二十二段目 今日の勝負は並じゃない
開始の声と同時に、十字手裏剣を投擲。
だが、風を切って飛んだ手裏剣は水の壁に阻まれ、落ちた。
「くらえぇ!!」
直後、レーベルが槍を手元で操り、突きを繰り出す。すると動きに合わせて水の膜が変形し、槍状の水が俺に向かってせまってくる。
俺はあえて直撃をくらう……ように見せかけて、あらかじめ用意しておいた丸太を身代りにした。
所謂、変わり身の術だ。
さらに、丸太にレーベルと観客の視線が集中している間に、地面に伏せて身体を布で覆う。
布も先ほど用意したものだ。くすんだ深緑に草木の汁で迷彩模様を染めてある。
それに加え、身体の凹凸を周囲の草むらに合わせて偽装。呼吸の鈍化・気配の遮断と合わせて草むらに同化する。
これにより、ただ迷彩柄の布をかぶっただけの状態とは比べ物にならないほどのステルス性を得られる。
すなわち、隠れ蓑の術。
「なっ……!? どこだ、どこに消えた!?」
効果はてきめんだ。
もし、今の俺の姿を写真にとれば、その写真の中から俺を探し出すのはそこまで難しいわけではない。
しかし、戦闘の場において目の前の人間が一瞬で消えるという状況、遠近感を錯覚させる布の凹凸といった感覚的な要素こそが忍術の肝だ。
「本当に消えちまったのか……?」
「馬鹿言うなよ、どこに消えるって言うんだ?透明人間にでもなったって言うのかよ?」
「だけど、それならどこに行った……?」
傍から見ている観客すらも同様に俺を見失い、ざわめきが大きくなる。
レーベルは見失った俺を探そうと、四方八方に視線をさまよわせる。
だが、全方位を警戒するというのは実質どの方位も警戒していないのと同じだ。当然、俺が隠れる茂みから目を離す時間が生じる。
完全に視線を外した瞬間、伏せたままの姿勢から手裏剣を投げる。
先ほどのものより一回り小さく薄い、目立ちにくい代わりに殺傷力が低い手裏剣に麻痺毒を塗ったものだ。
警戒を外している方向からの一撃は露出している手の甲に傷をつけ、即効性の毒はたちまちレーベルから身体の自由を奪った。
力を失いその場に倒れるレーベルに観客の視線が集まり、その隙に俺は布をしまい、姿を現す。
「あっ!? あいつ、あんなところに!?」
「じゃあ、レーベルが急に倒れたのもあいつがやったのか!?」
「でも、どうやって……?」
●●●
『そこまで!!
山上タツゾウの勝利とします!!』
「バカな! どうやって勝ったかもわからないのに決着だと!?
こんなの認められるわけがない!」
「何かインチキをしたんじゃないのか?別の仲間に攻撃させたとか……」
……やりすぎてしまったかもしれない。
『正体不明の凄腕ルーキー』を演出したつもりだったが、正体不明すぎてレーベルの仲間たちからイカサマを疑われているようだ。
審判をしていたギルド職員がメガホンを置き、詰め寄ってくるレーベルの仲間に説明をしている。
「ですが、ギルドの決闘規則で決まってるんですよ。
この通り『一方が不慮の要因で戦闘不能になった場合、外部からの介入が確認できない限りはもう一方の勝利とする』と書いてあります。」
「あれが不慮の要因だと!?調べれば絶対に仕掛けがあるはずだ!」
「ですが、世の中正体不明の魔導を使う魔導士もいますし、不正と決めつけるわけには……」
「何か、達蔵の戦い方に不満でも?
なんなら、こっからはアンタらとワタシが代わりに戦うか?」
「ぐっ……! 氷炎魔人……!!」
気がつけばフレイスが論争の輪にまじっていた。まじっているというか、脅迫している。
あれだけ不機嫌だったのだ、これ以上話が長引くと暴発しかねない。
「……あ、そうか。レーベルが不甲斐ないから達蔵の腕前がアピールできないんだね。」
「なんだと!? いくらあんたでも言っていいことと悪いことが……」
「なら、こうすればいいんだ!」
暴言にいきり立つ男たちを前に、フレイスは眼帯を取る。一瞬で左手左目に炎が燃え上り、右手が凍りつく。
「うわっ!
こいつやる気か!?」
いきなり臨戦態勢になったフレイスに恐れおののき、男たちは逃げ腰になる。
「落ち着けフレイス!
そもそも俺は多少ナメられたぐらいで、どうってこと……」
流石にフレイスがここで大暴れするのはマズい。
俺はなだめるために氷の拳を振りかぶるフレイスに近づき、
「せりゃぁ!!」
「なあっ!?」
その俺の顔面めがけて、振り向いたフレイスが殴りかかってきた。
●●●
「なにをやってるんだ、フレイス!?」
「相手が弱くて、あっさり勝ちすぎて。それで達蔵の腕が疑問視されるなら!!
もっと強いワタシが相手になればいい話だったのさ!」
左右の手による、炎と氷のコンビネーションパンチ。
場外からのバソールトの呼びかけも、聞いているのかいないのか。
わけのわからぬ理屈で俺に危険すぎる両手を向けてくる。
「クソッ、どういう理屈だ……!」
「さーあ、見せてもらおうじゃないか!
達蔵の忍術をさぁ!!」
『おーっと、これはどうしたことか!
決闘が終わったかと思えば、突如始まったこの勝負は!?
原因はよく分かりませんが、再び激闘が繰り広げられています!!
危険ですので、観客の皆さんは引き続きロープの中に入らないよう願います!』
フレイスとの戦闘、どうやらギルドは止めてはくれないようだ。
むしろさっきの決闘がいまいち盛り上がらなかった分、こっちを見せ物にしようという意図も見える。
『どうやら戦っているのは先ほどの勝者、山上タツゾウと……
そのパーティリーダー、"氷炎魔人"フレイスだ!!
これは一体、何事が起きたのでしょうか!?』
「ギルドも無責任なことを……!」
見ればギルド職員もレーベルの仲間も、さっさとロープの外に出て観戦モードに入っている。
元をただせばフレイスがキレた原因はそっちだろうに、理不尽なものを感じる。
「ワタシ相手によそ見とは、余裕じゃないか! 達蔵!!」
ワンツーパンチからの伸びる炎の腕が、蛇のように絡みつこうとする。
それを身をかがめて躱し、反撃に手裏剣を投げるが氷のガントレットにはじかれた。
「なんだか楽しくなってきたよ!
そう言えば初めて会ったときもこんな感じだったねえ!!
あの時の続きといこうかぁぁ!!?」
おかしな方向にテンションが上がっていくフレイス。
だが、俺はあくまで忍者だ。魔導士でも戦士でも侍でもない。
忍術はあくまで逃げて生き延びるための術。正面からの殴りあいではフレイス相手は不利なことこの上ない。
抜き打ちに放った刀は炎を切り裂くが、即座に新しい炎が伸び、腕を修復してしまう。
『先ほどの決闘では実況する間もなく決着となってしまいましたが! これはすさまじい戦いです!!
一等冒険者の名に恥じぬ獰猛な"氷炎魔人"の攻め手に対し! "鬼面忍者"も見事な体術で一発も喰らわずに立ち回っています!!』
「当たり前だ!あんなのに捕まったら黒焦げか串刺しだぞ!?」
そう、スピードはこちらが大きく上回っているため、何度か背後を取ることはできたが。何しろフレイスの手は捕まれば大怪我は必至の凶器。
カウンターのリスクを考えると、どうしても攻めあぐねてしまう。
鬼面の下で顔がゆがむのを自覚する。
……だんだん腹が立ってきた。何故俺がこんな面倒な目に遭わなくてはならないんだ?
先ほど用意しておいた第三の仕込み。できることなら使うまいと思っていた奥の手だが、もう使ってしまおうか。
「"凍結震脚"!!」
地面を走る冷気をジャンプして躱し、間合いを詰める。
足裏に神経を集中し、氷の上を走る。
刀を袈裟に振り下ろし、フレイスはそれを氷のガントレットで受け止め、直後に炎が伸びてくる。
その炎を利用して、導火線に火をつける。
火のついた張り子の玉を宙に放り投げた。
破裂した玉から大量の煙が噴き出す。
「煙幕か!?」
『おーっと!突如会場が煙に包まれました!!
これでは何も見えません!中では何が起こってるのでしょうか!?』
「煙に紛れて攻撃する気かい!?
だけどこんなもの……!!」
フレイスの左腕がとびきり大きな火球に変わる。
煙越しでも伝わってくる熱と光。空気が揺らめき上昇気流が生まれ、ちょっとした竜巻が巻き起こる。
渦を巻くように煙が吸い込まれ、上空へと消えてゆく。
煙が晴れた時、そこには―――
「た、つぞう……? い、一体、何を……煙に……!?」
フレイスを含めた会場にいる全員が、痙攣しながら倒れ伏していた。
「麻痺性のガスを発生する秘薬を煙玉に混ぜた。
周囲を巻き込むから、できれば使いたくない奥の手だったんだがな。」
ちなみにこのガス、水に非常によく溶ける性質がある。
少々息苦しいが、濡らした布を口に当てておけばほぼ完全に防げるシロモノだ。
当然、その対処法を知っているのは俺だけなので、死屍累々のこの空き地の中で俺だけが立っていられるわけだ。
「ふ、ふふふ……! やってくれるじゃ、ないか、達蔵……!」
「う、動け、ねぇ……」
「なんてこと、しやがる……!」
『き、鬼畜です……!
この男、鬼面というよりも、もはや"鬼畜忍者"です……!』
最後の力を振り絞ってギルド職員がメガホンで叫ぶ。
何とでも言え。こうでもしないと無事では済まない状況だったんだ。
むしろビームを撃たれる前に止めたことに感謝してほしいくらいだ。
「さてと、フレイスとカルヴァ連れてとっとと消えるか……
あれ、カルヴァは?」
確かカルヴァはバソールトと一緒に観戦してたはずだが……
バソールトが一人で倒れているだけで、カルヴァの姿はない。
「うわっ、こりゃあ一体何事でございますか!?」
「カルヴァ。どこへ行ってたんだ?」
「いえ、少々お花を摘みに……それよりこれは?」
「フレイスが暴れだしたんで、鎮圧するためにちょっとな。薬が切れる前に逃げようと……」
「……その方が良うございましょうな。」
●●●
数分前。空き地から少し離れた路地裏。
「はい、今のところ問題はございません。2人とも、手前を疑ってはいないようで……
はい、冒険者たちをあの地下遺跡におびき寄せて…… 承知いたしました。」
通信用の魔導具に向かって話すカルヴァの姿を見た者は誰もいなかった。




