十二段目 嵐を呼ぶのさ
「注意すべきは頭目と副頭目の2人だけ……なら先に、その2人以外をまとめて始末しようか。」
盗賊の根城に忍び込んだ翌日。
俺たち2人だけで盗賊どもを根こそぎ捕える、もしくは殺すために、一計を案じることにした。
今日は一日そのための準備にかかる。
「そっちはどうだい? 達蔵。」
「ああ、なんとかなりそうだ。
日本とは植生が違うが、似た材料で代用できるだろう。」
「よし、こっちも急がないとね。」
ほとんどが雑魚とはいえ、乗り込んでいってはどんな罠があるかわからない。
一対多数において有利に立ち回るための下準備は必須だ。
●●●
「それじゃ、準備はいいね?」
「ああ、行くぞ。」
日が沈み、月が昇ってきたころ。
裏口に設置した、紙と油を用いた時限装置に点火して数分後。
フレイスと頷き合うと、俺は大きく息を吸い込み―――
「火事だぁぁ!! 逃げろぉぉぉぉ!!!」
遺跡の中に響くように大声で叫んだ。
同時に、発煙筒に火が回り裏口から煙を吹きだす。
「もう裏口に火が回ってるぞ!! 逃げるんだぁぁぁ!!!」
少しわざとらしいが、ダメ押しでさらに叫ぶ。
怒号、走る足音。遺跡から騒然とした気配が伝わってくる。
「……こんなもんでいいだろう。
裏口からは出ようとしても、これなら煙に巻かれて通れないはずだ。」
「後は正面から飛び出してくるのを待つだけ、というわけだね。」
さらに数十秒後。
たまたま出口付近にいたのか、1人の盗賊が泡を食って飛び出してきた。
「ほいっと。」
「うわあぁぁぁ!?」
門の陰から、軽い調子でフレイスが炎の腕を伸ばし、盗賊を捕獲。
即座に俺が気絶させ、縄で縛り上げる。
同じようにして、立て続けに3人を捕獲した。
「尋問要員はこんなもんでいいだろう。」
「そうだね、残りは手加減抜きの方向でいこうか。」
話している間に、さらに大勢の足音が響いてきた。
おそらく一室にまとまって寝ていたのだろう。
フレイスに目配せすると、心得たとばかりに燃える左腕を振り上げ、タイミングを計る。
「クソッ! 誰だよ、今日の不寝番は!」
「おい、まさか軍が来てるとかねえよな……?」
「だったらすぐに踏み込んでくるはずだろ! いいからとっとと逃げるぞ!」
遺跡の門から団子になって飛び出してくるのを見計らって、フレイスが腕を地面に振り下ろした。
「"熱風半球"!!」
腕の炎が地面を伝い、盗賊どもを取り囲むように円を描く。
「ぐおぉぉぉおぉっ!?」
「なんだこりゃあぁぁ!?」
「熱っちい! 息が……!!」
あらかじめ、石を積んで作っておいた4つの小さな塚を起点に、高温の熱風が渦巻きドームを作りだした。
もがき苦しむ盗賊たちを冷たい目で見ながら、フレイスは右足を上げると――
「"凍結震脚"!!」
瞬時に熱風のドームが消え、同時に地面に冷気が走った。
熱による陽炎は消え、その場に残ったのは折り重なった人間型の氷のオブジェだった。
しかし、運よく氷漬けを免れた盗賊もいたようで、
「バケモンめっ! 死ねえぇぇぇぇ!!」
剣を振りかざしフレイスに斬りかかる。
フレイスは一歩も動かず、氷のガントレットの指で振り下ろされた剣を挟んで止めた。
さらに力を込めると、剣はポッキリ折れてしまった。
金属は極低温になると脆く、折れたり割れたりしやすくなる。その性質を利用したのだろう。
「なっ、嘘だろ……! ……げぶっ!!!」
剣を折ると同時にみぞおちに蹴りを叩き込み、沈黙させた。
さらに、折れた剣の先を左手に持ち替え、一瞬で赤熱化。真っ赤になった鉄塊を氷の中から這い出ようとした生存者に投げつけた。
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!!」
へばりつく鉄に顔面を焼かれ、這い出ようとしていた盗賊が力尽きた。
●●●
「あぁん? なんだよこの有様はよぉ!?」
雑魚盗賊をすべて片づけた頃、遺跡から2人の人影が現れた。
「大将か。遅いお出ましだったね。」
「なんだテメエら……?
オレの手下どもをやったのはテメエらか!?」
「どうやらそのようですな……」
頭目とおぼしき野卑な男。その後ろには副頭目とおぼしき陰気な男。
既にどういう状況かは見当がついてるようだ。激昂しているようでどこか落ち着いている。
「まさか、たったの2人でオレたちに喧嘩を売りに来るとはな……炎の化物にお面男とはふざけやがって。
いい度胸じゃねえか!! 名乗りやがれ!」
頭目の声に応じフレイスが半歩、足を進め、炎をたぎらせ構えを取る。
「二等冒険者、"氷炎魔人"フレイス・ジャグアーロ。アンタらを始末しに来た。」
俺もフレイスにならい、名乗り上げる。
「三等冒険者、山上 達蔵、参る。」
名乗ると同時に背負った刀を抜き、逆手に構えた。
「二等、三等ごときがこのザガル様にたてつこうとは……舐められたもんだぜ!!」
ザガルと名乗った頭目は背負った曲刀を抜き放つと、猛烈な踏み込みで袈裟に斬りかかってきた。
フレイスはそれを氷のガントレットで受け流す。
「達蔵! 手筈通り、こいつはワタシがやる!!」
「ああ、俺はあっちの陰気な野郎だったな!」
見れば、副頭目とおぼしき男は先ほどから一歩も動いていない。
不気味だが、手をこまねいているわけにもいかない。
俺は木々を足場に立体的に跳びながら、距離を詰めて忍者刀で斬りかかった。
「……っ!?」
攻撃した瞬間、なんと副頭目は『2人に分裂』したのだ。
分裂した男は挟み撃ちにするように短剣を振るい、俺はバックステップでそれを躱した。
カウンターなり、魔導による飛道具なりは警戒していたが、これは予想外だ。
「ほう……この私の術を見ても驚いてないとは……」
「分身の術……! まさかこんな所で余所の忍者と出会うとはな……!」
下弦の半月とフレイスの炎が、5つに増えた人影を照らしていた。




