三十二段目 白色の瞳に映るもの
カルヴァは劣勢に追い込まれていた。
常に視界をふさがれているようなものなのだから、当然といえば当然。むしろこの状況で継戦できるだけでも相当なものだ。
一番隊長は自分に当たる光を操作し、ほとんど影を作らないようにしている。
それに対し、カルヴァは体の凹凸や服のしわがつくるわずかな影を見て立ち回っている状態だ。
「そこっ!」
カルヴァは2本の手裏剣を同時に投擲。1本は眉間に、1本は足元が狙いだ。
一番隊長は複数の光源によって足元の影もほとんどを消しているが、それでも足の間には影が差す。
顔に向けた手裏剣は囮。足元の影に手裏剣を突き立て、影縫いを狙うが――
「"忍法・影縫い"……!」
「残念、無駄だよ。」
確かに手裏剣は影に刺さった。だが、即座に光源が移動し、手裏剣が刺さった場所から影が移動してしまう。
ほんの一瞬の足止めはできるが、2本目の手裏剣を投げるほどの隙はつくれなかった。
「最初にキミも言っていただろう? ボクはキミの弱点そのものってこと。」
「……厄介な術でございますな。」
今のところ一番隊長は攻撃を仕掛けてきていない。
「キミはボクには勝てない。わかっただろう?」
そう言って一番隊長が片手を挙げると、そこに光が集中しだした。
部屋全体の光度は下がり、若干目は見えるようになったが、危険な気配を感じる。
「じゃあ、死んでみようか?
"貫通光線"!」
言葉と同時に、集中した光から一条の線が走る。
文字通り光速の矢を躱せるはずもなく、カルヴァの脚に穴があいた。
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「しぶといね。まだ逃げようとするなんて。」
カルヴァは満身創痍になりながらも、致命傷は避けていた。
レーザーにも光を使うようになったことで、部屋全体を照らす光がわずかに暗くなり、顔―― 特に目線から攻撃の向きとタイミングを計れるようになったからだ。
「……気にいらないな、その目付き。『まだまだ戦える、諦めない』って目をしてる。
なんでそんなに必死になる? どうせ勝てないなら、降参した方が生き残れるかもしれないよ?」
一番隊長はイラつきを感じていた。
彼は常に、相手に対して実力差を見せつけてから、心を折り、踏みにじるように潰してきた。
しかし、カルヴァはボロボロになりながらも、その白い目には力がこもっている。
「手前は、あのお二方に教えを受けております。
何かを貰うということは、何かを差し出さねばなりません。少なくとも、足を引っ張るわけにはいかないのでございます。」
「別に、自分一人だけ生き残ろうとしてもいいんじゃないのか?
どうせ一度はボクたちを裏切った身だろう?」
「あなたさま方は、手前を信用してはくださいませんでしたでしょう。
ですが、山上様、フレイス様は手前を信用してくださる。信用されてる者を裏切っては、取引ができますまい。」
カルヴァは両足に力を込め、ふらつきながらも前を見据える。
「あなたさまは大層お強い。組織に属さなくとも、一人で生きていけるのでしょう。」
「それは当然さ。」
「手前の日食眼、他人が見えないものも見える目ではございますが、代わりに他人が見えるものは見えない……
誰かの助けを借りなければ生きられない手前には、『信用できる人に信用してもらう』必要がございます。」
両手で印を組み、丹田に力がこもる。
「お二方が教えてくださった術。ご披露もせずに死ぬわけにはいきますまい。」
「講釈は終わりかい?」
一番隊長が掲げた手に、今まで以上に光が集中する。
「つまらない話だったよ。じゃあ、さよなら。
"貫通光線"。」
人体を簡単に貫通する威力はそのままに、太さと本数を増したレーザーがカルヴァに放たれる―― その一瞬前。
「"忍法・影潜り"。」
カルヴァの姿が地面に吸い込まれていき消滅。
必中のはずのレーザーは直前までカルヴァがいた空間を貫いた。
「バカな! 姿を隠すだけならまだしも、瞬間移動なんて高等な魔導、あんなやつに使えるはずが……!?」
『無論、そんな真似はできませぬ。あえて教えますなら、これは影に入り影から出る術。』
どこからともなく響くカルヴァの声。
「影から出入りだって? なら……!」
一番隊長は右手に集中させていた光を拡散させ、部屋中を覆った。
すべての物が全方位から均等に照らされ、一切の影が消える。
「こうしてやれば、今度は影から出ることができないだろう!
バカだな、自分で自分の術の弱点をばらすなんて。そんなに自慢の術だったのか?」
『あなたさまの解釈はおおむね正解でございます。ですから……』
突然、一番隊長の足に棒手裏剣が突き立った。
「ぐぅぅ!? これはっ……!?」
予想外のダメージだが、しかし一番隊長は動じず、身じろぎもしない―― いや、できなかった。
『"忍法・影縫い"…… 今度こそ極めさせていただきました。』
「バカな、キミが攻撃するために出てくる影も、ボクが縫い付けられる影も、もう無いっていうのに……!」
『いいえ、影はございます。足の裏に。』
「足の裏!?」
一番隊長が視線を下に向け足を見れば、確かに棒手裏剣は下から上に向けて貫通していた。
「光源をどうしようとも、足の裏の影だけは消せますまい。」
いつの間にか、カルヴァは一番隊長の背後に立っていた。
「手前自身の足裏の影から潜り、あなたさまの足裏の影から攻撃。
動揺によって乱れた光源から、あなたさまの背後に影が生じ、そこからこうして出てきた……
と、そういうことでございます。」
「種明かしとは、舐めた真似を……!」
「随分と油断をしてくださり、ありがとう存じます。最初から殺す気で来ていましたら、とうに死んでおりますゆえ。
そう言ってカルヴァは一斉に棒手裏剣を投げつける。
棒手裏剣はぴったり、カルヴァの身体に受けた傷と同じ箇所に突き立った。
「これはほんの、お返しでございます。」




