敵防空網制圧作戦1
ミャウシア暫定政府軍ニェボロスカ空軍基地
チェイナリン達が所属している航空基地であり、ミャウシア空軍で唯一ジェット機運用能力と整備拠点能力、訓練施設を持っていた。
現在は防空司令部としての機能の構築と近代的な航空軍創設を目指しており、つい先日には基地の隣の敷地に超短波全方向式無線標識施設、通称VORが作られ稼働し始めている。
そのため指揮所やその他の多目的施設がいくつも建てられ、建物が非常に多い基地になっている。
いずれはこの基地で得たノウハウをもとに航空軍団や航空軍がいくつも編成され、既存の部隊や組織を置換していくことになる。
そしてチェイナリンはこの基地に所属する部隊の最高司令官でもあった。
なので訓練したり訓練教官になったり基地内の各組織の監督したり空軍編成計画の管理するなど、意外に多忙だったりする。
つまりスタートアップのための組織づくりが彼女の仕事だった。
陸軍航空隊や前線部隊、参謀本部、行政組織などには手が回らないし、そういうのは他の仲間や将官達の役割になっている。
ただし、とある経緯でそういった最上位の意思決定機関に対し口出しや助言や調整を行う権限を有しているので、ある意味では暫定政府軍内ではトップクラスの有力者でもあるのだ。
そのため前線からの報告は逐一入ってくるし、中には自分たちに深くかかわる事案があるとチェイナリン自身が判断して部隊を動かす決定を下すこともできた。
現にその時がやってきてしまうのだった。
「列車砲?」
「そのようです」
チェイナリンはウーから報告を受けていた。
「砲弾片からTB-5という型式の列車砲と推定されるとのことです。ウーラ級重巡洋艦の主砲を流用していて口径が275mm、射程は通常榴弾で40kmにもなるそうです。まるで戦艦砲ですね」
チェイナリン達もそうだがウーも元々海軍兵だったので陸軍の装備に関してはあまり知識がない様子だった。
「ポケット戦艦の主砲ね。砲撃地点は?」
「恐らくここではないかとのことです」
ウーは地図を出してチェイナリンに見せる。
「この路線から山地を挟んで昼夜問わず砲撃してきている模様です」
「昼夜?列車砲は昼には使えないと聞いているけど」
「はい。それが今回の重大な問題なんです。偵察機や攻撃機が軒並み迎撃され全機未帰還となっているんです」
「全機?」
「はい。なので詳細が未だわからないそうです。攻撃開始からすでに丸二日経っています。おかげで盆地の3個歩兵師団が予備兵力を減らして苦戦中です。全滅の危険もあり、万が一この方面を押し返されるとこことここの戦線の補給線の結節点が一挙に抑えられる事態に陥ります。これでは少しでも負けが込めば敗戦必至の我が軍にとって大打撃になると陸軍から報告が上がったしだいです」
「...」
「...やはり、敵も地球人の兵器を...」
「...その前提で今後の協議をする」
「...わかりました」
チェイナリンは窓から地平線近くの遠くに見える基地周辺の守備隊に目をやった。
そこには従来から保有していた機関銃や22mm対空機関砲の陣地の他に、誰もが一目で地対空ミサイルとわかる代物が弾頭を空に向けて鎮座していた。
イギリス軍が開発した短距離地対空ミサイルシステム レイピアだった。
基地の周辺にはこれが数基配置され、低空防空網を形成していた。
もちろんこれも供与されたものである。
訓練を受けた猫耳の兵士たちだけで本格的に運用できる状態で、兵士たちは常に空を監視している。
チェイナリンは既に自分たちの手に負えない事態に陥っていることに気づいていた。
どんな機体でも100%迎撃することは従来のミャウシア軍の能力では絶対不可能ということは空戦のプロであるチェイナリンが一番よくわかっていたからだ。
それにチェイナリンの空戦の基本の一つとして逃げる者は追わないという考え方があった。
レシプロ機は航続距離が短くて本気で逃げる相手を追えば帰還不能になる危険があるうえ、反撃を受ける可能性が高いし、自位置を見失う事例もあるほどだ。
それにミャウシア陸軍が保有していた原始的なVHF帯の早期警戒レーダーで敵を正確に把握するのは困難だったし、尚且つ迎撃機を無線誘導するという警戒管制能力も黎明段階だった。
なら可能性として敵は地球人の技官を迎え、地球製兵器を駆使して迎撃している。
それもジェット戦闘機さえも用いて。
自分たちがやろうとしていることを先取りしたのだろう。
そう考えるのが自然だった。
チェイナリンは電話機に手を伸ばすと受話器を取った。
ちなみにミャウシア人は猫耳の種族なので受話器はヒトのそれとは異なっていた。
アルファベットのJのような形をした不思議な受話器でチェイナリンは猫耳を横向きに倒して突起型のスピーカーを猫耳に当てる。
「もしもし」
チェイナリンは外線で上級司令部と連絡を取り始める。
ミャウシア南東部の山地上空
アメリカ空軍のF-16CJ戦闘機が2機、高高度を飛行していた。
機体のエアインテークのハードポイントにはAN/ASQ-213 HTS、主翼のハードポイントにAN/ALQ-184 ECMポッドが搭載されている。
つまり電子戦機であり、アメリカ空軍のワイルドウィーゼル部隊だった。
「こちらスピア2。レーダー波を探知。記録を開始する」
「こちら管制、了解した。敵の攻撃を警戒せよ」
F-16CJの編隊はレーダー波を逆探知して電子情報の収集を開始した。
更にほぼ同時刻に別の二つの周辺空域で同様の編成のワイルドウィーゼル部隊が同じように電子情報の収集を開始していた。
これは三点測位という手法を用いて電波の発信源を特定する方法だ。
電波の強弱と発進方向のデータ数値を元に連立方程式で相手の座標を割り出せばいいのである。
またどの帯域の電波とどんな送信信号を使っているかで相手のレーダー機種を把握することもできる。
これによって複数種のレーダーサイトの電波を探知・解析することに成功した。
更にその情報を裏付けるためにRQ-170 センチネルと呼ばれるアメリカ軍のステルス偵察機さえもが強行偵察に投入され、敵の正確な配置を明らかにした。
だが、その結果はアメリカ軍を多少なりとも動揺させるものだった。