺以上に修練に時間をかけているということ。
さらに、平和な世界に生きていた俺とは違い、実戦経験も豊富だ。
まいった。俺に修行をつけてきた、俺の親父よりも強いかもしれない。
今はまだ、かろうじて戦っていられる。
だが徐々に、しかし確実に押されてきている。このまま戦い続ければ確実に俺が負ける。
「ええ、ままよ……!」
向こうが刀を振るうタイミングに合わせて分身、左右から挟み込むように同時攻撃を仕掛ける。
よほどの達人であっても、不意を突いてのこの技はそうそう躱しきれないはずだ。
「知ってるぞ、その技も!!」
だが、防がれた。
左側の俺に意識を絞られ、向こうからのカウンター。同時攻撃のタイミングをずらされたため右の俺の攻撃も空振りだ。
手傷を負ったこともあり集中が乱れ、分身を維持できずに解除。
「隠し技も通用しないってことか……」
まるで俺の上位互換だ。
これはいよいよ打つ手なしか? と思いかけた時。
「そんな小手先の技に頼っている程度の奴なら、オレが出るまでもなかったか……」
そんな、おかしなことを奴は口走った。
今のセリフは言う必要のないことだ。
忍者なら、むしろ小手先の技で勝てるものならいくらでも使う。そう教わるものではないのか。
それに、「オレが出るまでもない」? 相手を侮ることは、忍者が陥りやすい『三病』の一つだ。
たとえ心に思っても、口に出すのは避けるはず。
もしかしてこいつは……
「あんたは強いな。俺には勝てそうにない。なら、最期に一つ聞かせてくれないか?
あんたにとって『忍術』とは何だ?」
この質問の返答次第で、俺の運命は決まる。はたして……
「決まっている。
偉大な英雄、山上源蔵が遺した最強の『戦闘術』だ。」
予想通りの答えが返ってきた。
「……なんだ、降参か。」
俺が「勝てそうにない」などと言ったから、そう思うのは当然だろう。
なにしろ俺は、刀を鞘に納めたのだから。
だが違う。逆転の目を見つけたのだ。
「いいや、前言撤回する。
あんたが強いってのは俺の勘違いだ。
あんたごときを倒すには、忍術どころか刀もいらない。」
「なんだと……!?」
奴は今、覆面の上からでもわかるほど明確に激昂している。
確実に自分より劣っていると思っている相手に、こうも侮辱されれば当然だろう。
実際、今「強いのは勘違い」と言ったのは嘘だ。
「あんたは忍者なんかじゃない。あんたが鍛えてきた業はまがい物だって言ってるんだ。」
「何を言っている?
あれだけオレに一方的にやられていたのに……!」
「やられたフリだ。もうあんたの忍術は見切ったってことだ。」
「……なんのつもりか知らないが、そうまで言うならやってもらおうじゃないか……!!」
当然、やられたフリというのも嘘だ。依然としてこいつは俺より強い。
だが、奴は俺の挑発に乗ってくれたようだ。
奴は刀を担ぐように構え、左手で印を結んでいる。
何をしてくるかはわからないが、奴にとっての必殺の戦術を繰り出してくるのは間違いないだろう。
「山上流忍術奥義だ!! こいつで死ね!!!」
奴は数歩分はある間合いを一瞬で詰め、同時に3人に分身。
上下左右前後、すべての退路を断つ三次元的な動きで迫り来る。
高度な剣術と忍者的な体捌き、まさに奥義と呼ぶに相応しい技。
そんな技を、俺は――
「……は?」
『変わり身の術』で防ぎ、奴の足元に滑り込んでいた。
「すまん、『あんたを倒すのに忍術はいらない』って言ったのは嘘だ。」
全身を伸びあがらせるアッパーカット。
渾身の必殺技を放ったことで隙ができた奴の顎に直撃。脳を揺さぶり、一撃で昏倒させる。
「聞こえてないだろうが…… 俺が今言ったのはほとんど嘘だ。
本当のことは一つだけ、あんたは忍者じゃない。忍者は奥義なんて使わない。」
限界ギリギリの無理な動きで変わり身を使ったので、全身が悲鳴を上げている。もし今新手に襲われたら逃げるしかないだろう。
だがそれでも、俺より確実に強い相手を下し、俺は生きている。
「多分、数百年のうちに忍者の心構えとかがなくなって、戦闘術や隠密としての技術だけが残ったんだろうな。
だけど忍術の本質は『生存術』だ。嘘でもハッタリでも何でも使って、生き残れば勝ちなんだよ。」
●●●
「達蔵、そっちはどうだい?」
「山上様! ご無事でございましょうか?」
「ああ、なんとかな。」
2人も無事…… いや、ボロボロの大怪我だ。
だが生きて、勝利した。
「大将がやられたのに、踏み込んできませんね。」
「怖気づいてるんだろうさ。実際、勝てると思ったからこの3人だけで襲ってきたんだろうし。」
2人が引きずってきた敵も、ボロボロだったり完全に気絶していたりだ。
「で、どうするんだい? コイツらをさ。」
「王国のこの連中には、二度と俺たちを追ってこないようにしなきゃいけない。」
「それは、そうでございましょうね。」
「だから、こいつらに"忍術兵器"をくれてやる。」
「忍術兵器って…… あれをかい?」
フレイスが壁の石板を親指で指す。
「目的のものをくれてやるんだ、文句はないだろう。
とりあえず、暴れないように拘束して、と……」




