十段目 何処から来てそして何処へ
バソールトと別れた後。俺たちは探索都市近郊の森に戻り、猛熊の焼き肉に舌鼓を打った。
心臓はギルドに引き渡してきたものの、熊1頭のさまざまな部位を食べ比べるなど、日本にいた時でもなかなかない機会だ。
調味料が塩のみということもあって多少の臭みは感じたが、それもすぐに慣れた。
明けて翌日。
「流石に今日は休みにしたいね。」
「賛成だ。昨日はだいぶ無茶したからな。」
というわけで、買い出しも兼ねて再度探索都市に入る。
顔見知りになった衛兵に軽く手を上げて挨拶をする。
この前雑談した時に聞いたが、他の冒険者は朝に街を出て夕に戻って来るのに対し、俺たちは朝に街に入って夕に出てくるので覚えやすいそうだ。
ちなみにフレイスがソロでやっていた時は、そもそもめったに街に来ないので遭遇自体が稀だったそうだ。
「とりあえず刀を買いたい。昨日みたいな手を使うのは金輪際御免被りたいからな。
どこに売ってるかわかるか?」
「ワタシも街のことには詳しくはないけど…… 今使ってるナイフを買った所でいいかな?」
「ああ。いい刀があるかどうかはわからないが、とりあえずそこに行ってみるか。」
裏路地に入ろうと、角を折れたとたんに人が走ってきてぶつかってしまった。
「おっと。」
ぶつかる瞬間、そいつは俺の懐に手を伸ばしてきた。
スリ、しかも結構手練れている。
触られている感触がほとんどないし、動きが単純に素早い。
が、そう簡単にスられるようでは車隠流忍者の名折れだ。
かといって、とっ捕まえて警らの兵隊につき出すのは後が面倒臭そうなのでパスだ。
なので、財布のかわりにそっと木の葉を握らせておく。
スリの早業が仇となり、手にとったものの感触の違いに気付く暇もなく、スリはそのまま走って逃げていった。
10秒後、裏通りから「なんじゃこりゃあ!?」と、叫びがこだまする。
「何、今の声?」
フレイスが俺の顔を見て、何かしたのを察したようだ。
「いや、ちょっとしたイタズラをな。」
そんなことがありながら、フレイスに連れられて武器を扱う店へ向かった。
●●●
「……思ったより、良い日本刀が揃ってるな。」
短剣、片手剣や短槍、戦斧、バソールトが持っていたような大剣もあるが、ざっと見て店の3分の1ほどには大小の日本刀が並んでいる。
日本の影響が大きいとはいえ、道を行く冒険者は大抵ヨーロッパのものに近い直剣を佩いていた。
なので、こっちの武器屋のスタンダードもそういうものだと思っていたのだが。
「しかも形だけの日本刀もどきじゃない。材質こそ玉鋼じゃあないが、造りは紛れもない本物だ。」
手近な一振りを抜いてみれば、つややかな鋼の輝き。
フレイスのナイフを見た時点でいい刃物を扱っているだろうと思っていたが、これは予想以上だ。
「もしかして、これらの刀は店主の作か?
一体どうやってこの技法を?」
初老の店主は顔が日に焼け、手にはハンマーだこがある。
仕入れた武器を売るだけの商人ではない、間違いなく鍛冶の心得のある人間だ。
「あんた、日本人かい?まだ若いのによく分かったな。
俺の師匠のそのまた師匠も日本人だったらしいぜ。」
「なるほど、それで……」
この店主の師匠の師匠……おそらく年齢的に幕末の人間だろう。
鍛冶には、原料の玉鋼を作る大鍛冶、刀を打つ小鍛冶がいるという。
この世界には大鍛冶がいないため、玉鋼が手に入らず、それでこのような日本刀が生まれたのか。
「何もかもが勝手の違うこの国で、苦労したでしょうな。」
「いや、師匠が言うには、大師匠は『この国に来てよかった』と口癖のように言ってたそうだ。」
「そりゃまた何故? 材料一つとっても苦心の跡が見えるが……」
「また聞きだから、俺も詳しくはないけど……大師匠は『ハイトーレー』とかいうので一度は槌を捨てたんだとよ。
だが、この国では腕のいい鍛冶なんていくらいても足りねえくらい。大師匠も人に乞われてまた槌を握るようになったそうだ。
自分の腕前を人に認められるのが、嬉しかったんじゃないかねぇ?」
……廃刀令か。
たしかに、刀鍛冶にとってはあの時代はひどく辛いものだったと聞く。『お前の技術はもう不要だ』と言われたも同然なのだから。
そんな中で求められた業の後継。道理で良い刀なわけだ。
「大した金は出せないが……予算は35万円程度、重ねは厚く、反りは少なく、一尺六寸|(約48cm)程のものを頼めるか?」
「脇差なら3リョー5シュは十分大した金だよ! ウチはそこまで高級な店じゃないんだ……ちょっと待ってな。」
そう言いながら店主は目録をめくる。
俺は当然だが、フレイスも武器の値段の相場は良く分からない。店主の良心を信じて任せるほかないのだ。
「……こいつはどうだ?」
店主が選び、持ち出してきたのは、黒糸の柄巻、黒塗りの鞘に納められた刀だ。
俺は刀をそっと抜き放ち、銃の狙いをつけるように刃を確かめた。
「寸法は丁度、刃に歪みは無し……値段は?」
「2リョー5シュ。ウチの店ではそれなりのシロモンだな。」
「安いな……」
業物、というわけではないが、決して悪い刀ではない。
それが25万円とは、それだけの値段で鍛冶屋が生活できるほどに、この世界に刀の需要があるという証拠だ。
本来なら廃刀令で途絶えていたはずの技術が、それほどまでに求められている。
日本では絶滅寸前の仕事が、この世界ではまぎれもなく『生きている』のだ。
●●●
刀を買った後、俺はフレイスに手を引かれ連れ回されていた。
どこへ行くつもりかはわからないが、フレイスに
「武器屋に案内してやったんだから、ワタシの買い物にも付き合ってくれるだろう?」
などと言われれば断るわけにもいくまい。
そうしてやってきたのは、こじんまりとした店。
看板の字は読めないので、外観からでは何の店か分からない。
フレイスのことだから、サバイバル用品か、あるいは魔導を強化する魔導具かなにかの店だろうか?
「なに突っ立ってるのさ? 入るよ。」
フレイスに押され店に入ると、そこは――
「……菓子屋?」
甘い匂い、カウンターに並べられた様々な形の落雁、紙袋入りの飴や煎餅。
和菓子屋だ。
「せっかくの金だし、たまには贅沢しないとね。」
「……意外だな。てっきり豪快系の料理が好きなのかと思ってたが。」
「そりゃあ、普段は手の込んだ料理を作る暇なんてないし。
ワタシみたいなのが菓子が好きだなんて、おかしいかい?」
「いや、まったく。俺も嫌いじゃない方だ。」
おそらくこの世界に落ちてきた和菓子職人が製法を伝えたのだろう。下手な日本の和菓子屋よりもラインナップは豊富なくらいだ。
フレイスはこの店に既に来たことがあるようで、慣れた様子で店員に注文を伝えている。
「勲章最中、クルミ餡のやつをちょうだい。」
「あいよ! そっちの兄さんはどうする?」
「俺か?」
さて、急に来たものだから何も考えていないが……しかし折角なので何か食べたい。
「じゃあ俺も同じものを……あ、餡の種類は何がある?」
「大抵のものはあるよ。つぶ餡、こし餡、白餡、うぐいすに、ゴマ餡、さくら、くるみ餡。」
「ならゴマ餡で頼む。」
「あいよ!銅貨で80モンだよ!」
大体800円か。最中一つにしては非常に高い。
まあ、農業の機械化が進んでいない世界なので、嗜好品が高いのは当たり前なのだろう。
店内には椅子がなく、買ったら外で食べる形式の店のようだ。
最中を受け取り、店を出た。
手に取って見ると、曲がりくねった角が生えた鬼神の模様が描かれている。
「なんだろうな?この模様。」
「この地方で信仰されてる武神さ。これは勲章のメダルに刻印する柄で、それを模してるから勲章最中って言うんだ。
この店は他の形の最中も売ってるけど、験がいいからワタシはいつもこれを買うんだ。」
「へー……」
ひと口、最中にかぶりつく。
「美味いだろう?」
「ああ、美味いな。」
材料に多少の違いがあるのか、日本で食べた最中とは少し風味が違う気がするが、美味い。
日本にいたころのように気軽に食べられる値段ではないが、偶にはこういう金の使い方もいいかもしれない。
「うーん、やっぱりゴマも美味そうだね……半分まで食べたら、取り替えっこしないか?」
「ああ、かまわないが……」
お互い、半分食べた後交換した。
「うん、やっぱりゴマも美味いね。」
フレイスは平然と俺から受け取った最中をたいらげた。
……少し照れくさかったが、フレイスから渡されたクルミ入りの最中も美味かった。
●●●
その後雑貨店や屋台に寄り道し、ふと気づくと日が傾き始めていた。
用は済んだ俺たちは並んで|森へ向かっ(帰路につい)た。
「なあ、達蔵。」
「なんだ?」
フレイスに呼ばれ、顔を向ける。
いつもより少し真剣な表情で、フレイスが口を開いた。
「日本に帰りたいかい?」
「そりゃ帰れるものなら……」
帰りたいのは当然だが、どうもその答えがしっくりこない。
確かに、日本に戻れば危険を冒さなくても金が手に入る。安価に菓子を食えるし、ふかふかの布団で眠れる。
だが、こうしてフレイスと共に冒険者をやっていて、何か得難いものを得ている気がする。
スリルとか、あえて不便な生活を送る楽しさだとかではなく、もっと大切な――
「そうだな、帰りたい。けど、もし可能なら……
一度日本に帰って、その後またこの世界に戻ってきたいな。」
「なぜ? アンタの話を聞いてる分だと、日本ってのは天国みたいな良い所みたいだけど。」
「なんだろうな、今は漠然とした感じで、言葉にするのは難しいけど……
もう少し、フレイスと一緒に冒険者をやってたらわかる気がする。その時にあらためて言うよ。」
「……そうか。なら、その時を待たせてもらおう。」
そう言ってフレイスはまた前を向き、歩き続ける。
常時野心にギラついている眼が、一瞬、優しい光を湛えていた気がした。




