十七段目 鍛えろ勝つために
「全員無事だな!?」
「はい、大丈夫でございます!」
「ああ、ワタシも平気さ……」
遺跡から脱出した時には、すでに太陽が中天に近づいている頃だった。
疲れはて、全員地面に座りこんでいる。
「あれだけの数の光食虫なんて初めて見たよ。
見た目は蟻に似てるけど、常時群れをなしてるような生き物じゃないはずなのに。」
「左様でございますか?」
「ああ。巣の近くならともかく、普通なら多くても3匹くらいがいいとこさ。」
「なら、あそこが巣の近くなんじゃないのか?」
「いや、ヤツらはもっと地面の深いところにしか巣は造らない。
こんなに地表に近いところに、あの数はありえないのさ。」
あの数はありえない、か。
フレイスの反応を見た限りでも、あの場で即撤退を選んだのは間違いではなかったようだ。
一応、あれをすべて殺しつくせと言われれば、この3人なら不可能ではないだろうが……あくまで下準備が十分ならという話だ。
「そもそも、あの通路は地下遺跡の中でも比較的安全な区画だったはずなんだ。
たまに魔物は湧くけど、一応三等冒険者でも入れる遺跡だし。」
「ああ、なるほど。
だからカルヴァの能力を試すために選んだのか。」
「だけど、これじゃ一等だってそうそう入れなくなっちまったね。
ランプイーターは1匹でも二等がパーティを組んで狙うのが常道の魔物。
それがあの数だ。後でギルドに報告しないと……」
フレイスはいかにも面倒くさそうにため息をついた。
残念ながら俺はまだ読み書きが不十分なので、報告を手伝うことはできない。
「あの…… それで、手前の試験はどうなったのでございましょうか……?」
カルヴァがおずおずと手を上げた。
そう、元々カルヴァの能力を見るためにあの遺跡に入ったのだ。
予想外の強敵ではあったが、その分カルヴァの戦いぶりはよく見ることができた。
「結論から言うと、合格だな。」
肩の荷が下りたためか、カルヴァがほっと息を吐いた。
「話通り、日食眼は便利だし、身体能力もそれなり以上。
体捌きや武器の扱いは教えていくとして……
そういえば、見たとこ魔物と戦うのは初めてじゃないな?」
「はい、故郷で青蝙蝠に襲われたことがございます。」
「ブルーバットに?
あれは攻撃性も耐久性も低いけど、しつこい上にちょこまか飛び回る厄介な魔物だろう?
どうやって撃退したんだい?」
「どうと申されましても……
ただ、空から襲ってくるのを必死に避けて、空にいるブルーバットに石を投げて……
それを繰り返しているうちに向こうの体力が尽きて、落ちてきたのを棒で殴り殺しまして。」
なるほど、そんな経験があったわけか。
とっさのことにしては十分以上のものだろう。
「へぇ、大したもんだねえ……」
「いえ、しょせん素人のやりようでして……
先ほどのランプイーターとの戦いも、ただ無我夢中でございました。」
「なら、あの手裏剣の腕前は天性の才能か。」
ランプイーターへのトドメとなった一撃、あれは威力・コントロールともに申し分ないものだった。
あの手裏剣術は長じれば相当な使い手になるだろう。
「最低限の基礎技能と、加えて得手を伸ばす方向で修行をつけるとして……フレイスからは何かあるか?」
「そうだねえ…… 『日食眼』みたいな先天的な能力は魔導の才に関わりがあるって言うし、ワタシもちょっと魔導を教えてみようかね。」
「え、氷炎魔人様も稽古をつけてくださるので?」
「意外そうだね。」
「いえ、まあ…… 巷では『氷炎魔人は自分の名声以外興味がない』などと聞きまして……」
「あながち間違っちゃいないけどね……
ワタシだって人を育てるってのに、思うところはあるのさ。」
「……それは失礼いたしました。
それではあらためまして。ご両人、よろしくお願い申し上げます。」
そう言ってカルヴァは深々と丁寧にお辞儀した。
こうして、カルヴァを弟子とすることになったのだった。
●●●
「跳んだり跳ねたりといった基本の運動からやっていこう。
フレイスが見つけてきてくれたこの成長の早い植物を毎日ジャンプで跳び越えるんだ。」
「山上様。この植物?うねうね動きながら、目に見える速度で成長してますけど……」
「まあ、植物型の魔物だしな。100回跳び越えたら実戦訓練にも使うか。
はいスタート。」
怖気づいてるカルヴァを植物型の魔物に向けて突き飛ばした。
「山上様! ツタが伸びてきます!
明らかに攻撃の意図をもって棘付きのツタが追いかけてきます!!」
「反撃は100回跳び越えてからだからな。
攻撃をよけながら跳び続けるんだ。」
半泣きになりながらも、カルヴァは伸びるツタを跳び越え続けていく。
思った通り、これくらいならなんだかんだ言ってこなせるようだ。
●●●
「次は短剣術だ。
短剣に限った話じゃないが、刃物は刃筋を立て、ブレないように振らなければ斬れない。」
「はい。」
「そこで、俺が用意した小道具を使ってもらう。これだ。」
木の枝から凧糸を吊るしたものを見せる。
「短剣を振ってこれを斬る。やってみてくれ。」
「はい。」
カルヴァが短剣を振るい、凧糸を斬りつける。
軽くて柔らかい糸はそうそう斬れるものではない。短剣の動きに合わせて揺れるだけだ。
「この糸を斬れるようになるまで、何度も短剣を振るう訓練だ。
ヒントは脱力とコンパクトな動き……と言っても、頭で考えてできるものでもないし、とにかく繰り返してコツをつかんでくれ。」
「はい!」
早速カルヴァは、繰り返し何度も短剣を振るう。
当然糸は斬れず、衝撃にぷらぷらと揺れるだけだ。
「そうそう、その糸には仕掛けがあってな。
何十回か衝撃を与えると、仕掛け弓が作動する。」
「はい?」
疑問符を浮かべ、こちらを振り返るカルヴァの背後で仕掛けが外れる音がした。
「痛ぁ!?」
「安心しろ、鏃はついていない。
だが、仕掛け弓はまだまだ山ほど仕掛けてあるからな。
糸を斬ってみせるか、仕掛け弓が全部作動するまでこの修行は続くぞ。」
「えぇ……」
多分、今日明日でクリアはできないだろうが、短剣に限らず武器の扱いには必要な訓練だ。
痛い目にあいながら頑張ってもらうしかない。
●●●
「山上様…… その、少しお休みをいただけないでしょうか……?」
あの後も、木の上でバランスをとったり、水に潜ったり……修行を続け、夕方に近い時間になっていた。
「ん、そうだな。今日はこんなところにしておくか。
日中の修行だったが、目の調子はどうだ?」
忍者になって夜間中心の生活を送るつもりといっても、日中にも動けなければいざというときに困る。
そう思って、あえて修行は日中に行っていた。
「はい、日差しが強い日はかえって影が濃く、それなりに物も見えますが……
あの、やはり山上様も昔はこのような修行をこなしましたのでございましょうか?」
「そりゃあ、若い俺には習った通りのことを教えるくらいしかできないからな。
まあ、多少の差はあるけど……向こうに魔物はいないし。」
「ああ、では噂は本当でございましたか。」
「噂?」
「山上様は日本から来た方で、日本には魔物がいないという……」
「そんなことまで噂になってるのか…… まあ、合ってるけどな。」
「では、本気を出すときには額が盛り上がり角が生え、口は耳まで裂け、全身真っ赤な体毛に覆われるという噂も……?」
「それは嘘だ。」
……誰だ、そんな噂を流したのは。
カルヴァも微妙にがっかりしている気がするが、そんなことを期待されても困る。
「ただいまー。……何この空気?」
買い出しに街に行っていたフレイスが戻ってきた。
「巷で流れてる噂をカルヴァに聞いていたんだ。」
「噂? ……興味あるね。ワタシのことはどう噂されてた?」
「氷炎魔人様は……
『実は錬金術の実験で生まれた生物兵器が人間のフリをしている』などと言われておりました。」
「……面白いこと考えるもんだねえ。」
夕食は、カルヴァから噂話を聞きながら鍋をつつくこととなった。




