三十三段目 痛い目みるから面白い
「まったく、厄介だね……! 贅沢に魔力を使える相手ってのは……!!」
フレイスの左腕が炎の塊になって副長に迫る。だが、直撃する寸前になって炎はかき消されてしまう。
「やっぱり効かない…… なら、"凍結震脚"!!」
踏みしめた所から氷が床いっぱいに広がる。直撃が狙えないなら、せめて足場を悪くして有利に立ち回る―― そんなフレイスの作戦だが、これも不発に終わる。
副長が氷の上に足を踏み出すと足元の氷が溶け、元の石の床に戻ってしまうからだ。
「……無駄だとわかったか?
私と貴女の魔導士としての実力差は歴然だ。」
副長はまるでフレイスの攻撃などなかったかのように、そこに立っている。
「アカデミーの図書室で読んだことがある。
純粋魔力を直接武器として扱うことができるならば……こと戦闘に関しては最強だってね。
もっとも、そのためには莫大な量の魔力を保有してなければならない。」
「ならわかるだろう? 私には勝てないと。
どうして無駄だとわかってることをするんだか……
"攻撃"。」
副長は手を動かすことすらせず、ただ体にまとっている光の膜が変形し、フレイスに襲い掛かる。
「チィッ!!」
それをフレイスは横っ飛びに躱す。
フレイスの背後の壁に光がぶつかり、まるで豆腐のようにたやすく削り取られた。
「こっちの魔導は純粋魔力の膜にぶつかってかき消される。そっちの攻撃は当たるにまかせて消し飛ばせる、か……」
「まだやるのか?」
「はっ! まだまだ小手調べささ!!」
うんざりした表情の副長に対し、フレイスは獰猛に笑って炎の左手を引き、構える。
「最大火力ならどうだ!? "白熱火球"ッ!!」
突き出した左手から、高温のあまり真っ白に輝く火球が撃ちだされる。
「"防御"。」
しかしそれも、副長の呪文に応じて厚みを増した魔力の膜―― もはや壁になった、それに阻まれた。
「確かにこの火力なら、体を覆うだけの魔力では防ぎ切れないが…… そちらも放つまでに時間がかかる。防御するには十分だ。」
副長が火球を防いだその間に、フレイスは今度は氷の右手を握りしめ、構えていた。
「なら固さと速さでぶん殴る! "噴射鉄拳"ッ!!!」
振りぬいた右手から氷のガントレットが飛び出し、ガントレットの内部に入り込んだ炎が爆発的な水蒸気を生み出す。
白煙が尾を引き、砲弾のような威力で氷の拳が激突する。
「"攻撃"。」
しかし、氷の鉄拳すらも副長が迎撃に繰り出した魔力の塊によって消し飛ばされてしまった。
「近接も、策も、最大火力も、物理攻撃も無駄……
一等冒険者だというからどれほどのものかと思ってみれば、この程度とはな。」
「この程度とは、言ってくれるじゃないか。」
副長の侮辱に、フレイスは怒りをにじませながらも静かに応じる。
「事実を言ったまでだ。
貴女はそれなりに強いだけで、むしろ戦闘以外では仲間に負担をかけているんじゃないか?
そしてその強ささえ、私の前では大したものじゃない。」
「少々、耳が痛いね。
……ところでさ、さっきから気になってたんだ。アンタのその態度。」
いきなり話を切り替えたフレイスに、副長は怪訝な顔をした。
「私の態度だと?」
「アンタ、戦ってるのにどうにも命をかけてる感じがしない……
もしかしてアンタ、戦闘において苦戦したり、危険な目にあったりしたことがないね?」
「そうだな。貴女がこうして証明した通りだ。私を危険な目に合わせるほどの相手には、確かに会ったことがない。
現に貴女も手も足も出ないようだからな。」
「ワタシとアンタの力量差は圧倒的…… そんなことは最初から分かってるんだ。
そもそもワタシの魔導士としての実力は、中の上といった程度だからね。」
「中の上……?」
それは逆に、過小評価なのでは―― 副長はフレイスの性格上、自身を過小評価するタイプとは思えなかったので、その言葉に疑問を抱いた。
「だけど、実力的に足りないものはどうとでも補えるのさ!
一つの能力で強弱は決まらないし、単純な強弱じゃ戦闘の勝敗は決まらない!!
そしてぇぇぇっ!!!」
フレイスの右腕に装着した氷が範囲を広げ、右半身を完全に覆い尽くす。
フレイスの左腕を形成する炎が範囲を広げ、左半身を完全に覆い尽くす。
「結局のところ勝負に絶対勝てる目なんてのはないのさぁっ!!!」
氷と炎の魔人と化したフレイスが、魔力の光をまとった副長に突っ込んでゆく。
「"防"……いや、"攻撃"!」
鬼気迫るフレイスの迫力に、わずかに語気を荒くした副長が迎撃の魔力を放ち――
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「……驚かされたが、やはりこの程度の魔導士なら全魔力を振り絞ってもこんなところか。」
無傷で立つ副長の前に、拳を握りしめたフレイスが静止している。
かろうじて倒れてはいないものの、攻撃の魔力光は氷と炎の鎧をもってしても相殺しきれず、フレイスの全身はボロボロだ。
全身にまとった氷も、炎も、一片たりとも残っていない。
捨て身の突撃を仕掛けたフレイスは、最初に左半身の炎で"攻撃"の魔力を受け止めながら突進。
拳の間合いに入ると、氷の抜き手を繰り出した。いつもの戦い方だ。
だが、間合いに入ったときには盾代わりにした炎は既に吹き飛ばされており、氷の右手も副長の体を覆う魔力に阻まれ――
力尽きたのか、拳がかろうじてみぞおちに接触した状態で静止していた。
「これでなお倒れないのは立派だが…… 魔力を使い果たし、もう何もできないか。
とどめだ。"攻"……」
とどめを刺そうと副長が言葉をつむいだ瞬間、フレイスの全身に力がこもる。
全体重を乗せた寸勁――
接触状態からのノーモーションパンチが、一瞬で副長の意識を刈り取った。
「無敵の純粋魔力も、零距離じゃあ役に立たないね。
攻撃、防御、移動…… 何をしようとしたって、一瞬意識がワタシからそれる。接触された時点で『詰み』だったわけさ。」
今にも倒れそうな体だが、それでもフレイスは堂々と立ち、崩れ落ちた副長を見下ろした。
「ワタシは魔導士だけど…… 魔力がなくたって、戦う手段ぐらいなんだってあるのさ。」




