二十九段目 ラディカルグッドスピード
案の定、高級宿の2階から飛び出した俺たちに、矢が降り注いできた。
フレイスが炎の腕を振り払い、左からの矢をまとめて焼き尽くす。
俺は右からの矢の内、直撃しそうなものを選んで刀で受け止め、流す。
「11時の方角、屋根の上!
他の者に指示を出しています! おそらく指揮官!」
「よしっ! "火炎視線"!」
カルヴァの見つけた敵をフレイスが狙撃。ターゲットが転げ落ちるシルエットが見えた。
しかし攻撃は止まない。指揮官がいない時の指示を徹底してるのか、あるいは他にも指揮官がいるのか。
「チィッ! こいつは、全員相手にするのは無理だね!」
先ほどの矢の軌道から死角の見当をつけ、屋根の軒先に身を隠す。
しかし牽制の矢は止まず、射手が移動する気配も感じる。
「一度街の外に出よう。城壁で追手を遮ることができる。」
「ですが、どうやって!?
門番もそうやすやすと城門を開けてはくれないでしょう?」
「俺が先行して城壁に上る。鍵縄は常時持ち歩いてるから、それで2人を引き上げる。」
「よし、それで行こう!」
フレイスが火の粉を散らし、それ囮に注意をそらす。俺たちは見つからないように反対方向に駆け出した。
●●●
フレイスの腕は夜闇の中では非常に目立ってしまう。城壁を登る際、炎の腕を出していては的になるだけだ。
そこを逆につき、適当な木材に火を放って往来に放り出し、敵の注意がそちらに向いている隙に城壁を登ることにした。
「とはいえ、流石に…… 片腕で、壁を登るのは…… キツかったね……!!」
天井だって歩ける俺にとっては城壁ごとき無いも同然。
しかし隻腕のフレイスはもちろん、忍術の修行中のカルヴァにとっても10m近い城壁を登るのは容易ではない。
そしてそれは、襲撃者たちにとっても同じことだ。
「取りあえず追手の大半は撒けたようだが……」
かといって、こんなところで呆けているわけにもいかない。
「あの人数だ、城壁の外にも人員を置いていても不思議じゃない。」
「つまり、またすぐに新手が集まってくるわけでございましょうか?」
「まだ一息は吐けないってわけかい。」
数の利が向こうにある以上、地の利はこちらで確保したい。その上で、この状況の根本的な解決……
「奴らの目的は、何だ?」
「なんだい、藪から棒に?」
「あいつら、オルフィみたいなアカデミー時代に恨みを買った連中とは別口だろう?」
「ああ。少なくとも、今までワタシを狙ってきたヤツらはこんな大事になるような手口は使わなかったね。」
「それに、カルヴァを始末しに来たにしては、事を荒立てすぎる。」
「ええ。手前一人を狙うにしては、この人数はおかしいでしょう。」
あれだけの人数を使って、組織的に俺たちを狙う目的。
「もしかして、カルヴァが聞きつけてきた噂が本当だったんじゃないか?」
「あの"忍術兵器"の話でございますか?」
「フレイス、魔導の中には遠くの話声を拾うような術はあるか?」
「風の魔導の応用で、そんなものもあると聞いたことがあるね。」
「俺が諜報機関のボスなら、風魔導の才能がある奴を片っ端からかき集めてその術覚えさせるね。」
元々この地域には盗賊団の忍術使いやウィルフリドが潜入していた。
他にもスパイが何人も入りこんでいても不思議はない。
「……つまり、ワタシたちの話が聞かれていて――」
「フレイス様を捕えて、案内させようと……?」
連中の目的がそれなら、俺たちはどうすればいいか?
それは……
「いっそ、先に俺たちが忍術兵器を回収すればいいんじゃないか?」
「……なるほど。ヤツらの目的があくまで忍術兵器なら、こっちの手に現物があるなら交渉の余地がある。」
「ですが、逆に手前どもから奪い取ろうと攻撃が熾烈になる危険も高まるのではございませんか?」
「もし駄目なら、忍術兵器を探索都市の領主なり騎士団なりに押し付けちまえばいいさ。」
俺の推測が正しければこれは国際問題ものの厄介事だ。
なにしろ隣国のスパイが国境近くの街で騒ぎを起こしているのだから。
「なるほど。上手くやれば、大金なり名声なり何らかのリターンは得られる。
最悪の場合でも、面倒は国なり貴族なりにおっかぶせて、連中相手に暴れてやれば評判の一つでも立つだろうさ。」
「決まりだな。
カルヴァ。お前の危惧はもっともだが、どうせこのままじゃらちが明かない。
それに、上手くいけばお前が追手に追われることもなくなるんじゃないか?」
「……それを言われると、手前も賛同しないわけにもまいりません。
相わかりました。手前も腹をくくりましょう。」
遠くから、馬蹄の音が聞こえてきた。
奴ら、馬まで引っ張り出してきたか。だが、この夜闇が俺たちの逃走を助けてくれる。
日の出まであと2時間、森の入り口まで30kmの距離。俺たちの足なら十分な時間だ。そして多人数が相手でも、慣れ親しんだ森の中で遅れを取る俺たちではない。
フレイスの手を引き、俺たちは森へ向けて夜闇を駆け出した。




