三十一段目 ボヤボヤしてると後ろから
「見えてきた……! あれがフレイスが言っていた神殿遺跡だな!?」
「ああ、間違いない!」
結局、ただ一人の追手を振りきることもできないまま、辿りついてしまった。
ここから見える遺跡は、2階建ての一軒家ほどの大きさで石造りの建物だ。
屋根が1/3ほど崩れているが、一応遺跡としては形を保っている方だろう。
「さて…… 奴はどうでてくる!?」
走る速度を緩めないまま振り返り、出方をうかがう。
遺跡を確認したことで一度引いてくれるなら楽だが……
「そんなわけにはいかないか……!」
飛来する矢を刀ではじき落とした。
通常の矢より短い――おそらく持ち運び用の半弓と、専用の矢だ。
通常のものより狙いはつけにくいはずだが、この正確な射撃。こちらの飛び道具が魔導と手裏剣しかない以上、射程距離で向こうが有利だ。
「とにかく、遺跡に逃げ込むぞ! 少なくとも狙撃の心配がなくなる!」
「賛成だね!」
「しかし、この後はいかがいたしましょうか!? このまま姿をくらませたら見逃してもらえないでしょうか!?」
「無理だ! 忍術兵器の正体が何であれ、それを狙って王国が動いてるってことを俺たちは知っている!
王国の狙いが何であれ、俺たちが帝国に情報を流したら王国の不利益にしかならない!」
「第一、このワタシがここまでコケにされたんだ。吠え面かかせてやらなきゃ気がおさまらないよ!!」
フレイスの炎が怒りに膨れ上がる。
正直、俺も同じ気分だ。
「連中より先に忍術兵器とやらを奪取、探索都市領主に押し付ける。
勝利条件に変更なしだ。」
●●●
「追手も遺跡の中にまで踏み込んでは来ませんね。」
「閉所で俺達相手に1対3を挑むほど、うぬぼれてはいないってことだろう。」
こちらの能力が把握されているならなおさらだ。
影縫い、凍結震脚、俺の忍術。どれも暗く狭いこのような場所で本領を発揮するものばかり。
「踏み込んでくるとしたら…… 後続の連中が追いついて、数の優位が取れる時だろうな。」
「その前に忍術兵器を見つけたい所だけど……」
日の光の差さない遺跡内部。普通の人の目では見えない細部まで、カルヴァの日食眼は見とおすことができる。
「壁や柱に模様や文字が彫ってあるようですが、手前には意味はわかりません。
あとは、床に同心円状の模様……魔導陣でございましょうか?」
「達蔵はどうだい?」
「そうだな……」
壁や床を刀の柄頭で軽く叩く。
「……やっぱりだ。この床の中心――魔導陣の下に空洞がある。
多分入口はそこだが、床の石にそれなりに厚みがある。多分、魔導的な仕掛けを解かないと入れないんじゃないか?」
「そこまでわかれば十分さ!!」
言うや否や、フレイスが両腕を炎と氷のものに変える。
「仕掛けの解き方は分かるのか?」
おそらくの話だが、フレイスの魔導士としての知識は魔導士の中でも標準以上……だと思う。
この仕掛けも知識の中にあるものなのだろうか?
「こうして……」
炎の掌を魔導陣の中央にかざすと、石の床が赤熱して光り出す。
熱気を避けるために俺とカルヴァは壁際に下がった。
「さらにこう!」
今度は氷の掌をかざし、赤熱した石が一瞬で元の色に戻る。
と、同時に、床に無数の亀裂が入った。
「仕上げはコイツだ!!」
テント用の鉄杭を取り出すと、亀裂の中心に叩き込み。
杭を炎の手で握りしめると、今度は杭が赤熱化。
熱で膨張した杭は亀裂を押し広げ――
「てえぇぇいっ!!!」
強烈な震脚により、石板は砕け散った。
「山上様。これは、仕掛けを解くというか……」
「……いや、結果が同じなら時間は短い方がいい。これで正解だ。」
文化財としての価値もありそうな遺跡だったが、(俺たちの)人命には代えられまい。
●●●
階段を下りた先の地下空間は、広さの割にはシンプルな造りになっていた。
階段がある中央の部屋から、三方向に続く短い通路。
その先には8m四方程度の部屋が見通せる。三方向すべて同じような部屋だ。
俺たちはその内一つの部屋に入ってみた。
「……何もない?」
「いや、この石板は魔導具さ。」
そう言ってフレイスは壁を指さす。
確かに、壁の中央に妙に平坦で一切模様がない部分がある。
「パッと見たところ、他の部屋も同じような感じだったな。
つまり、この魔導具の石板が"忍術兵器"ってやつなのか?」
「いや、この魔導具はそんな大層な物じゃあないはずだけど……」
フレイスが炎の掌をかざした。
今度は赤熱化ではなく、石板の表面に変化が起こる。
それを見て、俺は確信した。
「なるほど、これが忍術兵器の正体ってことか。」
「これが? でも、これって……」
フレイスが言いかけた時だ。
爆発音が遺跡を揺るがし、階段のある部屋から煙が立ち込める。
「クソッ! もう踏み込んできやがったか!!」
「この部屋に他の出口はない、ってことは……」
「強行突破以外ございませんね。」
こうなっては戦うしかないのだ。俺たち3人は一丸になって煙幕の中に飛び込む。
しかし、その直後。俺一人だけが元の部屋はじきとばされた。
「なっ!? フレイス! カルヴァ!」
「チィッ!!」
「くぅっ!?」
とっさに2人を呼ぶが、声は斜め前方の離れた場所から―― おそらく、中央の部屋から見えたもう2つの部屋から聞こえてきた。
「分断されたか……!!」
「その通り。」
煙の中から部屋に悠々と入ってくる人影。
その姿は、濃い紺色の筒袖の着物。裾のすぼまった袴。顔の半ばを覆い隠す覆面。つまり――
「忍者……さてはお前か! さっきまで俺たちを追ってきていた……」
「ご名答。もう見当がついてるかもしれないが、オレはヴィラハ王国の諜報機関、その局長だ。」
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はじきとばされたフレイスは、追ってきた魔導士の男と相対していた。
「やってくれるね、このワタシに……!」
燃える左手を前に出し、半身に構えるフレイスに対し。魔導士の男は杖を掲げ、その先端に虹色の光をまとわせる。
その表情は、怒りを露わにするフレイスとは対照的に、冷静―― むしろ、侮蔑の色すらある。
「純粋魔力のコントロール! 魔導に変換せずに、直接魔力を攻防に使うスタイルか……
並の魔力量でできる所業じゃない。よほど代を重ねた魔導士の大家か?」
「どんな家の出かなんてどうでもいいだろう。今の私は、諜報機関の副長というだけだ。」
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カルヴァは、自分がとっさに目をつむっていると錯覚した。
真っ暗で何も見えない。光と影が反転している日食眼を持つカルヴァがそう錯覚しているということは、この地下の部屋が満遍なく光で照らされているということだ。
「手前の弱点を突く人間を用意してきた、というわけでございますな?」
まず落ち着くこと。特に敵には動揺を悟られないこと。達蔵に叩き込まれた教えの一つだ。
この光は松明などの炎によるものではない、太陽光に近い白色光。
「光を操作する魔導、でございますか。」
「なんだ、驚かないの? つまらないなぁ。」
「……王国の諜報機関、しかも――」
諜報機関にいた時に、噂で聞いたことがある。
遊び半分で仕事をする人格には問題があるが、あまりの能力の優秀さのために実働部隊のリーダーを務める者がいる、と。
「そう、ボクが一番隊の隊長だよ。」
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フレイスとカルヴァ、その相手の声が聞こえた。
煙の奥からはそれ以上の気配は感じない。つまり、他の追手は地上で遺跡を包囲しているのだろう。
局長、副長、一番隊長。一対一で俺たちを始末できると確信した、最精鋭ということだ。
そんな相手に対し、俺たちは戦って勝ち、包囲を突破せねばならない。
「一等冒険者、"氷炎魔人"フレイス・ジャグアーロ。アンタを始末するよ。」
「二等冒険者、"影法師"カルヴァ・エスクリダオン、仕事を致しましょう。」
「二等冒険者、"鬼面忍者"山上 達蔵、参る。」




