二十六段目 酒が呑めるぞ
2日後、俺たち3人は冒険者ギルドに来ていた。
ドアを開けると同時に、既にギルドに来ていた冒険者たちの視線が集まる。
いつもならすぐに興味を失い、仲間との雑談に戻るものだが、今日は違った。
「街の英雄のお出ましってわけだ。」
入り口近くの席で、バソールトが親指を上げている。
バソールトはそう言ってくれてはいるが、実際には冒険者たちからの視線はそこまで好意的なわけではない。
どちらかというと「上手いことやりやがったな」といった妬みの気配が強い。
冒険者なんていうロクでもない稼業に身をやつした人間に素直な善性を期待する方が間違いだろう。
だが、そんな視線の中でもフレイスは誇らしげに胸を張り、堂々と真っただ中を歩いていく。
「光食虫掃討作戦、お疲れさまでした!
本件の最大の功労者である皆さんには、もちろん多額の報酬を用意させていただきました!!」
いつも通りの、眼鏡のお姉さんがカウンターの前で待ち構えていた。
「まず、一等冒険者、フレイス・ジャグアーロさんは、先鋒志願の報酬で金貨10リョー。
参加報酬銀貨2シュに加え、ランプイーター1匹につき……」
報酬の内訳の説明を聞きながら、今回の顛末を思い出していた。
あの後、匂い袋が手に入ったことでランプイーターのコントロールが可能になり事態は収束。
風を扱える魔導士がフェロモンを操作し、膨大な数のランプイーターは深い地の底へと帰っていった。
「本来はまず地表近くまで上がってくる魔物じゃない」とはフレイスの談。
ちなみに当のフレイスはあの作戦で、オズバルトのパーティを抑えてランプイーター最多撃破を達成したそうだ。
普通のパーティの場合、前衛職だと一度に叩ける数が少なく、魔導士は攻撃範囲が広すぎて同士討ちになるため、撃破数を稼ぎにくかったらしい。
「……というわけで、総計を読み上げます。
ランプイーター最多撃破のフレイス・ジャグアーロさんには金貨100リョー。
斥候として事態収束に大きく貢献した山上タツゾウさんには金貨150リョー。
同じく、斥候として活躍したカルヴァ・エスクリダオンさんにも、同額の金貨150リョーです。」
カウンターに置かれた3つの袋はあまり大きなものではないが、中に合計400枚もの金貨が詰まっているという事実に周囲にどよめきが広がる。
日本円にして約4000万円。車隠町ならかなり上等な家が買える金額だ。
「ちょっと待って。確かに大金の報酬だけど、まだ何かあるんじゃないかい?」
フレイスがそれに待ったをかける。
よくまあ、これだけの大金を前に平静にふるまえるものだ。俺は結構ドキドキしてるのに。
一瞬キョトンとした職員のお姉さんだが、手元の紙に目を落として慌てて付け加えた。
「あっ! そうです、大事なことを忘れてました!
カルヴァさんは今回の功績を持って二等冒険者に昇格です!」
「手前が、でございますか?」
「はい、何しろ今回の最大の功労者ですから!」
「それだけかい?」
フレイスがさらに圧力をかける。
「は、はい……以上です。
フレイスさん、山上さんの昇格に関しては見送りということになったようで……
特に山上さんは、以前の盗賊団討伐以上の功績ではあるんですが、流石にこのペースで一等への昇格は前例がないということでして……」
多少怯えながらも、職員のお姉さんがギルドの見解を説明してくれた。
「チッ、いらんところで日和やがって……」
金貨の入った袋を持ち上げ、重さを確かめるようにしながら悪態をついた。
どうにもフレイスは、俺以上に俺の評判や昇格を気にしているフシがある。
「まあいい、せっかく大金が入ったことだし……」
そう言ってフレイスはちらりとギルドのバーカウンターを見る。
金額表を確認すると、振り向いて、たむろしている他の冒険者たちに向き直る。
「アンタらも今日は懐は温かいだろうけど…… 今回一番儲けたのはワタシのパーティだ。
この場の全員に一番高い酒をおごってやる!」
「「「うおぉぉぉぉっ!!!」」」
「すげぇ、お大尽だ!」
「氷炎魔人バンザーイ!」
その言葉に冒険者たちは目の色を変えた。
さっきまでの微妙に険悪な雰囲気はどこへやら。歓声と共に拳を突き上げている。
「あ、達蔵とカルヴァは金を出さなくていいから。
ワタシのリーダーとしての仕事みたいなものだからね。」
「よろしいので? 余所の方にお酒をおごっても、別段フレイス様の得になるようなことではないと思いますが。」
「まあ、冒険者の慣習みたいなモンだね。大金が入ったら振る舞い酒をやるってのは。
こういうのちゃんとやっておかないと、後々面倒が起きたりするんだよ。ワタシが暴れて悪名が高まるのとは別の方向でさ。」
なるほど、意外と如才がない。
「"鬼面忍者"に"影法師"も加わって、いよいよ冒険者のパーティらしくなってきたな!」
いつの間にか近くに来ていたバソールトが、聞きなれない単語を口にした。
「"影法師"、ってのはカルヴァのことか?」
「ああ。暗闇の遺跡に溶けるように入っていき、無傷で目的を果たして出てきた、ってことで。
まるで実体のない"影法師"みてえだとな。」
「手前にも渾名が……」
目元は隠れているが照れ笑いを浮かべているようで、カルヴァもまんざらではないようだった。
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その後。
宴会モードに入ったギルドからほどよいところで抜け出し、いつもの森に帰還。
3人であらためてささやかな祝杯をあげ、眠りについた。
が、深夜にふと目が覚めた。
「流石でございますね。」
原因は、カルヴァが起きて俺に何かをしようとした気配を感じたから。
「少々、2人だけでお話できましょうか?」
「わかった、付き合おう。」




