三段目 今この瞬間から君は冒険者だ
まぶたの裏に朝の光を感じ、俺は目を覚ました。
「おはよう。たいした寝床じゃないけど、熟睡できたようでなによりだ。」
振り向けば、肩が当たるような距離に眼帯の女。
フレイスも今起きたところのようだ。
「すまないな。毛布半分貸してもらって。」
「かまわないさ。拾ったばかりなのに風邪でもひかれたら、その方が面倒だ。」
そう。俺は昨晩、フレイスと一緒に毛布にくるまって寝た。
今まで一人で活動していたフレイスは自分一人の分しか荷物を持っていないからだ。
「それで、昨日は確か仲間にすると言っていたな?」
「ああ、言ったね。」
毛布を背嚢にしまいながらフレイスは答える。
「近くに『ヤエナ』って街がある。冒険者の拠点として作られた『探索都市』だ。
そこに行って、まずはアンタの登録が必要だね。」
「登録?」
「そう。ギルドから依頼を受けたり、魔物の死骸を買い取ってもらうには冒険者としての登録が必要なのさ。
ついでに最低限の身分も保証してもらえる。」
そう言いながらフレイスは焚き火の灰の中から熾を掘り出し、手早く朝食の用意をしている。
手際が良すぎて、俺が手伝えることが何もない。
が、今後は俺が一人でできるようになる必要もあるだろうと思い、忘れないようにその手順を目で追っていた。
鍋に湯を沸かし、スライスした干し肉を煮る。
山菜を手ごろな大きさにちぎり、さらに袋に入った粒状の穀物を二掴み鍋に入れる。
蓋をしてしばらく煮込む。
「さあできたよ。遠慮せずに食いな。」
鍋には薄茶色の雑炊が出来上がっていた。
昨夜は短時間とはいえ、命がけで戦いを繰り広げたのだ、確かに腹は減っている。
フレイスは仕上げに塩をパラパラと振りかけた。
「いただきます。」
味付けは塩だけだが、干し肉の出汁が染み出ていてなかなか美味かった。
●●●
「ふう。思ったより早く着いたね。」
フレイスが額の汗をぬぐいながら言った。
日が昇りきる前に起床し、朝食。日の出と共に出発して、それから4時間ほど経過している。
昼前というにはいささか早すぎる時間に、俺たちは探索都市の正門前にたどり着いていた。
「言うの忘れてたけど、ワタシ結構歩くの速いみたいでさ。
前に臨時でパーティ組んだことはあるけど、速すぎてついていけないって文句言われたんだよね。
でも、達蔵は普通についてこれたか。」
「まあ、忍者だし。あの程度ならな。」
フレイスが昼前に着くと言うから、5時間歩くと考えて20km程度の道のり、だと予想していたのだが、実際は40km近くの距離があった。
予定より早く街に到着したのは、どんどんペースアップするフレイスに俺が普通についていくことが出来たからだ。
「しかし……」
門、そして城壁を見上げる。
遠くからも見えたが、街を城壁がぐるりと覆う城塞都市。
城壁の外側には何かの畑が広がっている。
「城壁が珍しいかい?」
「日本には城壁自体ないからなあ……」
「ここは魔物が多い開拓の最前線。しかも国境にも近いから、国内でも有数の高さと厚みを誇る城壁……らしいよ。」
話しながら、門に近づいていく。
フレイスは槍を持った門番に木の札を見せた。
「これ、ワタシの登録証。コッチは冒険者志望の新人だから、身分証はない。今からギルドに行くところだ。
何かあったときは責任は私がとる。」
対応に慣れている様子で門番は札を読み上げる。
「えーと、二等冒険者、フレイス・ジャグアーロ……
ああ、噂の……いや、失礼した。通っていいぞ。」
俺たちは大きな正門の横にある通用門を通り抜けた。
「門番の人、何か言いかけてたみたいだけど……」
「ワタシもそこそこ名が売れてるからね。どこかで噂を聞いたんじゃないかな?」
そう言ったフレイスは、満足そうに笑っていた。
●●●
フレイスに連れられて、石と煉瓦と少しの木でできた街並みを歩いていき、表通りでもひときわ大きい建物に入った。
建物の中はあまり人気がない。テーブルが並び、少し視線をずらせばカウンターがある。カウンターの奥では数人の人が書類仕事をしているようだった。
部屋の奥はバーカウンターがあり、樽や酒瓶が並んでいてちょっとした酒場にもなっているようだ。
俺たちはカウンターに近づいていった。
仕事中の一人が手を止める。少々年かさの眼鏡のお姉さんがこちらに気付き、カウンターに着いた。
「こんな時間に珍しいですね。どういった御用でしょうか?」
「この人の冒険者登録を頼みに来たんだけど。」
「登録料は500モンかかりますが……」
「ワタシが立て替える。達蔵、この書類に名前を書いてくれ。」
流石に文字まで日本語、ということはなかったが、どことなく漢字に似た文字もいくつかある。
とりあえず、言われたとおりに普通に名前を書いた。
「あら、これは……日本の方ですか?」
「読めるのか?」
「えっと、『ヤマガミ』ですよね?この字。
下の名前は……えっと、『ゾウ』は読めるんですけど……こちらの字は?」
「『タツ』。『タツゾウ』です。
……というか」
多少似た文字があるとはいえ、なんで異世界の人が漢字を読めるんだ?
『山上』の方はともかく、『蔵』なんて使わないと思うが。
疑問を込めた目でフレイスへ振り向く。
「ああ、言ってなかったっけ?
何百年か前に、『ヤマガミ・ゲンゾウ』って似た名前の忍者がいたんだよ。
かなり有名な英雄だから、名前の漢字まで知ってるやつも偶にいるんだ。」
「聞いてねえよ……っていうか、それもしかして家の先祖かなにかか……?」
「だったらいいな、と思ってアンタを誘ったんだよね。
まあ、仮に違っても問題ないでしょう。ハッタリは効くしね。」
フレイスはしれっと言い放った。
「……まあいいや、他に手続きは?」
「あ、はい。偽造防止の魔導をかけるので、この札に手を置いてください。」
言われるまま、木の札に手を乗せる。
「そう、そのままにして……"契約"」
受付のお姉さんがそう呟くと、木札が一瞬淡く輝いた。
「はい、この札が登録証になります。
これであなたは今日から『三等冒険者』です。
登録証はなくさないように気を付けてくださいね?再発行の場合はかなりの金額と時間がかかりますから。」
受け取った木札には文字が浮かんでた。多分俺の身分と名前が書いてあるんだろう。
「ちなみにこの三等ってのは?」
「等級のことですね。冒険者は三等、二等、一等、特等、の4等級に分けられます。
等級が上がらなければ、危険な遺跡に入る許可がおりません。」
「等級を上げる方法は?」
「冒険の功績で上がります。
遺跡で何か発見したり、クエストをこなしていけば、ギルドで査定して通知しますよ。」
なるほど、一攫千金を狙う初心者が成長する前に死ぬのを防止する制度というわけか。
「説明は以上です。他になにか質問はありますか?」
「今から行ける手ごろな遺跡は?」
せっかく来たのだ、遺跡ってのがどんな所かも見ておきたい。
そう思って聞いたのだが、受付のお姉さんは目を丸くしていた。
「いっ、今からですか!?」
「おっ、やる気満々だね!
せっかくだから二等遺跡に挑戦してみない?
ワタシもしばらく行ってないしね。」
「そんな、無理ですよ!今登録したばかりの三等の方なのに……」
「それは大丈夫。ワタシが二等だから、同じパーティの一員として扱えば三等冒険者でも二等遺跡に入れるだろう?」
「それは、そうですが……」
慌てる受付のお姉さん。対照的に、フレイスは面白がっている。
が、俺の命にも関わることだ、黙って見てるだけというわけにはいかない。
「おい、大丈夫なのか?危険度が高いんだろう?」
「だって、三等遺跡なんてなんにもないよ? とっくに遺物なんて取りつくされたところで屑拾い同然の仕事なんてしても腕試しにならないだろう。
人狼を素手で瞬殺できるアンタなら大丈夫!」
「だからってなぁ……」
「何より、デビューが派手な方が名が売れる!
名が売れれば昇格も早まるし、割のいいクエストも回ってくる、なにより仲間としてワタシの名も上がる!
そうと決まれば早く行こうじゃないか!」
フレイスの目が怪しく輝いてきた気がする。
俺はその迫力に押されて……