十八段目 魔導陣をぐるぐる
夕食を済ませ、日が完全に沈んだ頃。
「さて、それじゃあ今度は魔導の授業といこうか。
達蔵も一応、聞くだけ聞いておくんだろう?」
「ああ。俺も魔導について知っておいて、損はないだろうしな。」
「よろしくお願いいたします、氷炎魔人様。」
「あー……その呼び名だけどね。渾名で呼ばれるのは嫌いじゃないけど、ものを教える相手にまでそう呼ばれるのは変な感じがする。
ワタシのことはフレイスと、名で呼んでくれるかい?」
「承りました、フレイス様。」
カルヴァが呼び名を改めたことに軽く頷き、フレイスが向き直る。
「さて、魔導についての話だけど……
原理とか法則とか、学術的な話をしても難しいだけで実用上の意味はないから、実戦での使い方だけ説明しておこうか。」
「お願いいたします。」
「まず魔導を使うには『魔力』が必要になる。
人によって差はあるけど、誰しも魔力を生み出し、溜めておく能力はもっているものなんだ。」
「そうなのでございますか?」
「そう。ただ、魔力ってのは勝手に身体の内から湧いて出るものだけど、ある程度まとまった量がないと魔導には使えないのさ。
この溜めておける量が肝心で、容量が少ないと弱い魔導を1発使っただけでガス欠になる。」
フレイスが右手に小さな氷の欠片を生み出してみせた。
「その程度しかできないようだと魔導を学ぶだけ無駄、というわけか。」
「そのとーり。
さらにもう一つ、魔導を『扱う』才能が必要になる。」
「扱う才能、でございますか?」
「ああ。感覚、とでも言うべきか……とにかく、魔力を魔導という現象に変えて、放つ能力。
これがないと、どんなに魔力を持っていても、どれだけ長ったらしい呪文を唱えても、何にも起きない。」
例えるなら、魔力と才能の両方がないと魔導は動かない、と言ったところだろうか?
「俺に欠けてるのは『扱う才能』だと以前言っていたな。」
「こればっかりは天性のものだからね……」
「手前にはその才能があるのでございましょうか?」
「まあ、やってみることだね。」
そう言ってフレイスは木の枝で地面に模様を描きだした。
多重の円状に記号や文字が書かれた、魔法陣っぽい模様が描かれていく。
「これは魔力を放つ才能があるかを調べるための魔導陣さ。
こいつに手をかざして、"魔導試験"って唱えてみな。」
図の4隅に小石を置くと、陣を指さしカルヴァに促した。
カルヴァは恐る恐る手を掲げる。
「……"魔導試験"。」
呪文を唱えると円の中心から模様が光り出し、光が外まで達したところでフッと消えた。
「うん、やっぱり才能はあるみたいだ。」
「この光が、そうなのでございますか?」
「そう。この光が強いほど魔導を扱う才能があり、長く光るほど魔力を蓄える容量が大きいってこと。
カルヴァは……まあまあだね。」
「まあまあ……で、ございますか?」
「魔導士の家系じゃない人としてはかなりのものだけどね。
ただ、代を重ねた魔導士は半端ないからねえ……
上位の魔導士は村一つを魔導一つで消し去る、とも言うから。」
フレイスは苦々しげな表情を浮かべた。
フレイスは魔導士の家系ではないため、アカデミーにいたころは侮られていたと聞く。そのことを思い出しているのだろうか。
「ま、カルヴァの場合は戦闘の補助に魔導を使うだけだから、これだけでも十分さ。」
「ありがとうございます。」
カルヴァは深々と頭を下げた。
「ついでだし、適性のある属性も調べてみようか。」
「属性でございますか?」
「四元素の地水火風とか、五行の木火土金水とか……個人によって魔導の得手不得手の傾向があるのさ。
ワタシの場合、もって生まれた適性は見ての通り氷。魔人の腕と目を手に入れて、追加で炎も扱える……って感じで。」
「そっちはどうやって調べるんだ?」
「片っ端から魔導を使ってみるしかないね。」
……原始的というか、数撃ちゃ当たるというか。
「そっちは意外と洗練されてないんだな。」
「そんなもんだよ。根本的な才能を調べる方と違って、需要がないから。
それじゃ、地の魔導から試していってみようか。」
「はい!」
●●●
「適性は『影』か……予想通りすぎて何の面白味もないね。」
「人の適性に面白味を求めないでくださいませ。」
カルヴァがぴしゃりと言い放つ。
「悪い悪い…… しかし、影かぁ……」
「影の魔導って、どんなことができるんだ?」
「少なくとも、『これ』では何の役にも立ちませんね。」
そう言ってカルヴァは影絵をつくってみせた。
手は犬の形だが、蟹の形の影絵が地面に映った。
「"影形操作"は実用性はまったくない魔導だからねえ……
影の魔導で有名なのといえば、影を実体化させて操り、攻撃や防御に使う"影悪魔"だね。」
「手前も習えば、その"影悪魔"を使えるようになりましょうか?」
「うーん……魔力が足りなくて無理だと思う。
根本的に既存の魔導はほとんどが、代を重ねた魔導士が使うことを前提にしてる贅沢仕様だからねえ。」
「元手がなければ、商いもままならないものでございますな……
では、手前の場合はどうすればよろしいのでございましょうか?」
「心配しなくても、魔力が少ないなら少ないでやりようってもんがあるのさ。
ほら、魔導士っていったら杖とか持ってるだろう?」
「そういやオルフィも持ってたな。」
フレイスのビームで燃やされてたけど。
「そう。そんな感じで魔力を増幅したり、効率的に運用したり、いろんな手段があるのさ。
さっき描いた魔導陣もその一種。」
「フレイスがたまに小石積んで塚をつくってるのもそれか?」
「そうそう、あれもその一種だね。
あれは塚を配置して魔力を地面に巡らせる中継点にしてるのさ。
他にも、使い捨ての魔導陣をストックしておいたり、踊りや音楽で呪文を補強したり……戦場に出るタイプの魔導士はいろいろ工夫してるよ。」
魔導士にもいろんなスタイルがあるわけか。
踊りや音楽と共に魔導を放つタイプは一度見てみたい気もする。
「ですが、フレイス様は素手で魔導を使っているようにお見受けしますが……?」
「ワタシの場合はちょっと特殊だからね。
実質この『魔神の腕』と『魔神の目』が杖の代わりみたいなものさ。
後は、魔神パワーによる魔力のブーストと、放熱・吸熱を利用した省エネ。
さらに体術の打撃力を魔力に上乗せすることで長期戦もできるように工夫してるのさ。
範囲攻撃はめったに使わないしね。」
「カルヴァも魔力が少ないし、元々魔導はサブの技能として考えてたわけだしな。
忍術と組み合わせて戦うことになるわけか。」
例えばだが、接近戦をしている最中に一瞬でも相手の視界を奪うことができたら、それはもはや必殺技と言っても過言ではない。
個人によって属性の向き不向きがあるとはいえ、何かしらの使い道は必ずあるはずだ。
「ま、理屈は追々勉強していくとして、最終的には自分専用の魔導を開発することになると思うよ。」
「手前にも、できるのでございましょうか?」
「ここらでひとつ、ワタシが戦うだけが能の人間じゃないって知らしめてやろうと思ってね。
安心しな。アンタでもできるように教えてやるのさ。」
……さっき聞いた噂話を気にしていたのだろうか。
とにもかくにも、カルヴァの育成にフレイスも本腰を入れてみようということになった。




