二十四段目 最下層(アビス)へようこそ
「なるほど。この数を駆除するとなれば、冒険者の頭数も必要になるか。」
俺は鬼面を付け、カルヴァと共に地下遺跡の通路にぞろぞろと存在する光食虫の群の中を進んでいた。
この状態のランプイーターはエネルギーの節約のためにほとんど動かないらしい。
多少ぶつかったくらいでは目を覚まさないそうだが、念のため接触自体を避けるように進んでいる。
もう数kmは歩いているが、ランプイーターの群に果てはないのかと錯覚しそうになる。
「これだけの数となれば、おそらくランプイーターの女王蟻もいるはず。
その位置を調べるのが、斥候役としての手前どもの仕事ということでございましょう。」
先導するカルヴァが、振り向かずに応じる。
先ほどからカルヴァはまったくランプイーターに触れることなく、スイスイと歩いていっている。
日食眼が冒険者に向いているというカルヴァの考えは、正鵠を得たものだったということだろう。
「しかし、結構時間が経っているな…… 突入前に戻れればいいんだが……」
「ですが、まだ引き返すわけにはいきますまい。もっと奥に進めば、この大量発生事件の元凶が見つかるはず。」
「ああ。少しペースを上げるか。」
「承知いたしました。」
カルヴァがさらに歩みを早める。
ほぼ小走りに近い速さで、地下道を進んでいく。
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「……様子が変わったな。」
「ええ、壁や床の造りも違いますね。」
あれからさらに進み続け、横道なども調べているうちに下りの階段を見つけた。
今まで見た他の部分はほとんど高低差がない造りになっていたので、何か特別な場所かもしれない。
下りた先の道は幅が多少狭まり、触った感じだと壁や床はより簡素なものになっているようだ。
ランプイーターの密度も増している気がする。
それに、かすかにだが何かの匂いがする。甘い匂いと刺激臭が混じったような……
「……ドア?」
「……今までの道にはございませんでしたね。」
ランプイーターの大発生と関係あるかは不明だが、この先に何かあるのは間違いないようだ。
「開けないわけにもいかないよな。」
鍵はかかっておらず、簡単に開いた。
ドアの先は部屋になっていたようで、音の反響からしてバスケットボールのコートほどの広さだろうか。
あれほどいたランプイーターはこの部屋の中にはいない。
その代わりに一人、待ち構えるように立っている人間がいた。
「手筈通り、か。」
完全な暗闇の中、見知らぬ男の声が響く。
「噂は聞いている。その鬼の面…… 鬼面忍者、といったか。
本来必要ないが名乗っておこう。オレの名はウィルフリド。」
声の感じからしておそらく中年くらいの歳。当然だが好意的な印象はない。
「恨みはないが、ここで死んでもらう! "空切断"!!」
ウィルフリドと名乗った男がそう言って腕を一振りすると、空気がかき乱され、悪意ある『何か』が飛んでくるのを感じた。
横っ飛びにその『何か』を躱すと、さっきまで俺が立っていた場所に亀裂が走った。
……魔導による攻撃か。
そしてさらにこの男、口ぶりからしてこのランプイーターの大発生に関与している。
「こいつは……! 女王蟻どころか、その裏に当たったか!
戦うぞ、カルヴァ!!」
予定とは違うが、この場でこいつから情報を聞きだせばこの件の解決の糸口になる。
言葉と同時に、俺は十字手裏剣を3枚まとめて投げつけた。
3枚の手裏剣は逃げ道を防ぐように飛び、確実に手傷を負わせる―― はずだった。
直撃するはずだった手裏剣が直前に軌道を変え、触れてもいないのに逸らされたのだ。
「空気の壁……か!?」
ならばおそらく、先ほどウィルフリドが放った魔導も以前オルフィが俺たちを襲撃したときに使っていた、疾風刃とかいう魔導と同質のもの。
だが、明らかに魔導の使い方に差がある。
上手下手の問題ではなく、『悪意を持って人に向けて使う』ことに慣れている。
そしてこの状況、俺のことを待ち構えていたということは、この暗闇でも俺の位置をとらえる手段があるということ。
十中八九、風の魔導を用いた索敵能力だ。
逆にこちらは空気のゆらぎで音の反射がズレてしまい、ウィルフリドの位置をつかみづらい。
「俺だけじゃ不利だ!
サポート頼む、カルヴァ! ……どうしたカルヴァ!?」
明らかに戦闘状態に入っているというのに、この部屋に入ってからカルヴァは一歩も動いていなかった。
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『予定の時間になりました。先鋒に志願した冒険者の皆さんは準備してください!』
達蔵とカルヴァが戻らないまま、突入の時間になってしまった。
フレイスはため息をつくと、マントを脱いで眼帯を外し、左腕と左目から炎を噴き出した。
「心配ですか?」
「いいや、まったく。」
武器の調子を見ながら話しかけてきたオズバルトに対し、即答する。
そう、心配は一切していない。
何らかの理由で手間取っているか、あるいは重要なものを見つけて奥に行き過ぎたか。
行動不能に陥っている可能性もあるが、何となくその可能性は低い気がする。
「カルヴァのことは置いておいても、達蔵の忍術はこの状況に最適さ。
予想外の事態に陥っても、そこから生還できるだけの対応力が達蔵にはある。」
「信頼しているんですね。」
「そりゃあそうさ。あれだけの男はそうそういない。」
達蔵の話によると、日本には魔物や魔導が存在しない。平和な国で、命のやり取りをするような経験もないと言う。
だが、達蔵は初見のはずの魔物や魔導士に即座に対応してきた。
修行によって培われた忍術があるとはいえ、これは異常なことだ。
だから余計な心配はしない。
ここからは自分の仕事に集中するだけだ。
「多分達蔵は大手柄を挙げて戻ってくる。ワタシが手柄で負けるようじゃ、リーダー失格になっちまう。」
そう言ったフレイスの目が、ぎらりと輝いた。




