二十一段目 よって名誉の章典にしたがい
その日、バソールトがそこを通りがかったのは偶然だった。
普段は人気のない空き地に黒山の人だかりができているのだから、気にならないはずがない。
身長は他人より圧倒的に高いので無理に人ごみをかきわける必要もない。首を向ければ騒ぎの中心が見えた。
……どうやら、決闘が始まるようだ。
一方は槍と杖を一体化した武器を持った魔導士。ギルドで見かけた覚えがある、二等のなかでもかなり腕の立つベテランだ。
もう一方は……
「……フレイスじゃねーか! 死人が出るぞ!?」
相手も長くこの稼業をやってるんだから、氷炎魔人のヤバさを知らないはずはないのだが……
他人事だと思って見物するには危険すぎる対戦カードだ。
事情を聞くために、結局人ごみをかきわけていかなくてはならなくなった。
「おい、フレイス! この騒ぎはどういうことだ?」
「あん? なんだ、バソールトかい。」
フレイスは不機嫌だった。
「見ての通り、決闘さ。」
「そりゃあ見たらわかる!
相手は二等だぞ! なにが原因か知らないが、お前じゃやりすぎるだろ!!」
「……勘違いしてるようだけど、決闘をやるのはワタシじゃない。」
「あ? てことは……」
バソールト何となく不機嫌の理由に見当がついた。
「達蔵さ。」
不機嫌の原因は、達蔵が侮辱されたこと。
そして、自分で直接相手を血祭りにあげて鬱憤を晴らすわけにはいかないことか。
「その割には達蔵の姿が見えないようだが……」
「準備してくるって言って、どっか行っちまったよ。」
周囲を見回してみたが、やはり見当たらない。
前髪で目元を隠した少女と目があったような気がしたので軽く会釈した。
「あの娘は? 見ない顔だが。」
「達蔵の弟子さ。ワタシも少し魔導を教えてる。」
……冒険者になって早々に弟子を取るとはな。
「初めまして。手前、カルヴァ・エスクリダオンと申します。
山上様に忍術の修行をつけてもらっている者でございます。」
「こりゃご丁寧に。
おれはバソールト。"ピンチベック"って渾名で通ってる。」
「はい。有名な方ですので、存じ上げております。」
見たところ冒険者になって日も浅いのに、おれを知っているのか?
そうは見えないが、人の噂を集めるのが好きなタイプなのだろうか。
「しかし、達蔵も遅いな?
これだけ準備がととのってるなら、もうすぐ始まるところだろ。」
「まあ、アイツのことだから怖気づいて逃げたってことはないだろうさ。」
●●●
1時間前。
「決闘でケリをつけようって流れになったのはかまわないんだが……」
陰口をたたかれている現場に遭遇した後。一応穏便に謝罪の言葉を引き出せないかと、できるだけ穏やかな調子で話しかけてみたのだが。
向こうも一度口から出した以上、仲間が見ている手前、引けなくなったようで。
こうして決闘で白黒つけようということになってしまったわけだ。
こういった決闘騒ぎは冒険者にはよくあることらしい。
ギルドの方で場所を用意してくれるだけでなく、立会人までしてくれるそうで、至れり尽くせりだ。
……見物客に売りつける軽食まで手際よく用意しているあたり、商売の一環に組み込まれているようだ。
「それで、向こうの手口とか、戦闘スタイルとか。フレイスはわかるか?」
とにかく情報が必要だ。
少なくとも向こうは俺が忍者であることは知っているんだ。こっちも多少なりとも相手を知り、立ち回りを考えなければ。
「うーん……何度か見かけた覚えはある。
基本は魔導士で、結構長いこと冒険者やってるみたいだけど……」
「情報が無いに等しいな……」
「だけど、達蔵ならあの程度のヤツに負けはしないだろう?」
「仮に俺の方が強くっても、それで勝負に勝てるとも限らないからなあ……」
仮に勝てても、こんなところで怪我でもしたら面倒だ。
できるだけ楽に、お互い無傷で済ませたいぐらいなのだが……
「あ、手前が存じております。」
「知ってるのか?カルヴァ。」
「はい。あの方はレーベルという二等冒険者で、渾名は"水魔槍術"。
水を操り攻防に用いる魔導を基本戦術としながら、槍術の腕もかなりのものと聞き及んでございます。」
「水と槍か……」
具体的な戦法まではわからないが、この短時間で得られる情報としては上等と言うべきだろう。
「ありがとう、カルヴァ。
それがわかっただけでも大分ありがたい。」
「お役に立てたのなら幸いでございます。」
あくまで予想だが、向こうも冒険者ならあまり複雑怪奇な戦い方はしないはずだ。
俺が知ってる範囲内でも魔物は非常に特性に幅がある。魔物と戦う必要がある以上、ある程度シンプルな戦法でないと応用が効かないからだ。
その上で水の操作をメインにしているなら、戦い方の見当はつく。
細かいところはアドリブで詰める他ないが、今の内にできることをやっておこう。
「どこに行くんだい?」
「ちょっと、下準備をな。」
●●●
「って言ってたんだけど……」
「開始が三の刻なら、もうそろそろじゃねえか?」
バソールトがそう言った直後、街中に3度、鐘の音が響き渡る。
刻を知らせる教会の鐘だ。
ギルドの職員がメガホンを手に取った。
『探索都市の皆さん、お待たせしました!!
これより決闘が始まります!!』
開始を告げる声に、歓声がとどろく。
「時間になっちまった! 達蔵は!?」
「俺がどうかしたか?」
「どうかしたかも何も、このままじゃ不戦敗に……達蔵!?」
どうやらフレイスは俺の遅刻を心配していたようだ。少し悪いことをしてしまった。
「全然気付かなかったぜ……いつからいたんだ?」
「『逃げたってことはないだろうさ。』のあたりからだな。」
「まったく、アンタときたら無意味に驚かせて……」
「悪いな、フレイス。」
しかし、思った以上に客が集まっているな。
フレイスも『万一にも負けは許さない』という気配をにじませている。
「下準備とおっしゃっていましたが、ご用はお済みで?」
「ああ。流石にこの時間で完璧ってわけにはいかないが、多分問題ないだろう。」
そうこう話している間、ギルド職員は観客に俺や相手のプロフィールを紹介しているようだ。
『二等冒険者"水魔槍術"レーベルは冒険者歴15年のベテランです!
魔導士でありながら槍術にも優れる魔導戦士!!
安定した仕事ぶりに定評があり、一等への昇格も遠くないと噂される彼は、どんな戦いぶりを見せてくれるのでしょうかぁぁ!?』
……まるっきりの見せ物だな。
『対するはぁ!同じく二等冒険者"鬼面忍者"山上タツゾウ!
1カ月ほど前に登録したばかりのルーキーでありながら、あっという間に二等に駆け上がった異例の新人です!
かつての"六大英雄"の一人、山上ゲンゾウと非常に似た名前ですが、一体何者なのでしょうかぁぁぁ!!?」
「言いたい放題だな、まったく……」
俺は鬼の面をかぶり、空き地の中央にゆっくりと歩いていく。
15mほどの距離を空け、レーベルと相対した。
レーベルは無言で杖と槍が一体化した武器を構え、こちらに目を向けている。
その目からは俺に対する侮りの色が見て取れた。
「考えてみりゃあこれも昇格へのチャンスだ……!
ハッタリ野郎め……化けの皮はがしてやるぜ!!」
挑発に応じるつもりはない。結果はすぐにでるのだから。
わずかに周囲のざわめき声が小さくなり、緊張感が場を包み込む。
『それでは…………始め!!』
「"水魔槍術"レーベル、行くぜ!!」
「"鬼面忍者"山上 達蔵、参る。」




