赤い動き
陸上自衛隊のとある駐屯地の宿舎
有持は夕暮れ時にラジオの放送をイヤホンを耳に着けて聞いていた。
「先日から続いていたデモ活動は今日の正午の段階で過去最多の50万人に達する模様です。転移事件以降、暫定的に都市名が定められた東京、名古屋、大阪の各都市に続いているデモの勢いはとどまるところを知らないようです」
「...」
有持は無表情でラジオ放送を聞き続ける。
「お、有持氏ここにいたん?」
有持は声の主の視線を合わせると、そこには大竹三尉が尋ねにやってきていた。
「なんすか、大竹先輩?異世界転生のラノベを書いてたんじゃないんすか?」
「んなわけないでしょ。俺はROM専だから書かねえよ。それよりさ、七扇の奴がさ、あいつもこっちの世界に転移してたんだってよ」
「マジっすか?」
「しかも驚くな、この星の裏側に転移したフランスで外人部隊やってるらしいんだぜ。スゲームカつく」
「へー、さすが七扇先輩、語学堪能で相変わらずハイスペックっすね。てかなんで先輩が妬むんですか?先輩そういうの興味ないですよね?」
「それがさ、あいつがいるヨーロッパがニャウシアだかミャウシアだかいう異種族の国と交戦状態に入ったってニュースは聞いてるよな?」
「ええ」
「それがその国の住民は異世界的で言うところの猫耳系亜人で、成人でも見た目合法ロリのケモミミ美少女天国だっていうんだぜ?七扇の奴大してそういうの興味なさそうくせにそんなのに触れ合える可能性大のうま過ぎるポジションにいるとかふざけんな!って話なんだよ、全く」
―お前は一体何を言っているんだ?相変わらず中二病全開だなこの人。全く。
「確かにケモナーの先輩には許せませんよね」
「そそ、それに今の日本じゃ異世界と触れ合う可能性がほぼ皆無なのが一番腹立たしいわ。うさ耳の子に会いたいから異世界に出国したいですって言ったってどれほど待たされるか知れたもんじゃねえし」
「いや、その動機じゃどの道、旅券没収ですよ。まあ、確かに最近のこの国は何もかもが内向きになってて何も始まらない閉塞感はありますからね。気持ちはわかります」
「だろ。有持氏も亜人っ子に会ってみたいよな?」
「それはない」
だが有持は大竹の話でこの国で何かが起きる要因の一つが見えた気がした。
因みにこの段階で七扇が風変わりな赤髪のミャウシア人女性と交友を持ち始めるなんてことは二人には予想だにしないことだった。
外務省が設置されている庁舎
その中では新しく就任されたばかりのアメリカ大使と外務大臣が会談していた。
「ですのでロシアと中国に対する包囲網をより強固し、不測の事態が二度と起こらないようくぎを刺す必要があるという認識です。正直に言いますと先の戦いでの日本の国際貢献は我々としては非常に物足りないと感じていました。これを機に日本には安全保障への積極的関与を努力して欲しいというのが我が国の要望です。どうかご検討ください」
「大使、我が国も同盟国としてアメリカ合衆国と問題意識を共有し解決への道筋を描いていきたいと考えています。政府でも今後の安全保障を策定中ですのでご安心ください」
「そのお言葉を聞けてうれしく思います。実際、この世界には安全保障上の脅威になる勢力がひしめき合っています。ヨーロッパ諸国に至ってはミャウシアと呼称される強大な未知の軍事国家との衝突が避けられない段階に入ってきています。NATO加盟国として我が軍もヨーロッパ防衛に全力を注がなければばならない状況なのです。しかし、先日には空中艦隊などという非常識な存在も確認されているいます。ですから脇を固めるためにもできれば同盟国である貴国にもぜひ協力していただきたい。一日も早い決断を」
その後、安全保障を主題にした話し合いを終えた駐日大使やアメリカ当局高官は庁舎を出て車に乗り込み大使館へと帰っていった。
会談ではアメリカ側は強い口調で言わなかったが、日本に対して強い不満があることをことあるごとに匂わせて圧力を掛けていた。
要約するとアメリカ軍が大規模な軍事を行う際は、日本も日本近辺に限らず必要な場所に必要なだけの兵力の自衛隊を投入できるようにする覚悟を決めろ、金だけ出すのは無しだ、敵対勢力に対する包囲網に自衛隊をもってして参加しろ、そういう主張だった。
もちろんアメリカ側はダイレクトにそう言ってなかったが、欲しいベストな回答はそういう内容の一種の無言の圧力だ。
しかしいままでの日米当局の話し合いは更に優しい表現が多いはずであったので、いかに日米の関係がこじれ始めているかを物語っている。
そしてアメリカの外交関係者たちが去って時間差で別の車列が外務省に現れた。
車両を降りて現れたのは中国外当局の高官たちだった。
中国もまた例外なくこの世界転移してきていた。
日本と同じ南半球の、大洋を挟んで反対側の大陸の南部が一帯が彼らの領域だ。
短波無線と連絡船以外でのやり取りがないので現在の国情はほとんどわかっていない。
数時間後、先程と同様に中国外交部の高官たちが庁舎から出てきて車に乗り込みそそくさと外務省を後にした。
それを外務大臣は窓からチラ見していた
中国大使を乗せた車内
「大使、今回の会談ですが将軍はお気に召すでしょうか?」
「どうかな。誤解を解きたい、新しい指導部が発足のおり、緊張緩和に向けて動き出そう。協調して経済再建に努めよう。そんな定番の誘い文句を並べてはみたが話は前には進まんだろうな」
「やはりこちらを警戒してですか?」
「いや、単にはっきりしたビジョンが描けるほどの能がない政府なだけだ。日米同盟を確実に誇示しつつ何もしない日和見外交に徹してアメリカと我が国からの要求をかわしながら経済的利益を享受しようという以前と同じ外交だ。半島の連中とは違って立ち位置がはっきりしてはいるが揺さぶりがいがないとも言えるな」
「では」
「ああ、想定内の反応だ。懐柔は中途半端にならざるを得ないが気にすることはない、将軍もそのつもりだった。予定通り例の計画を進める。通信方法が限られるだけに、傍受されないよういつも通り連絡船で報告しろ」
「わかりました」
日本をめぐる動きは水面下で激しさを増し始める。