二十五段目 だまして悪いが
「下手に抵抗せずに、死ぬことをお勧めするぞ!? "空切断"!」
「……ちぃっ!」
再び風の刃が振るわれ、それをまた躱す。……が、わずかにかすめる。
俺は既に、数か所に浅い傷を受けていた。
視界ゼロのこの環境、背後にまでを気を配ったまま戦える状況ではない。
カルヴァのことは置いておいて、まずウィルフリドの相手をすることに集中するしかなさそうだ。
飛道具をそらされる以上、相手の位置の見当をつけて懐に飛び込む他ない。
「……!」
タイミングを計り、相手の攻撃の直後、わずかな隙に一気に距離を詰める。
忍者の速度に対応はできないはず――
「なあっ!?」
確かにウィルフリドは俺の動きに反応できなかった。だが、俺の突撃は風の壁に阻まれた。
「危ない危ない…… この"風圧壁"がなければ、今の一瞬で殺されてたかもな?」
数mを吹き飛ばされた俺は3/4回転して壁に着地。
……やはり、いくらなんでも相性が悪すぎる。
俺の戦術には分身や変わり身といった忍術はあるが、攻撃手段は刀や手裏剣といった物理的なものだけだ。
例えばフレイスなら火炎視線で奴の防御をぶち抜ける。
例えばバソールトなら体重の乗った突進で突き抜けることができる。
オズバルトも多分、この状況を突破する手立てぐらい持っているだろう。
だが、そいつらはこの暗闇の遺跡をここまでたどり着く能力はない。
一方、ここまでたどり着ける俺では火力が足りない。
ふと視線を横に向ければ、そこには未だに動かないカルヴァがいた。
「そういうこと、なのか……?」
俺たちの手の内がウィルフリド知られている。
誰かが情報を売ったのだ。
「流石に気付いたようだな?
そう、正解だ。その女は―――」
「裏切者。
所謂スパイでございます。」
そう言ってカルヴァはゆっくり歩いていく。
ウィルフリドの隣に並ぶように立ち、うつむいていた顔を上げ、俺の方を見た。
その顔からは一切の表情が失われていた。
●●●
突入組は、この世の地獄を見ていた。
「うぐあぁぁあぁぁぁ!!」
「お、オレの脚があぁ……!」
手足に噛みつかれ、そのまま食いちぎられる者。蟻酸を浴び、皮膚や肉を焼かれる者。
後続の冒険者の支援によりかろうじて死亡者は出ていないものの、冒険者としては間違いなく再起不能になるであろう重傷者は少なくない。
光食虫の数が、当初の予想をはるかに上回っているのだ。
「まったく、キリがない……!」
そう言ってカルヴァは長く伸ばした炎の腕を振るった。
酸を吐くよりも早く、ランプイーターの口が焼けることによってふさがれる。勢いを失って隙間からこぼれる酸が自身の身体を溶かし、自滅していく。
まとめて10匹以上のランプイーターが死骸に変わるが、それ以上のスピードで新たなランプイーターが押し寄せる。
「ランプイーターが全滅するまで続けるのは、現実的じゃない……ね!!」
最前線のど真ん中、誰よりも前で炎と氷の腕を振るいながら、フレイスは独りごちた。
周りを見れば、他の冒険者たちも苦戦を強いられているようだ。
オズバルトは仲間たちと連携して堅実に戦っている。殲滅する速度はさほど早くないが、押し切られそうな危うさはない。
バソールトは鎧の端を何度も噛みつかれながらも、剛腕を振るい次々にランプイーターを吹き飛ばしている。体力が続く限り戦えるだろう。
レーベルは水の盾で蟻酸を防いでいる。防戦一方ではあるが、まだ当分は持つだろう。
その他の先鋒に志願した冒険者たちも、奮戦はしているが決定打には欠ける状況だ。
「ええい、"凍結震脚"!!」
フレイスが踏みしめた脚から冷気が地を這い、十数匹のランプイーターの脚を凍らせる。
狭い通路内で前の方が動けなくなったため、後続のランプイーターが渋滞を起こして一気に密度が高まる。
「"火炎……視線"ッ!!!」
渾身の『溜め』から放つビームが薙ぎ払い、50匹近くが身体のどこかを切断され、死亡ないし行動不能に陥った。
上手くいけば死骸が障害物となり、一度に流れ込むランプイーターが減る……はずだった。
だが、ランプイーターは死骸の共食いを始め、さらには巣の奥に持ち帰るものまでいる。
あっという間に死骸の山は片付けられ、再び津波のような勢いで突撃してきた。
(やはり、何か手を講じないと……達蔵がどうにかしてくれたらいいんだけどけどね……!)
熱交換による魔力節約で継戦能力が高いフレイスとはいえ、限度はある。
たとえキルスコアでトップを取ったところで、作戦自体が失敗しては評判にはつながらないのだ。
フレイスは、わずかに疲れを感じ始めていた。
●●●
「さて、どうする?
目も見えない、"風圧壁"も突破できない、頼みの綱の仲間もこの通り……
降参するなら、命まではとらないぞ?」
絶対嘘だ。部屋の外に膨大な数のランプイーターがうごめいている以上、こいつをどうにかしない限り生きて帰ることは不可能だ。
……そう、このランプイーターの巣の真っただ中にいたのだ。
ウィルフリドは、たとえ明かりが灯ってランプイーターが活性化しても、襲われない手段を持っている。確実に。
「ウィルフリド様。この男を始末した後はどうなさるので?」
カルヴァがようやく口を開き、そのようなことを言い出した。
「既に冒険者ども…… 特に実力ある奴から遺跡に入ってきている。
オレたちは一度遺跡の外に出て、別のランプイーターの群を使って連中の退路を断つ。」
「太陽の下でもランプイーターの操作はできるのでございますか?」
「ああ、この匂い袋があれば問題ない。」
ガサリと布のすれる音が鳴り、かすかな匂いが俺の鼻にも届く。
フェロモンを用いてランプイーターを操っているわけか。
なら―――
「それを聞いて安心した。」
俺は懐から火打石と携帯松明を取り出し、手早く火をつけ、明かりを灯した。
照明としては心もとない松明だが、今までが完全な暗闇だった分、心強く思える。
「な……!? 狂ったか!?
外にはランプイーターが山ほどいる!
オレが扉を開ければ狂暴なランプイーターが流れ込んできて、お前を襲うんだぞ!?」
「ああ、できるものならな。」
「何を言って……なんだ、身体が……!?」
俺の返答を受け、動こうとしたウィルフリドだが、その足は地面に縫い付けられたかのようにピクリとも進まなかった。
「くっ……!? 一体何をした!!」
「『俺は』何もしていない。ただ、松明をつけて『影を落とした』だけだ。何かをしたのは……」
「手前でございます。
影の魔導……改め、"忍法・影縫い"といったところでございましょうか。」
松明に照らされたウィルフリドの影に、十字手裏剣が刺さっている。先ほど俺が投げて、風に阻まれ落ちたもの。
俺が使ったのは、あらかじめ魔導陣を刻んである手裏剣。この状況を見越してフレイスに作ってもらった、カルヴァの魔導の発動キーだ。
この忍法は、俺が昔、実家で見た巻物に書いてあった忍法を魔導と組み合わせて再現したもの。
カルヴァが、動けなくなったウィルフリドから匂い袋を取り上げた。
「カルヴァ! オレたちを……『王国』を裏切る気か!?」
「相すいませんが、左様でございます。
手前自身は商人ではございませんが、どうにも物の考え方は親に似たようで……あなたさま方に付いていても、手前には『得』がないんでございます。」
「得だと!? 事ここに至って、損得で裏切ると言うのか!?」
「それともう一つ、『信用』でございますな。
あなたさま方の言うことは信用できません。信用の出来ない相手とは、取引が成り立ちませんので……」
そう言い放って、カルヴァは俺に匂い袋を手渡した。
「まあ、人をだまそうとするやつは逆にだまし返されることもあるってことだ。特に、忍者が相手ならな。
で、どうやって使うんだ?これ。」
「上手く使うにはそれなりの技能が必要でございますが…… とりあえず、持っていればランプイーターに襲われることはないかと。」
「そうか。」
ならもうウィルフリドに用はない。
この部屋を出て、フレイスたちの元に戻ろう―――と思って、この外にはランプイーターがうようよしていることを思い出す。
松明を消せば影が消え、ウィルフリドが自由になってしまう。
こっちの手元には匂い袋があるから、松明をつけたまま扉を開けても襲われることはない。だが、ウィルフリドは殺されるだろう。
ランプイーターを使って何を企んでいたかは知らないが、ほぼ確実にロクなことではない。別に死んでも気は咎めないが、情報源としてはもったいない。
しかし流石にこいつを連れてあのランプイーターだらけの長い帰り道を歩く気はしない。危険すぎる。
「……まあ、運を天に任せてみるか。」
「な、何をする気だ!?」
身動き取れないウィルフリドを手早く拘束する。
何かの加減で脱出されるかもしれないし、逆にランプイーターに食われるかもしれないが、ここら辺が妥協点だろう。
「あ、こいつにも呪いの魔導陣がついてる。」
あの時の、盗賊団副頭目の忍術使いと同じ模様だ。
あの時と違ってまだ発動していない。このまま放っておいて死なれてももったいないので、忍者刀で皮膚ごとひっぺがす。
「ぐうぅぅぅぅぅうぅぅっ!!?」
猿ぐつわ越しにくぐもった絶叫がもれる。
生皮を剥がされた痛みに悶絶しているが、まあ、自殺予防のためには仕方ない。
身ぐるみを剥いで持ち物も確認、完全に拘束されていることを確認してから、松明を消す。
「さて、予定時間は過ぎている。
早く戻らないとそれだけフレイスたちも危険だ。来た時よりもとばしていくぞ、カルヴァ。」
「承知いたしました、山上様。」




