揺れ始める日本
日本が存在する島のとある飲食店の座席
陸上自衛官の有持は新聞記事を読んでいた。
しわだらけで一部が所々切れている使い古された新聞だった。
しかし印刷されてからそんなに時間がたっていない新しい新聞なのだ。
というのもインターネットや通信インフラの大部分が未だに機能不全のままだったのでラジオや新聞しか情報源がない。
更に新聞は物資不足で発行量に限りがあるのに需要の増加で価格が高騰していることもあって、みんなで使い回すのが日常化していた。
有持が握っているのは大勢が読み終えて順番が回ってきた使い古された新聞なのだ。
「アメリカ、空飛ぶ軍艦と交戦か?...ねぇ。うん、フェイクニュースかな?それとも宇宙戦争でも始まるのか?」
記事の一面は先日撮影されたドゥーロス軍の空中艦が映っていた。
「ほんと、ここ異世界なんだな」
「ワクワクするでしょ?」
「まあね。...は?」
有持は新聞を下げると目の前にグローブス女史が楽しそうに立っていた。
「お前、あん時の」
「おひさ!」
彼女はそのまま隣の座席に座った。
「おい、勝手に座んなよ」
「そんなこと言わずにさ。あ、すいません。これ一つください」
「はいよ」
「おい、無視してんじゃ...」
「はい、これ」
彼女はそこまで専門性の高くないとある情報誌を渡してきた。
そこには有持の写真が小さくだが映っていた。
「この前の取材を記事にしてもらえたから知らせたかったんだ」
「え?あ、ありがとう...」
「どういたしまして」
「それと取材のお礼にコーヒー奢るね、いいでしょ?」
実は物価の高騰でコーヒーの値上がり率はかなり高く、これはかなりありがたい申し出だ。
本当はたいして怒ってなかった有持は逆に悪い気がしてしまうのだった。
「...それはありがたいけど、ところで用件は何なんだ?」
「ん?特にないよ。また話がしたいなって」
グローブス女史は渾身の笑みを有持に見せつける。
それを見た有持は何も言い返せなかった。
それから二人は自然と雑談を始める。
「...でさ、まだ日本の外に出られなくて缶詰状態なんだ。外はネタの宝庫なのにさ。いっそ、密出国でもしちゃおうかなって思っちゃうんだよね」
「相変わらずフリーダムだな、お前」
「まあね、世界を見ているのが好きなんだ。とっても」
彼女は思い入れるようにそう言う。
「それに異世界に来たんだからこれからどうなっていくのか考えるとネタは尽きないよ」
「なるほどねぇ」
「ねえねえ、君は世界がどうなっていくか気にならないの?」
「少しは」
「そっか。じゃあさ、これから日本がどうなっていくかお互いに予想してみない?」
「予想か...。経済が良くなったり地球に帰れるようになったり、とか?」
「なるほどね」
「お前は?」
「あたし?当ててみて」
「めんどくせえ」
「つまんない。まあいいや、あたしはそうだね...」
少し間が空く。
「戦争がはじまると思うよ」
その言葉に有持は呆気にとられた。
「...はあ?」
「意外だった?」
「いや、そういうわけじゃないがいくらなんでも状況が飛躍し過ぎてないかって」
「かもね」
また少し間が空く。
「でも戦争なんてそんなもんだよ、誰もがこんなことになるはずじゃなかった、そう思いながら戦争は始まるんだよ、第三次世界大戦だってそうだったんじゃないの?」
それを聞いた有持は忘れていたように第三次世界大戦を思い出した。
異世界に飛ばされる直前までの数か月のことだった。
いろんなことが走馬灯のように頭の中に流れてくる。
人々が経済的に苦しむさま、世界中で巻き起こった内戦、国境紛争。
紛争地には戦車の砲撃やゲーム感覚の空爆、塹壕で砂埃を被る兵士の存在があったはずだ。
「経済恐慌、民族紛争、軍事介入、大国同士の工作合戦、...ある時から社会の歯車が回らなくなり始めて転落していくようにずるずると戦火は拡大していったはずだよ」
「ああ、確かにそうだった」
グローブスは有持を不思議な雰囲気で見ていた。
「つい最近のことなのにあまり実感がわかなかった。不思議だな...」
「人は見たいものしか見ないからね」
「見たいもの?」
「平和だよ」
「平和...」
「そう、平和。みんな平和な日本から戦争が始まった外の世界をあまり見ようとしなかった、自分とは関係ない、遠ざけていれば向こうから近寄ってはこないはず、そうは思わなかった?」
「そこまで考えてはいなかったけど」
「そこまで考えていなかった、か。けどそれって同じことだよね?」
「...」
「そして起こりえないと思っていた日本攻撃も実際には起きた。平和は戦争とは違う世界じゃない。同じ現実の世界だよ。ま、異世界に飛ばされてそれどころじゃなくなったけどさ」
「...」
「でも、だとしたらあり得ない、なんてことはあり得ないと思わない?」
そこへタイミングよく運ばれてきた料理が運ばれてきた。
「美味しそう!」
彼女はそう言ってさっきまでのシリアスそうな表情を一変させ微笑みながら食べ始める。
有持はただただ彼女を見ていた。
場面は変わってスーパーの売り場に二人はやってきた。
転移事件の大混乱から日本社会に秩序が戻り始めたものの、それを邪魔する大問題がいくらでも噴出していて未だに収拾がつかない。
その一つがインフレだった。
物によっては転移前の倍近い値が付いていた。
ハイパーインフレを予感させる高騰ぶりだ。
「スーパーのコーヒーはまだ常識的な値段だね。さすがに店のコーヒーのあの値段はあたしの財布には優しくなかったからこれで勘弁してね」
「...なあ、さっきの話は本当にそんなことが起こると思うのか?」
それを聞いたグローブス女史は有持にコーヒーパックの袋を渡した。
「見て。このコーヒーパックの値札、昨日まで100円安かったんだね」
「...相変わらず人の話を聞いてるのやらないのやら」
二人は買い物を済ませてスーパーを出た。
「さっきの話の続きだけど絶対に戦争が起こるって言うわけじゃないよ。センセーショナルだったから話の引き合いに出しただけ」
「...」
「信じられないって顔だね。無理もないよね。でも商品の棚を見て。どんどん商品がなくなってスカスカになっていっているし、値札もどんどん張り替えられて高くなる一方だよ。このままだと暴動が起きてしまうくらい人々の不満が溜まっちゃう」
「...」
「引き金は些細なことから始まる。でも一度火が付くと消すのはとても難しい。しかも大勢の人がそれに便乗して寄ってたかって火に油を注ぎ合って燃え上げようとするだろうね。つまりそういうことだよ」
有持は周りを見渡しす。
視界にいる人々はそこそこ不景気そうな顔をしていた。
「...なあ、お前はあの第三次世界大戦が起きると予想してたのか?」
「もちろんだよ。大昔のことだからあんまり覚えてないけど、世界恐慌より前にそこそこ高い確率で起こるって予測を立ててたよ。どう?凄いでしょ」
「本当か?というか大昔って、あの世界恐慌からまだ1年も経ってないだろ。忘れるほどか?」
「そう言えばそうだね、ははは。年寄り臭いこと言っちゃった。んー、あれからいろいろあってとても長い旅をした気になっちゃったのかな。これでも20代前半だからね。誤解しないでよ?」
有持は彼女の言動に不思議ちゃんなのかなと思ってしまうが、かといって謎の説得力もあったのであながち嘘でもないのかなとも思えた。
「ま、辛気臭い話はここまでにしましょ。今日は楽しかった。良かったらまた今度会おうよ」
「...いいけど」
「よかった。じゃあ、はいこれ。この前渡した名刺の情報は今じゃ無意味だから。もし連絡をしたっかったらここに電話して」
有持はメモ書きを彼女からもらった。
「それじゃあね」
そう言うと彼女はその場を後にした。
有持はしばらく彼女を見送り続けた。
オリビエ・グローブスは田村ゆかりボイスというか大人に成長したの〇万音鈴羽で脳内再生してます。
11/13
大幅改稿しました。
他の日本動乱編の話も順次改稿します。
めちゃくちゃ変えるようなら一部削除するかもです。
すいません。