長距離砲撃
ミャウシア南東部のとある都市近郊上空高度3000メートル
澄んだ青空の中にかすかに見えるとても大きな月と下に積雲や積乱雲が立ち込めその大きな合間には畑や牧草地を覗くことができるとても雲の多い天気だった。
長閑そうに見える風景だが唐突に飛行編隊が音を立てて通過する。
それは暗い色彩の迷彩を纏ったレシプロ戦闘機の一群だった。
排気筒が一列に並んだ水冷式レシプロ戦闘機であることが見て取れる。
「くそ、まるで迷路みたいな雲ね」
とある戦闘機のパイロットは焦るように発言する。
彼らはあるもの探しているようだった。
「隊長、こうも雲が多いと少し迂回されただけで目標がどこにいるのさっぱりです」
薄いブロンド髪の隊長とみられるパイロットはしきりに周囲を見渡していた。
相変わらずの雲の多さに索敵は思うように進まないせいなのか元からそういう性格なのかイラついているように見える。
しかし雲の中にほんの僅かな黒点が通過するのを隊長は見逃さなかった。
「10時方向に敵機発見!全機変針して上昇しろ」
飛行隊の戦闘機達は続々と旋回し、コックピット内ではパイロットたちがスパーチャージャー(過給器)を1速から2速に切り替える。
そして飛行隊はある程度の速度と上昇速度を維持して目標を向かっていく。
雲切れ間からチラチラと目標の飛行編隊が徐々に見えてくる。
だがそれと時を置かずに目標編隊の大型機の上部にいた小さな機影達がぐんぐん高度を上げ始め近づいてくる。
「やっこさんが気付いた。護衛の戦闘機が来るぞ」
敵の戦闘機は少し曲がりくねったような胴体をした空冷式レシプロ戦闘機で単色塗装だった。
「全機散開!」
両陣営の戦闘機がごちゃまぜに飛び交い始めた。
こうして戦闘機同士のドッグファイトが始る。
レシプロ機特有の轟音が鳴り響き雲を引く機体が出てくる。
そして煙を吹く機体や引火爆発して四散する機体が続々と出てくる。
20mm機関砲と13mm機関銃から発射された弾丸は曳光弾が混じっているので肉眼視でき、機体に命中して主翼が思いっきりもげる。
戦闘機はその数を徐々に減っていく。
「5番機後ろに付かれるぞ!」
「カラクム隊、下の連中は左に回る気だ。抑えろ」
「よし、ケツに付いたぞ!」
大勢は高度有利を少しつけていた攻撃側が優勢で上からのしかかるように護衛機に攻撃を加え後ろを取っていた。
特に隊長機は急降下攻撃で一機を落とした後数機を相手に格闘戦を挑む。
もちろん格闘で落とすのが目的ではなく敵を掻き回し味方に撃墜させる共闘戦術のためだった。
隊長機のハイテクニックな回避運動に翻弄された敵編隊は上や後ろから襲いかかった別の戦闘機に撃墜されていく。
エースパイロットである隊長は敵の注意を自分に集め、味方の損害を減らしたかったのだ。
短時間で数を大きく減らした敵部隊は半ば壊走状態になり護衛対象を防衛できなくなってきた。
そして攻撃側の戦闘機が護衛対象の爆撃機に襲い掛かり始めた。
四発爆撃機の銃座が一同に旋回し敵機を捉え、爆撃機内の搭乗員達に怒号が飛び交う。
「取り乱すな!弾幕を張って反乱軍を寄せ付けるんじゃない!」
爆撃機の機長が怒鳴って直ぐ爆撃編隊からの機銃掃射が始まった。
取り付いた攻撃側の戦闘機の一部がバレルロールしながら爆撃機の翼に機銃掃射する。
エンジンが火を吹いて姿勢を崩すと爆撃機は高度を落としていく。
別の機体は後方の銃塔を集中攻撃され機銃手が死んでしまったのか沈黙したところを後ろから近づかれエンジンを正確に撃たれ、煙が吹き出し速度と高度を落としていく。
他にも一度爆撃機の機銃掃射をやり過ごすためかすめるように通り過ぎる戦闘機もいる。
しかし機銃掃射でエンジンを被弾し火を吹いて落ちていく戦闘機も出て、爆撃機もまたその数を減らしていく。
「隊長、兵工廠まであと距離8です!」
雲の切れ間から工場地帯が迫っているのが見える。
爆撃編隊は爆撃コースに入り始めていた。
何としても阻止しなければならないが敵機を落としきれずにいる中、爆撃機の爆弾槽が開き始めた。
隊長機は匠にロールして爆撃機に接近し、腹に攻撃を加えると大爆発が起こり機体が四散する。
他の戦闘機も果敢に攻撃するが倒しきれず焦って迂闊に近づいて反撃を受け撃墜される戦闘機が出る。
まだ残っている護衛機の妨害も熾烈を極め、迎撃は失敗に終わるかに思われた。
そこへ援軍が現れる。
兵工廠の野戦飛行場に配備された飛行中隊だ。
旧式で極度に寸詰まりな形態の空冷式レシプロ戦闘機ではあったものの十機ほどの加勢は戦局を変えるのに十分だった。
迎撃に上がった守備隊の旧式機は速度が少し遅いものの20mm機関砲を2門詰んでいて火力は申し分なかった。
しかも正面からの攻撃なので守備隊の機銃掃射は爆撃機のもっとも防御の薄い機体正面に叩き込まれる。
手負いが多かったため新手の迎撃機の20mm榴弾に悲鳴をあげるように次々と爆撃機達が高度を落として落ちていく。
迎撃部隊の戦闘機は残り少ない護衛機の殲滅にかかる。
「もらった」
後ろを取った戦闘機が最後の一機を撃墜する。
その頃、隊長機は味方を援護するため爆撃機の弾幕をくぐり抜け敵の注意をひきつけつつ残弾で最後の一撃を加えていた。
尾翼が吹き飛び爆撃機はバランスを崩して錐揉みを始める。
そして爆撃が始まるすんでのところで爆撃機は全機撃墜された。
「帰投する」
隊長の一声に飛行隊の戦闘機達が方向を変え、兵工廠守備隊と別れるように飛んでいく。
パイロットたちの間に少しだけ歓声が上がる。
こうして長く続く戦いが一つが終わった。
ミャウシア暫定政府軍、ミューン飛行場
第二次世界大戦で見られる滑走路が短い雑な舗装の飛行場だった。
先程爆撃機部隊を迎撃した戦闘機部隊が基地としている飛行場に戻って来た。
戦闘機は徐々に高度を落とすと着陸フラップを展開し始めた。
少ししてランディングギアを下ろし、ランディングして着陸する。
ギュルン、ガタッ、ガガガガ
続々と戦闘機がランディングする。
駐機場までたどり着くと整備員などが近づいてきて整備や移動を始める。
パイロット達はキャノピーを開けると続々下りていく。
パイロット達は芝生の上を歩きながら施設やテントへ歩いて戻っていこうとするが、ブロンド髪の隊長は上官とみられる高級将校二人に呼び止められた。
「ご苦労さん」
高級将校のリーダー格とみられる女性が隊長の女性に声を変えるがその場の雰囲気はあまりよくなかった。
「なんか用ですか?アルステニャ将軍」
「そりゃあね」
飛行隊の隊長は不機嫌に尻尾を速く振るが高級将校の方は楽しそうなに尻尾をゆっくりと振っていた。
高級将校はかつてチェイナリンに手を貸した陸軍の戦闘機パイロットであるニーナとラーニャの二人だった。
チェイナリンは手を貸してくれた礼としてその場でついた口約束を律儀に実行し、政府軍と空軍の発足後、アルステニャ・スロ・ニーナに将官、ノボロディア・ラーニャに佐官のポストを用意し、二人はそのポストに就いていた。
「もったいぶらずに言えばいい。あんた達はもうあたしの部下じゃないんでしょ?」
隊長は不機嫌そうに言う。
実は彼女はミャコロフノ・リディア陸軍中佐で二人の元直属の上司だった。
チェイナリンに取り入って何階級もの昇進を果たした二人をリディアは全く面白く思っていなかったのだ。
彼女たちもチェイナリンと同じで形上は佐官だが、指揮系統上は将校であった。
「じゃあまず一つ目。本日より当航空団の解体再編に伴い、貴官の飛行隊も解体することになった」
「...」
「ミャコロフノ中佐、辞令よ。貴官の大佐昇進が決まった。充足割れが深刻な航空団の中で最も優秀な貴官の飛行隊をもとに新兵と航空機を補充して再建する。せいぜい頑張んなさいよ」
「...他は?」
「所属を陸軍航空隊から空軍に所属替えする。今日からあんた達は空軍よ。この基地に配備されている海軍機を所管する部隊も空軍に転属することになる」
「...もっと手順を踏んでからできないの?新兵の訓練も海軍航空隊の連中との統合も今日明後日でできることじゃないわ。ただでさえあの山脈の向こう側から反政府軍が戦略爆撃を虎視眈々と狙っている中で部隊を再編してる余裕なんてない。今日だって少数の爆撃編隊の奇襲だったから何とかなったけど、大部隊でコンバットボックスを組んで飛んで来たら本当に手に負えないところなのに」
「そんなことは百も承知してる。海軍の連中と話し合って何とかしなさい」
「簡単に言ってくれるわね。あんただってパイロットなんだからこれがどれだけ大変かわかるはずよ」
「簡単なことなんて言っていない。けど、できなかったらもっとじり貧になるだけさね。やるかやられるか、それだけよ」
「...」
その場にいた三人の表情は真剣だった。
「文句ならいくらでも聞く。できる限りの要望は通す、お願い」
「...わかった。なんとか反政府軍はインターセプトしてみせるわ」
「助かる」
少し場の雰囲気が緩む。
「...あんた。フニャンとかいう英雄気取りのネニャンニャとまだつるんでいるの?」
「それが?」
「ポスト頂いたんだからてっきり腑抜けるもんだと思ってたけど、ずいぶん仕事熱心みたいだから。らしくないと思って」
「あたしはあたしなりに筋通してるだけよ」
「へぇー。...まあ上が無能じゃないだけましと思っておくかしら。でもあたしはあのネニャンニャもあんた達も上だなんてまだ認めないから。それじゃ、お邪魔するわ」
リディアはその場を後にし、二人は眺めるように見送る。
そして黙っていたラーニャが口を開く。
「めんどくさい奴」
「前からそうじゃない。それにわかりやすい性格だから案外扱いやすいと思うんだけどな」
というのもこの時リディアは二人やチェイナリンに対して対抗心を燃やし、やってやるぜと言わんばかりの挑戦的な表情で歩いていたのだ。
その様子を見たリディアの部下たちは少し引くように困惑していた。
二人からはリディアの表情は見えないが二人が部下だったころの様子と今の部下たちの様子を見ればラーニャもリディアのコミカルな様子を簡単に想像できてしまうのだった。
「そう言えばそうだった」
ラーニャは呆れたとも興味ないともとれる何とも言えない表情で呟く。
「でもこういう愚痴を聞くのも上の仕事なんでしょ?」
「あたしは実務だから知らないし知りたくもない」
「あんたはいいよね。再編計画とか作戦計画の立案がメインなんだから」
「そうじゃなかったら引き受けたりしなかった。でも、あの赤髪には最後まで付き合うよ。あんたもでしょ?」
「まあね。ああいうど真面目は面白くないけど嫌いじゃない。最後まで付き合ってやってもいいかなってさ。そう思わせるんだよ、あいつは。だからあたしはあいつのために、まずはミャコロフノのように反抗精神旺盛な将兵が跋扈跳梁して空中分解しそうな軍をできる限り早く再建してやるのさ。取返しがつかなくなる前にな」
「...反政府軍の出方次第といったところだね」
「全くよ。偵察機を出すたびに備蓄と兵の動員数は着実に増してきている。どこかの段階で一気に仕掛けてくるのは間違いない。それまでにいかにこっちの動員体制を整えられるか、あるいは...」
そんな二人の頭上を爆撃任務のために出撃した単発レシプロ戦闘機の戦闘爆撃機編隊がプロペラ音を轟かせて飛び去って行った。
ミャウシア南東部一帯のとある前線
「ニャゴーニ!(撃て)」
隊列を組む77mm対戦車兼用野砲が一斉に爆音を轟かせて発砲する。
小口径砲なので装填が速く、撃つ間隔がとても短い。
最前線の兵士たちは特に砲火の洗礼を浴びながら前進しなければならなかった。
意外と思うかもしれないが戦場における死傷者の外傷では爆傷の割合が意外と高い。
特に大戦以降の戦争では大半が爆傷である。
先進諸国軍でボディーアーマーの配備が進んだのもそれが理由の一つでもあった。
ある政府軍の男性兵士はニャナガンという名のボルトアクションライフルを持ち、集落周辺の塀や草むら、段差などの障害物を駆使して破裂した砲弾の破片をかわしながら駆け抜けていた。
ちなみにミャウシア人の男性は女性もそうだが年の割に非常に若々しく見える特徴持っている。
所謂ショタというやつだ。
チェイナリンの部下であるウーもその傾向が非常に強かった。
男性兵士は集落の外れを抜けて小川に出た。
そこには戦闘工兵が設置したとみられる簡素な架橋がかけられていた。
架橋は小舟数隻の上に載せられるタイプのもので重装甲車が通れるほどしっかりした物ではない。
そこへ敵の砲兵隊が照準を合わせたのか、77mm榴弾の着弾が激しくなってくる。
幸い砲弾は架橋にまだ当たっていないし着弾の爆風や破片も河川水が吸収していた。
そのかわり水柱がバコン!と音を立てて吹き上がるもんだから水しぶきが激しくずぶ濡れは必至だった。
男性兵士は迷わずに架橋を走ってわたりきる。
もちろん続々と他の兵士たちも架橋を渡って前進を続ける。
また別の戦線では政府軍のNY-1戦闘機が後方の橋や軍のものと見られる車両に対して20mm機関砲や37mm機関砲で襲撃的に対地攻撃を加えたりしていた。
政府軍と反政府軍の戦いはミャウシア南東部一帯に1000km近い前線を形成して攻防が続いていた。
両軍が前線に張り付けた師団数は合計で300個師団を超えている。
前線では政府軍がやや優勢で推移しており、山がちなミャウシア南東部一帯を盆地や渓谷を中心に政府軍が進軍を続けていた。
しかし予備役や徴兵による動員体制が整いつつある反政府軍は反攻に転ずるのに必要な時間を稼ぐために要所々々に兵力を集め徹底抗戦。
一方、政府軍が根拠地とする南部はもともと産業基盤が破壊され軍需工場も乏しかった上に徴兵などの動員体制がまだとれていないので、前線の政府軍は物資、人的資源が枯渇を始めており、新兵もあまり補充されないまま現役兵戦力がみるみる損耗を増し続けていた。
そしてある前線ではとんでもない兵器が全く予想だにしない方法で守りを固めたうえで投入されるのだった。
盆地の出入り口にあたる幅の広い緩やかな峠
政府軍のパウツ中戦車の車列が前進を続けていた。
(昔書いた奴、いつかリメイクする)
他にもトラックや装甲車、脇に歩兵部隊が列をなして歩いている。
盆地に張られた前線まで移動しようとしているようだ。
人間そんな常に気張ってはいられないので前線手前の兵士達は意外に呑気だったりする。
だが数秒後、現場は地獄と化した。
巨大な爆煙が爆発音とともに吹き上がり戦車2両が爆煙に消えた。
同時に榴弾砲の砲弾が空気を切る音と同じ何とも表現しにくい風切り音がする。
兵士たちは大混乱になりながら物陰に隠れる。
1分後、更なる攻撃が至近弾として近くに着弾した。
「何事か?!」
「爆撃機か?!」
「違います!砲撃です!」
「野砲がこんな威力な訳ないだろ?!」
実際、爆発は250kg爆弾以上の爆発力があった。
車列の猫耳兵士たちは何が起きたのか未だに把握できないまま更なる爆発に襲われる。
移動を続けるわけにもいかず兵士たちはいったん散り散りに逃げ、攻撃が止んでから再集結を図るが車両はほとんど大破していた。
歩兵の損耗も1割近くに達し、再編成しないことにはとても戦えなかった。
これはミャウシア内戦の中盤戦における重要な戦いの幕開けとなる。