猫耳のジェット戦闘機パイロット
注意!
ここで話を中断してミャウシア戦役の話を再開させていただきます。
物語の時系列も前回の大統領暗殺よりかなり後の話になります。
いずれまた日本とかそっちの話は再開します。
本当に申し訳ありません。
見知らぬ星のとても大きな月の明かりによって周りの雲の姿をはっきりと認識できる、そんな夜空を2機のジェット機がナビゲーションライトを点灯させながら飛行していた。
ジェット機の飛行高度は雲の海より高く、それより上方には月と星だけの夜空しか広がっていない。
2機はアメリカ海軍が1950年代に開発したF-4ファントムIIという艦上戦闘機だった。
主要国ではほとんどが退役し、廃棄か保管に回されていて現役機の数は非常に少なくなっている。
そんな戦闘機のコックピット内でパイロットが無線で管制と交信する。
「チェック、異常なし」
『こちら管制、状況と現在地を報告せよ』
「こちらクワァイル1-2。計器飛行飛行訓練を完了させるところだ。まもなく当訓練を中止する。現在...」
F-4戦闘機は基本複座であり、パイロットの後ろにナビゲーターが搭乗している。
管制と交信しているナビゲーターは地図を出して、しきりに外を見ていた。
「現在地、○○○○○○○を西南西に向かって飛行中」
『こちら管制、了解した。訓練中止後は予定通り索敵訓練に移行せよ』
「こちらクワァイル1、了解」
戦闘機のパイロットは普通、男性の大人であることだほとんどだ。
しかし、このパイロットたちに関しては言えば、まるで子供の様な小柄な体格に猫の様な耳と尻尾を生やした容姿をしていて、声からして女性が半数以上のようだった。
そう彼女たちはミャウシア人であり、この戦闘機のパイロットはフニャン・ニャ・チェイナリン中佐(指揮系統上は中将扱い)だった。
「隊長。さ、先ほどの無線は聞いてましたか?」
チェイナリン機の元機銃手でナビゲーターに着任したウーはチェイナリンに確認を取る。
「うん」
「では索敵訓練に進みますね。クワァイル2、そっちはどうですか?」
『こっちも索敵訓練に入れるよ』
僚機のナビゲーターが返事する。
「了解しました。じゃあ隊長、レーダーの使用訓練を始めていいですね?」
「やって。アーニャン、予定通り私があなたの裏につく」
『了解、隊長のレーダーによーく映るよう、尻尾振っとくな』
「これよりレーダーの使用訓練を開始する。散開」
チェイナリンはパイロットヘルメットから眠そうな表情を覗かせながら淡々と返事と指示を出す。
一方、2番機のパイロットは、彼女の相棒を務めていたアーニャン・ミラベル大尉であり、いつもの訛った陽気な口調で答える。
2番機のオペレーターはミラベル機の航法・爆撃・通信手を務めていたミーシャだった。
2機のF-4戦闘機は二手に分かれ、互いに距離を取って一方がもう一方を追いかける形で訓練を始める。
状況を整理する。
今現在、ミャウシアは暫定政府軍と反政府軍に分かれて内戦を繰り広げていた。
彼女たちを取り巻く状況は目まぐるしく変化を続けていて、近代兵器の供与もその一つだった。
ロシアが反政府軍に対して大型兵器に至るまで様々な近代兵器の供与を急速に拡大させ始めたことで、暫定政府軍が甚だ不利になるのを防ぎたいNATO側も暫定政府軍に対して武器供与を開始していた。
そしてこの世界に一緒に転移していたアメリカ軍のデビスモンサン空軍基地に保管されていた旧式のジェット戦闘機を改修してアメリカ政府はミャウシア暫定政府軍に供与したのだ。
「ターゲットロック、目標を追尾中」
コックピットのコンソールモニターとヘッドアップディスプレイにマークがプロットされ、チェイナリンとウーは遥か前方十数km先のミラベル機の存在を認識する。
『こちらクワァイル2。クワァイル1、そちらのレーダー照射を警戒装置で探知』
『隊長、これ結構ピーピーうるさいんな』
「...皆、その音をちゃんと覚えて。この音は敵に狙われていることを示す重要な音だから」
『了解』
『了解』
「クワァイル1、高度を落としてください。これから低空捜索を行います」
『あいよ』
チェイナリン機のFCSは低高度を飛行するミラベル機を問題なく捕捉した。
「ロックオン」
本来、F-4戦闘機に搭載されるFCSは地表と航空機を識別する能力、ルックダウン能力がそれほど高くはないので、現在のチェイナリン機の位置取りではミラベル機を捕捉するのは不可能だ。
これはチェイナリン達が乗っているF-4戦闘機がF-4EをベースにFCSを比較的新式のものに交換する改修よって実現されていた。
実際、コックピットのコンソールはかなりデジタル化されている。
F-4EではAN/APQ-120レーダーが搭載されていたが、これらはとうの昔に保守部品が無くなっていた。
そこでF-16戦闘機向けに開発されたAN/APG-66レーダー、AN/APG-68の備品をかき集めてバージョンアップしたうえで、データーバスの交換、構造部品の補強、AIM-7ミサイル用誘導装置と併せて換装され、ミャウシア軍に供与されたのだ。
能力上はAIM-120ミサイルも運用可能なのだが、このミサイル自体は供与されなかった。
この改修の仕方は自衛隊のF-4EJ改のそれと酷似しており、F-4E改とも呼べる代物だ。
「ロックオン」
今度はミラベルがチェイナリン機を捕捉した。
そして操縦桿のボタンに手を掛ける。
「...発射!」
しかし、何も発射されなかった。
これはあくまで訓練なので訓練モードで、一連の行動を確認しただけだ。
「ターゲットキル。ふふ。隊長を撃墜させてもらったよ」
『...うん、よくやった。予定より燃料が少い、帰投しよう』
「了解」
2機は合流して編隊を組みなおすと変針して一直線に飛び去る。
数十分後、地平線に光源が見え始めた。
灯火で照らされたアスファルト舗装の滑走路を有する近代的な飛行場だった。
しかも滑走路の形状、周辺設備に至るまで、構造物の大きさと建築技術以外は見習ったかのように一通り備わっている。
レシプロ機しか運用してこなかったミャウシア人にとっては今までにな程、先進的な空軍基地だった。
『着陸を許可する』
管制からの誘導に従い2機は滑走路に進入した。
後輪が接地するとギュイッっと音を立ててほんの少し煙を噴き上げる。
そして前輪を地面に接地させると減速用のドラッグ・シュートと呼ばれるパラシュートのような空力ブレーキを展開させて減速する。
2機は停止後にゆっくりと自走して進入路へと向かい、エプロンと呼ばれる駐機場で停止した。
すると補給整備車両が続々とやってきた。
チェイナリン達はキャノピーを開け、整備員たちが掛けたタラップに足をかけて降りてくる。
ただ、気分がいいのかミラベルだけはタラップが掛けられる前に身軽そうに飛び出して自力で着地してし、その場で体と尻尾を伸ばし始めた。
ミャウシア人でなければ足を痛めるのが必至な高さだった。
チェイナリンは全員を集めて次の段取りに移る。
「夜明けまでにもう一回飛ぼうと思うけど、各員体調は?」
「あたしはいける」
「私も」
「僕もいけます」
「では補給が終わり次第、初歩的な模擬空戦訓練を行う。それまで休息」
チェイナリンはそう言った後、補給部隊に燃料補給と簡易点検の実施を指示した。
補給の間、チェイナリン達は休息をとるが、ここで整備員たちに交じって、残りのクワァイル隊の乗員だった1番機航法手のフュリアナと2番機機銃手のティーチャがチェイナリン達に声をかけてきた。
「隊長、水筒いりますか?」
「お願い」
フュリアナはミリタリチックな水筒を投げて渡し、チェイナリンはそれをキャッチすると水筒の水を飲み始める。
余ってしまった二人は地上勤務へと転換されていたようだ。
「姉ちゃんも水いる?」
「私はいい」
因みにミラベル機で機銃手だったティーチャは航法手だったミーシャの弟だったようだ。
「じゃあ、あたしにちょうだい」
「どうぞ、大尉」
「サンキュー」
ミラベルは投げられた水筒を受け取る。
一方、ウーは戦闘機を降りてから持ち前のおしゃべりをチェイナリンに叩きつけるように展開し始めていた。
「隊長、この戦闘機凄いですよ!どんなに目を凝らしても見えない敵機が”もにたー”っていうガラス板にしっかり映っちゃうんですよ!もうこれ無敵じゃないですか?!」
「.....うん。............うん。........そうだね」
チェイナリンはたから見るとウーの話を聞き流しているようにしか見えないほど淡々と頷くだけだった。
けれど、チェイナリンはほんの少しだけ笑顔でウーに頷いているにも見える。
おそらくウーのマシンガントークを全くネガティブに感じていないのだろう。
感情が無いわけではないが感情表現に乏しく全くもっておじゃべりしないチェイナリンらしい反応だったようだ。
「中佐、補給を完了しました!」
整備員が補給を完了を報告する。
「ご苦労。全員搭乗」
クワァイル隊の面々はチェイナリンの指示に頷いた後、続々とF-4E改に搭乗しキャノピーを閉めた。
そして機体を自走させ滑走路へと向かう。
その様子をレトロで作りが簡素な背の低い管制塔にいる軍服の管制官たちが見ていた。
「クワァイル隊、離陸を許可する」
『了解』
2機のF-4E改はアフターバーナーを吹かせながら加速して離陸し、一定の速度で上昇していく。
数十分後、また同じ空域に戻ってきていた。
夜明けが近いのか空がほんのり明るさを帯び始める。
「機動力を確認するための簡単な模擬空戦を行う。打合せ通り、相手の背後に取るよう努め、その間は不測の事態を避けるために高速域からの旋回は操縦桿を強く引き起こさないよう注意。散開」
『待ってました!そんじゃいくよ!』
ミラベルはそう言うと変針してチェイナリン機から離れていく。
ナビゲーションライトがあるのでレーダーを指向させたり使わなくてもミラベル機の位置は微かだがチェイナリンにも視認できた。
そのナビゲーションライトが減光を止め、あまり動かなくなるとどんどん明るさを増しているように見える。
感覚的には近づいているのがわかる。
けれど肉眼ではわかりずらいがチェイナリン機とミラベル機の相対速度は実際には音速を遥かに越えていた。
そして光源の移動速度が急激に早くなってくる。
このジェット機の速度や操縦性にあまり慣れていないため、誤って操縦桿を強く引いて気絶したり、補強したとはいえ老朽化している本機が空中分解するほどの負荷をかけるかもしれない。
そう考えて制限を設けたチェイナリンはいったんミラベル機の突貫をやり過ごす。
それをミラベルも順守する。
そして2機のF-4E改が百メートル以上の間隔をあけてすれ違った。
あまりの相対速度で両機は近づいたと思ったら僅か1、2秒で視界から消え、一瞬で後方へと飛び去る。
チェイナリンもミラベルも予想はしていたがすれ違う時間がここまで短いことには少し驚いてしまう。
「は、速い...っう!」
ウーは後方席のナビゲーターなのでパイロット以上に視認時間が短いため、彼の性格も合わさって必要以上に驚嘆していたが、それを止めさせるようにチェイナリンが機動戦を開始したことで意識や注意が再びチェイナリンの操縦に持っていかれた。
チェイナリンはすれ違った後、主翼のスラットを動かし横旋回をかけてミラベルを追い始めるが、音速に近いだけあって数度/秒の旋回でも体に4Gもの遠心力がかかり機体が少し揺れる。
その間にもチェイナリンはミラベル機の位置をチラチラ目視し続ける。
ミラベルはすれ違った後、アフターバーナーを吹かせ一定の速度を維持しながら上昇に転じたようだ。
チェイナリンはミラベルがエネルギーの優位性で裏取りするつもりだと認識した。
今回は別にミサイルが使われるわけでも機銃の射線から逃げ続けなければいけないわけでもない。
あくまで機動力の確認だ。
そこでチェイナリンはミラベルをとことんは追いかけずに距離を置いて追従した。
一方のミラベルは下方でこちらの動きを伺うような動きを見せるチェイナリン機を見て、なんとなく狙いを分析する。
「捻り込みか何かを狙ってそうけど、こんなに重い機体でできるん?ま、いいや」
ミラベルはそう言って操縦桿を引いた。
ミラベル機は更に機首を上げてさらに上昇していく。
チェイナリン機もそれに追従するがミラベル機が上昇からのループで転じて急降下を始めたあたりから機首を下げて同じように降下を始める。
ミラベル機の方が降下速度が速いため2機の距離は徐々に縮まっていくが、ここでミラベルが少し混乱する。
「うそ?速すぎる!」
ミラベルはスロットルレバーを引いてエンジン出力が絞っていたがそれでも加速が止まらなかったようだ。
彼女たちはグレースランドのNATO軍基地で実機を用いて一通りの飛行訓練を実施していたが、それでもまだまだ飛行時間が少なくレシプロ戦闘機時代の感覚がまだ抜けきっていないらしい。
慌てて機首を上げようとするがミラベルの機体は高速域に達しているため操縦桿を引くと非常に強い荷重がのしかかり、機体がガタガタ揺れる。
レシプロ機ほどに安易に機動できないことをミラベルは実感する。
「大尉、これ結構キツイです!」
「わかってらあ!」
ミラベルはミーシャに返答し、上昇しながらミラベル機の右下から左下へ流れていっって見失ったチェイナリン機をまだ下にいるかバンクして探す。
「しまった!」
ミラベルは後方下を追尾するチェイナリン機を目視した。
「え、もうそんなところに?!」
チェイナリンはミラベルの機動を見てへまをすると予測。
ミラベルの下を少し蛇行しながら飛んで視界切りを行い、残っていた速度とこの戦闘機持ち前の強力な推力を生かして上昇し、半ばオーバーシュートしたミラベル機の背後下に付いたのだ。
ミラベルは上昇しロールなどをしても低速域の運動性が劣悪なF-4戦闘機では形勢を挽回できないと判断し緩降下して加速する。
「にゃろう、絶対隊長の裏取ってやる!」
まだエネルギーに余裕があるミラベルは加速してチェイナリン機を引き離すとシャンデル機動を取り始めた。
一方のチェイナリンは少し上昇するとスプリットSでターンする。
ターンを終えた時、ミラベル機がチェイナリンの前方下を斜めに横切るように通過し再度上昇しようとする。
チェイナリンはミラベルが自身をローリングシザース機動へ引きずり込もうとしていることを理解するが
、この機体でこの状況、更にこの旋回戦に付き合わないと自分がオーバーシュートすることも同時に理解する。
他にも方法はあるが今度は通常のシザース系機動に持ち込まれるのが落ちだ。
こっちは速度がある機体だと体への負担が大きく更に不毛感のある機動だ。
ならミラベルの仕掛けた機動戦に付き合ってミスを誘う方が楽だ。
それにまた勝てばそれだけミラベルは学べる。
チェイナリンはそう考えた。
まだこの機体の飛行時間が少ないのにも関わらず、チェイナリンがここまで的確に状況判断していることは驚異的だ。
まさにパイロットとしての天性の才能を持っているのだろう。
そして彼女もまた成長し、活躍の機会が巡ってくる。
その後、ミラベルはチェイナリンに果敢に挑むもことごとくいなされてしまった。
そのうち燃料が少なくなり、帰投する時間がやって来た。
太陽も既に地平線から顔を出している。
「訓練を終了し、帰投する」
『....だーっ、もう!了解!』
『大尉、そんなにピリピリしなくても...』
『うるさいねん!』
ミラベル機の無線が騒々しい。
「隊長。また大尉がすねちゃいますよ」
「.....」
「いいんですか?」
「....」
チェイナリンはいつもの眠そうな表情をしているがそれはほんの少し困った、もしくは焦ったようにも見える。
「...で、でもアーニャンはとっても上手だったよ?私、ギリギリだったよ。だ、だから全然いいんじゃない...かな?」
チェイナリンは珍しく会話に口をはさみ、口下手ながら渾身の励まし無線を送る。
けれどレアなチェイナリンの励ましも片言で貧困すぎる語彙力では流石に焼け石に水だった。
『にゃーっ!次は絶対撃墜(判定)してやる!』
「!!!!」
「!!!!」
騒々しい無線交信はしばらく続くのだった。
やがて2機のF-4E改戦闘機が航空基地へと再び戻ってきた。
2機は滑走路に着陸して誘導路を通りエプロンで駐機する。
よく見ると整備員や施設員の幾人かがエプロンの脇に集まっているのが見えた。
それに気づいたウーはクワァイル隊の面々に声をかける。
「そういえばちょうど時間みたいですけど、お祈りしときますか?」
ウーが2番席からそう言うとチェイナリン達は互いに顔を合わせる。
戦闘機から降りたチェイナリン達はフュリアナとティーチャも呼んで戦闘機の脇に集まる。
皆が夜明けの空に薄っすらと浮かぶ月を見つめ、チェイナリンが代表するように祈る。
「夜空を照らしたまふ白月の神よ。その身癒し再び夜空に輝かせられんよう、安らかにお休みできること、切にお祈りいたします...」
チェイナリンが祈りの言葉を終えると全員揃って月に対して独特のお辞儀をした。
かつてミャウシアが存在した世界では星空は神聖なものとして崇められる地域が多かったらしい。
そういう宗教観が彼女達にはあったようだ。
ミャウシアも民族によって熱心さにバラつきはあるが夜明けと夕方の月にお祈りするが一般的だったみたいだ。
しばらくの間、みんなで戦闘機の脇にたたずみながら、夜明けの空に浮かぶ月を猫耳や尻尾を時折動かし猫のような鋭い瞳で眺めていた。