十三段目 荒ぶる魂は誰にだって止められない
「うっとおしいな……」
正直、俺は苛立っていた。明らかに敵が調子に乗っているからだ。
分身は倍々で数を増やし、既に16人になっている。
向こうの振るう短剣は俺にかすりもしない。しかし、こちらも攻めあぐねていた。
俺が使う分身の術は本体が2人に増える術だ。
コントロールが難しい上に、両方が本体なのでダメージのフィードバックがある。うかつに使うわけにはいかない。
対して、副頭目が使う分身は弱い。
おそらく、俺の忍術とは別系統のものだ。動きがぎこちない代わりに、こちらの攻撃はすりぬけてしまう。
幻でできた人形を操っているようなものだろう。
「つまり、あの分身の『どれか』が本体か……!」
短剣を躱しながら観察する。
幻同然の分身とはいえ、どういうわけか向こうの攻撃はこちらに届くようだ。
それが16人ともなれば、うっとおしいことこの上ない。
「「「やりますねぇ……? この分身殺法をしのぎ切るとは……」」」
ねっとりした声が多重に響く。
そもそもこの男が気に入らない。曲がりなりにも忍術が使えるほどの修行を積んでおきながら、盗賊などというつまらない事に忍術を使う、この男が。
「馬鹿にしやがって、この程度で分身殺法だと?」
「「「この程度……ですって?」」」
「本物の忍術を見せてやる……」
俺はわざと短剣の直撃を受けた。
次の瞬間、短剣の刺さった丸太がごろりと落ちる。
「「「変わり身の術!? まさか、貴様も忍者!?」」」
しかし、その問いに答える者はいない。
静寂が16の影を取り巻く……
●●●
「ぐあっはっはっは!!
どうしたどうした!? 威勢よく乗り込んで来ておいて、防戦で精一杯か!?」
ザガルの見た目通りのパワーと見た目に似合わぬテクニカルな剣技を、フレイスは無言でしのいでいた。
鉄に匹敵する強度を持つ氷のガントレットを扱い、時に受け止め、時に受け流し、あるいは指の股で挟み取り。
真っ赤に燃える炎の腕を操り、時に牽制の攻撃を放ち、時に目くらましに使い、あるいはガントレットに添えて。
両腕をフルに使っていても、しかし有効な反撃を繰り出せずにいた。
「……確かに、アンタの剣の方がワタシの体術より上のようだね。」
大きな激突音を響かせ、曲刀をはじいたはずみで数歩分の間合いをとった。
「なんだ、諦めて大人しく斬られる気になったかぁ!?」
「逆。ワタシより上って程度の剣技で、よくそれだけ威張れるもんだね。」
「なにぃ!!?」
フレイスは改めて右半身を前にした構えを取りなおした。
「ワタシは戦士でも格闘家でもない、魔導士だってことさ!
"凍結震脚"っ!!」
右足を強く踏みしめ、氷が地面を走る。
「おぉっと!!」
ザガルに氷が迫る瞬間、ジャンプして凍結を躱した。
「オレの手下どもをやった技か!
だがこの程度の魔導に当たるかよ!!」
「いや、十分だね。」
「なにぃ!?」
見渡せば、辺り一帯の地面が氷に覆われていた。
「こ、これは……!」
「氷の上で戦うのは初めてかい?
考えてみな。この地面、どうやったら剣を振るう『踏ん張り』が効くんだろうね?」
闇の中でフレイスの腕が、眼が、赤く燃え盛り、氷をきらめかせた。
●●●
「「「どこだ…… どこに消えた!?」」」
分身した男が一斉に頭を振り、俺を探している。
だが、月夜とはいえ夜中に見つかるほど俺は甘い忍者ではない。
慌てる奴らを尻目に戦場をじっくり観察する。
少し離れた場所から、剣撃の音とハイテンションなフレイスの声が聞こえる。
「あはははははは!!
なんだいそのへっぴり腰は! 自慢の剣技はどうしたぁ!?」
……フレイスの方は問題ないようだ。
そしてこちらも、戦場を俯瞰して見たことでタネが割れた。
後は簡単に処理するだけだ。
「「「クソッ…… ヤツはどこだ? 早く見つけないと……」」」
「見つけないと、どうだっていうんだ?」
「「「なにぃ!?」」」
さぞかし驚いたことだろう。
『遺跡の中に隠れていた本体』が、刀を突きつけられているのだから。
「最初から本体はあの16体の中にはいなかったってわけだ。
おっと、動くなよ。お前には聞きたいことがあるが、駄目なら駄目で殺しても惜しくはないからな。」
男は身じろぎもしない。
俺の言っていることが脅しでないことに気付いているようだ。
それでも、男は絞り出すように声を出した。
「何故私の居場所がわかった……!?」
「上から見ればすぐわかるさ。
あの分身ども、満遍なく周りを見てるようでいて、常に2体は遺跡の入り口を見ていた。
つまりそこが一番警戒している場所だ。」
「くっ……!」
「お前の質問タイムは終わりだ。こっちの質問に答えてもらおうか。
何故あれほど執拗に村から食料を奪った?
村一つの備蓄丸ごとなんて、盗賊団の維持に必要な量を明らかに超えている。」
「そ、それは…… ぐぅぅぅ!?」
俺の質問に男は動揺を見せた。
その直後、急に胸を抑えて苦しみだした。
「おい、下手に動くなと…… なに!?」
わずか数秒の間に、副頭目とおぼしき男は息絶えていた。
周囲に人の気配は一切ない。
「毒物……いや、魔導の類いか?
何者かの口封じ……?」
「こっちは終わったよ……あれ?そいつは?」
遺跡入口からフレイスが入ってきた。
右腕が返り血に濡れている。ザガルを殺ったようだ。
「捕えた直後に急死した。
フレイス、何かわかるか?」
「えーと……
多分これは……あ、あった。」
フレイスが服をめくると、首の下に魔法陣のような模様が刻まれていた。
「特定の条件を満たすと起動する呪いかな?
結構高度な……それこそ一介の盗賊風情に扱えるものじゃないけど……」
「ここいらの盗賊は、剣技で一等冒険者を追い返したり、忍術で16の分身を操ったりできるのか?」
俺の言葉にフレイスは首を振る。
「……そりゃそうだ。こいつらはただの盗賊じゃなかったね。」
「まだ、裏に何かあるってことか……」
「とはいえ、そこら辺はワタシたちの仕事じゃないよ。
ワタシたちの仕事はここまで。とりあえず、待機してる遺跡管理のギルド職員を呼んでこよう。」
確かに、俺たちの仕事は終わりだ。
しかし、今は冷たくなったこの男の使う忍術。どうにも、因縁を感じざるを得ない……




