十六段目 蟻だー!!
カルヴァがやってきた時はもう夜が更けていたのでそのまま就寝、翌日。
俺たちは普段寝起きしている森を離れ、探索都市北西の遺跡密集地に来ていた。
「カルヴァ。見たところまったく鍛えていないってわけじゃないようだが、お前の戦闘スタイルは?」
「恥ずかしながら、今まで誰かに師事したことがございませんので。素人同然の我流でございます。」
「魔導の経験はあるかい?」
フレイスも興味があるようで、口を挟んできた。
「いえ、まったく。魔導士の方自体、とんとご縁がございませんで。」
「ふーん…… もし素質があるなら、魔導を忍術に混ぜてみるのも面白いかもね。」
「よろしいので?」
「まあ、利用できるものは何でも利用するのが忍者だからな。」
ちなみに俺は魔導の才能は全くないらしい。
それを聞いたときは正直かなり残念だったが、使えないものはすっぱり諦めるのも忍者には必要なことだ。
「着いた着いた。ここが今日潜る遺跡だよ。」
フレイスが立ち止まり、眼前の建物を見る。
……見たところずいぶん小さな、公衆トイレほどの大きさの建物のようだが。
「見ての通り、地上部は小屋同然の遺跡さ。
だけど地下は……」
そう言ってフレイスは階段を下りていく。
俺とカルヴァも後ろをついて行くと、そこは予想外に広大な地下空間が広がっていた。
フレイスの炎に照らされ、何本もの枝分かれした通路がずっと奥まで続いている。
「ずいぶんと広い遺跡のようだな?」
「ああ。何しろ全貌がまだ解明されていないからね。この道がどこまで続いてるのか誰も知らないのさ。
一応他にもいくつか出入口が見つかってるけど、その出入口も全部でいくつあるもんだか……」
「それで、手前は何をすればいいのでございましょうか?」
「今回は基本、達蔵が指示を出してカルヴァがそれに従う方向でやってみようか。
ワタシはあくまでサポートって形で、あんまり前に出ないようにしてさ。」
「俺が指示を?」
「だって、アンタの弟子にするんだろう?」
「まあ、そりゃそうか。
とりあえず、俺の分の松明に火くれよ。カルヴァもこの程度の明かりなら眩しすぎるってことはないんだろ?」
松明の光量なんてたかがしれている。明暗反転した目でも十分に見えるはずだ。
「はい、問題ございません。
遠くはよく見通せますし、この程度の明るさならお二方のお顔も判別できます。」
「まあ、こんな面をつけといて顔の判別もクソもないけどね。」
フレイスが俺の鬼面をつついた。
「じゃあ、とりあえず見通しが効くカルヴァを先頭に、俺、フレイスの順で行くか。」
●●●
何本かの道の内、適当なものを選んで数kmは歩いただろうか。
「何にもないな…… あくまで通路ってことか?」
「聞いた話だと途中に遺物がゴロゴロしてる部屋があるって話だったけど……
ハズレの道を引いたかねえ?」
「ゆるい曲線の道で、手前の目をもってしてもあまり先は見通せません。
どうなさいますか?」
「そうだな…… フレイスの話だと挟み撃ちの心配はほぼないんだよな?」
「ああ、そのはずだよ。」
「この程度なら道を戻るのにもさほどの苦労は無さそうだし、もうしばらく進んで……」
言いかけたところで、カルヴァが手で制した。
(お静かに!!)
小さな、しかし鋭い声に、俺たちは戦闘態勢に移る。
臭いはないが、かすかに固いものをこするような音が聞こえる。
いままで感じたことのない、妙な気配だ。
やがて近づいてくるにつれ、姿が見えてきた。
外見は、ごつごつした形状の巨大な蟻。全長1mといったところか。
「あれは光食虫だね。光るものに反応して興奮する、虫型の魔物さ。」
フレイスの解説に、とっさに松明を投げ捨てる。
が、ランプイーターはそちらには見向きもしない。
「無駄だよ、もう狙いをつけられた。
明かりに反応して目を覚ますけど、そこからは音や臭いで獲物を探るタイプだから。」
「山上様! 代わりの松明を……!」
「いや、不要だ。この程度ならフレイスの明かりと音で戦える。
それよりカルヴァ! 来るぞ、迎え撃つ!」
「承りました!」
ランプイーターが機敏な動き跳びかかってきた。
それをカルヴァは身体をスライドさせるように動かして躱す。
着地点を狙い、俺は棒手裏剣を投擲した。が、
「やはり固いか……!」
見た目からして予想はついていたが、手裏剣程度では刺さらない硬度。
となれば、対策は定番だが、
「カルヴァ、胴の継ぎ目を狙え!」
「はい!」
カルヴァの武器は短剣だ。
それをえぐるようにしてランプイーターの胸と腹の隙間に差し込んだ。
しかし、カルヴァが扱いに慣れていないからか、はたまた短剣が脆かったのか。
「あっ!」
半ばまで刺さったところで短剣が折れてしまい、大したダメージにはなっていない。
だがそこへ、俺の背後から細長い炎が伸びてゆく。
「外は固いっていっても、あの剣は肉に届いてるんだろう? だったら!」
フレイスの炎の腕が触れると、折れた短剣は一気に赤熱化し、焦げ臭いにおいと共に煙が上がった。
「このまま焼ききって……」
「ギィィィイイイイィィ!!!」
炎の指先で折れた短剣をつかみ、そのまま引き切ろうと力を込めたとき、ランプイーターが耳障りな鳴き声を上げた。
同時に、口から何かを吐き出した。
とっさに躱し、着弾点を見ると煙がでている。
「蟻酸か……!」
「ギイィィィィィ!!」
致命傷は与えたものの、命が尽きるまでまだ間がありそうだ。流石は虫、すさまじい生命力だ。
断末魔の鳴き声と共にすさまじい速度で蟻酸を吐きかけてきた。
「これじゃあ近づけたもんじゃないな!」
籠手から引き抜いた棒手裏剣を3連で投擲、すべて頭と胸の間に突き立ったが、絶命にはまだ遠い。
「ワタシもちょっと手が出しづらいね……!」
フレイスも動き回りながら、間合いを測りかねている。
持久戦になるか、と思ったが、意外なところで戦いの幕は閉じた。
「っえぇいっ!」
最初にはじかれた手裏剣をカルヴァが拾い、投げつけたのだ。
酸を吐こうと開けた口腔内に手裏剣は直撃。
傷口から酸が浸透し、みるみるうちに自らの頭を焼き溶かしてしまったのだ。
さしものランプイーターも、頭がなくなれば動かなくなった。
「……よし、間違いなく死んでるね。
使える外殻だけでもへっぱがして、小遣いに……」
「待て、フレイス!」
「なんだい、おかわりか……い……?」
フレイスが口を閉ざし、周りの音が聞こえるようになると……先ほどの比ではない、多重の音が耳に届く。
「カルヴァ、数は?」
「道の端から見えてる分だけで10以上はございます。」
「こういう場合、1匹いたら30匹はいるって言うよな。
……やってられるか!逃げるぞ!!」
少しでもランプイーターを刺激しないよう炎を消し、完全な闇の中でフレイスの手を引き、俺たちは全速力で地下遺跡を抜けだした。




