十五段目 教えて忍者の奥の手を
俺たち2人は野外で生活している分、通常以上に衛生には気を使っている。
狩った獣の残滓や汚物の処理はもちろん、こまめな手洗いは欠かさないし、3日に一度は水浴びをして清潔を保つ。
疫病予防の面もあるが、どちらかというと魔物に気付かれないための臭い消しという点で重要だ。
魔物に限らず動物は嗅覚が強いものが多い。先手を取って狩りをするためには体臭はできるだけ消した方が良い。
俺は今、フレイスが水浴び中なのでその見張りをしている。
「ふう…… 最近暑くなってきたもんだから、水浴びも気持ちいいね。」
「早く代わってくれよ?」
「わかってるって。」
俺は木を挟んでフレイスの方に背を向けている。
裸を見ないように、という配慮ももちろんあるが、魔物や襲撃者に対する警戒がメインだ。
炎の腕と氷のガントレットで常時戦えるフレイスはともかく、俺は武器を持っていないときに襲われると少々厳しい。
だから水浴びするときは交代で見張りをするようにしているわけだ。
「……ん?」
かすかに、音が聞こえる。
遠く、ほんのわずかにしか聞こえない音だが、確かにこちらに向かってくる。
「フレイス、お客さんみたいだぞ。」
「へぇ…… いい度胸だ!!」
俺もフレイスも一瞬で臨戦態勢に移る。
フレイスは炎と氷で武装し、俺は背中の刀を抜き、手裏剣を隠し持つ。
熱気と冷気を操るフレイスにとって水は強力な武器だ。あえて泉からは上がらないでいた。
俺はフレイスをサポートするため、フレイスの射線を空けるように木の上に身を隠す。
しかし、近づくにつれ、敵意のある襲撃者ではないことがわかった。
「―――♪~~♪~」
近づくことではっきり聞こえるようになった音は、笛の音。
おそらくこちらの警戒を解くためであろう、穏やかな調子の曲が聞こえる。
刺客でないことはわかったが、しかし、疑問が残る。
来訪者は三日月のわずかな月明かりの中で、どうやって俺たちを探し出したんだ?
確かに俺たちは身を隠しているというわけではないが、さりとて、この暗い森の中で簡単に見つけられるものでもないはずだが。
あと数十m、というところまで近づいたとき、笛の音が途切れた。
「ごめんください。こちらが"鬼面忍者"山上達蔵様のお住まいでございますね?」
よく通る、女の声だった。
●●●
「手前はカルヴァ・エスクリダオンと申します、三等冒険者でございます。」
客の女は地べたに正座して、そう名乗った。
まず目を引くのが、目元が完全に隠れるほど伸ばした赤毛の前髪。前が見えてるのか怪しいほどだ。
全身を黒の薄手の肌着で覆い、露出している顔の肌は浅黒い。
肌着の上にくノ一的な着物に似た衣装を着ていた。
「フレイスではなく俺に用だって?」
「はい、左様でございます。
手前を山上様の弟子にしていただきたいんでございます。」
「俺の……弟子に?」
どういうことだろうか。
弟子といっても、俺自身こちらに来て1ヶ月ほどしか経っていない。当然冒険者としてのキャリアも同様だ。
自分のことで手一杯で、弟子を取れるような身分ではない。
「何かの間違いじゃないのか?
ウチのリーダーはこっちのフレイスだし、俺は冒険者になって日が浅いぞ?」
「いえ、合っております。手前が弟子入りしたいのは、鬼面忍者の山上達蔵様に相違いありません。」
「……で、何故達蔵に弟子入りしたいと?」
着替えを終えたフレイスが口を開いた。
その目はカルヴァを吟味するように眺めている。
「あまり愉快なものではございませんが……これをご覧ください。」
そう言ってカルヴァは前髪をかき上げた。
前髪に隠されていた目は、白目が黒く、黒目が白い、反転した色をしていた。
「へえ、珍しい!」
「知っているのか?フレイス。」
「ああ。これは『日食眼』っていってね。
簡単に言うと、暗いところほど物がよく見えて、明るいところでは物が見ずらい、そんな奇妙な目なのさ。」
「左様でございます。
正確には『光』が見えずに『影』が見える、そういった目でございます。」
本来、目っていうものは光をとらえて脳に伝える器官なのだが……科学的にはありえない症状だけれど、この世界にはそんなものもあるのか。
「光が当たっているものが見えないので、日中は気を付けていなければすぐ物にぶつかってしまいます。
手前の生家は商人でございましたが、こんな目では仕事になりませんし、嫁の貰い手もございません。」
「それが、何で俺の弟子になることにつながる?」
「この目では日向に生きることはかないません。そして影に生きる者といえば忍者。
なので、このあたりで一番高名な忍者である山上様に弟子入りし、手前も忍者になろうと、そう思った次第でございます。」
「うーん……」
釈然としない部分はあるが、ひとまず理屈はわかった。
確かに俺たちは夜間や遺跡内など、暗い場所・時間に活動している。
さっき、この夜中に遠くからでも俺たちを見つけられたのもその目のおかげだろう。
弟子にするかどうかはともかく、その能力は俺たちの活動スタイルと相性が良い。
「先に言っておくと、ワタシは賛成だね。」
「意外だな、賛成なのか?」
こういう面倒事は嫌いな方だと思っていたが。
「今後を考えると、どうしても仲間が必要だからね。
今まではどうにも縁がなかったけど、ある程度……できれば6人でそろえたいとは常々思っていたし。
話の筋は通ってるから、信用できないってわけでもない。」
以前聞いたところによると、冒険者のパーティは基本的に6人が上限、7人以上で遺跡に入ることはまずないそうだ。
狭い場所での連携や、報酬の分配などにおいて、この人数以上になるとトラブルが激増する傾向があるそうだ。
「最低限、ワタシたちのやり方についてこれるようなら、仲間にしてもいいと思う。」
「つまり『実力を示せ』ということでございましょうか?」
「ワタシはね。
でも、あくまで達蔵に弟子入りしにきたわけだから、決定するのは達蔵だよ。」
「俺か……」
一応、誰かに忍術を教えることについては考えたことはある。
俺自身、父親に忍術をしこまれたわけで、もしも俺に子供ができたら忍術を教えるだろうか、などと考えたりもした。
しかし、赤の他人が弟子入りしてくるとは……
少し考え、俺は結論付けた。
「どれだけ本気でやるつもりがあるか、今どれだけ実力があるか。
やはり、試してみるしかないな。」




