空中艦隊
とある夜明けを持つ薄明るくなりつつある空を数機の”航空機のような飛行物体”が飛行していた。
「パトロールが通報した敵影はなしか....」
編隊の隊長機と思われる機体のパイロットはそう呟くとあたりを見回した。
色素の薄い髪と中性的な容姿の十代半ばの少年だった。
周辺には積雲が立ち込め高度1500m以下は雲に覆われ地表が見えない。
「となるとやっぱり雲の中か。やっこさんは本気らしいね」
そう言うとパイロットは操縦桿を引っ張り上昇していく。
ある程度上昇したところでパイロットは手持ちの特殊な銃を手に取るとそれを空に向け発砲した。
撃ちだされた弾丸は低速で上昇を続けあるところで発光して輝き始めた。
それは信号弾だった。
空中艦隊
その信号弾を編隊からところを航行する”空中浮遊する艦船”の乗員たちが確認する。
「スペルヴァ隊の発光信号を確認、距離およそ10、敵影確認できずです」
艦長と思われる若い男性はとくにリアクションせずに脇にいる副長の女性に話しかける。
「どう思う?」
「敵は雲の中を進んでいるものかと」
「その通りだ。敵は本気で戦いを仕掛ける気だ。ならこっちも相応の対応をするまでだ。副長」
「はい。全艦に通達、輪形陣をとって第一戦速へ加速!発行信号投擲用意!」
艦隊が輪状の陣形に再編され加速していく。
先ほどのとは別の飛行編隊
艦隊から撃ちだされた発行信号が遠くで輝いているのが見える。
「よりによって雲内索敵なんて信じらんない!」
先ほどの部隊とは違う飛行編隊の隊長と思われる女性は不機嫌にそう言う。
言い終わると女性は仲間にハンドサインで指示を出す。
そして操縦桿を倒して編隊は雲内へ突入した。
一方、先ほどの飛行隊は雲の上を飛び続けていた。
「そろそろ出てきてもいい頃合いなんだけどなぁ...」
少年の隊長がそう言っている矢先にかなり遠方の雲の合間に小さな機影がいくつか垣間見えた。
「はは。見~付けた!」
飛行隊は加速して発見した機影群にこっそり近づいていく。
「皆、用意はいいかい?突っ込むよ!」
隊長の少年がそう言うと飛行隊は雲の小山に突入、数秒後に雲から出た先に目当ての編隊が目の前にいた。
「さあ、遊ぼうじゃないか。そのためにここへ来たんだろう!」
飛行編隊同士の空中戦が始まった。
先ほど雲の中に潜った飛行隊はいくつかのグループに分かれ雲に潜ってはしばらくして雲から這い出て別の場所にまた潜るという単純作業を続けていた。
雲の下は土砂降りなためか機体もパイロットもずぶ濡れの状態だ。
そのため体力が奪われる過酷な作業でもあった。
「これだから雲下捜索は嫌なのよ。寒くてかなわないったらありゃしないわ。敵なんてどこにもいないじゃないのさ!」
文句たらたらの女性の飛行隊長はぶつぶつ言いながらまた雲海へと降下する。
雲の中、雲の下では雨が正面から弾丸のように降ってくる。
コックピットの前にはフロントガラスがあるので直接ぶつかりはしないがそれでも多少の水しぶきはかかるのでパイロットをびしょ濡れにするのは十分だった。
「...何か見える」
女性の乗る飛行物体の前方に薄っすらと何か大きな影が見えた。
見えたと思った物体は急激に大きくなり、パイロットの女性はそれが何なのかをすべて理解し力いっぱい操縦桿を引く。
飛行物体は敵艦すれすれを横切るとさらに前方に何隻もその姿が雲の中に浮かび上がるように現れた。
女性はまた操縦桿を引いて上昇し雲の中から飛び出して上昇する。
そしてある程度の高度まで達すると先ほどの少年がしたように信号銃を空に向けて放った。
空中艦隊
「アクビス隊の発行信号を確認。距離、2。す、すぐそこです!」
「ようやく見つけたか。戦闘準備だ」
「了解。全艦、砲撃戦用意!艦隊の陣形を単縦陣へ組み替える。速力を第三戦速へ加速せよ!」
空中艦隊の陣形が一直線状になっていく。
するとすでに位置がばれたことを悟った敵艦隊が潜水艦の浮上の様に雲から斜め上に突き出るように出現する。
「ふん。遅いな」
艦長が椅子から立ち上がる。
「全艦、砲撃を開始しろ。すり抜けざまに一隻づつ確実に沈めろ!」
「全艦。撃ち方始め!」
空中艦隊同士の砲撃戦が始まった。
雲海から登るように出てきた恒星の赤い光に照らされながら主砲や副砲を撃ちまくり、空に砲声が轟く。
空中軍艦はそこそこの大きさで主砲も言うほど巨大ではない。
どちらかというと口径より砲身の長さと俯角の自由度が重視されている、そういう作りの砲塔を搭載していた。
砲撃戦はなお続くが浮上した艦隊が先手を取られる形になっていたのでそちらが徐々に劣勢へと追いやられていく。
敵艦が一隻、また一隻と大破炎上して雲の中へと落ちていく。
そして勝敗がほぼ決したと言える時になって敵艦隊は進路を反転して退却を始めた。
「ドゥーロス艦隊、退却を開始しました」
「アルグスタス司令、敵艦隊を追撃しますか?」
「放っておけ。俺たちは全面戦争しているわけじゃあない。全滅させれば向こうは引っ込みがつかなくなるだろう。ただでさえ訳の分からない世界に放り込まれたんだ。こんなところで争いを拡大させてどうする、副長?」
「...おっしゃる通りです」
「だが奴らとの勝負は近いうちに決着がつくかもしれんな」
「...というと?」
「感だ。ここは俺たちの知っている世界じゃない。パワーバランスはおそらく崩れるだろう。より大きな嵐の訪れと共にな」
「...」
副長の女性はアルグスタス司令をじっと見たままそれ以上は何も言わなかった。
「飛行隊を呼び戻せ」
「発光信号を撃て」
艦隊から信号弾が撃ちだされしばらくすると偵察に出ていた飛行隊が各方から飛んで戻ってきて収容作業が始まった。
「飛行隊の収容を完了しました」
「よし、帰投する。進路を首都へ向けろ」
「了解」
艦隊は空中戦を終えて帰路についた。