皇女
攻城中の軍勢
「どうなっているんだ?水軍の奴ら尻尾を巻いて逃げて行っておるぞ」
「腰抜けどもめ、残党狩りすらまともにできんのか」
「総大将、どうなされる?」
城攻めを行っている軍勢の指揮官は水平線から現れた新手の敵を見る。
見たことも聞いたいこともない存在でありその戦闘力は完全に未知数だった。
「先の光と言い、天変地異かそれとも...」
「援軍が来たぞおぉ」
指揮官たちが伝令が指さしたほうを見る。
遠方に隊列をなし長槍を上に向けて携える兵士で構成された軍団が稜線から現れた。
「来たか、どうやら孤立無援というわけではなさそうだな」
指揮官は再度城を見た。
援軍も動員すれば確実に攻め落とせると確信する。
問題は沖にいる未知の敵がどう出るかだった。
だが手の内がわからぬのにあれこれ考えてもしかたないと悟ったのか決断する。
「援軍に伝えよ。長旅のところすまぬが総攻撃の時だとな。敵に時間を与えぬよう一気に攻め落とすぞ!」
「はっ!」
城壁に張り付いて戦闘を繰り広げていた軍勢が引き始める。
それを見ていた城塞側の指揮官であるコウはその動きに動揺する。
「次は総攻撃でくるな...」
そんな言葉を漏らしたコウはすぐに皇女殿下のもとへ向かう。
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦 「セント・ジョーンズ」
「城壁での戦闘が収束しました」
「こちらの存在を懸念して引いたのか?なんにせよもう一度哨戒ヘリを出して調べたいところだが...」
艦長が副官を見るが副官は首を横に振る。
「アオギリは哨戒ヘリを出さないそうです」
「そうか」
「ですが揚陸艦から出たヴェノムとバイパーが間もなく到着しするのでその際に要請すればよろしいかと」
「わかった」
「目標に動きがあります!」
「また攻撃を始めたのか?」
「はい」
城内
戦いのさなか城内では女や医療担当の兵士たちが負傷兵の看護を行っていた。
「しっかりなさい」
皇女は侍女とともに血まみれの兵士の肩を持ちながら部屋の脇に寝かせる。
切り口は包帯がまかれているものの血がどんどんにじんでいる様子だった。
「明礬石を持ってきて」
皇女がそういうと侍女が白く透明な石を持ってきた。
皇女はその石の一部を砕き剥がした包帯の下の切り傷にまぶし塗っていく。
そして包帯を巻きなおすと出血は徐々に収まっていった。
「これでいいわ」
皇女がそういった矢先、大きなうめき声が上がる。
「んんんんんんっっっ!!!」
振り向くと手がぐちゃぐちゃになった兵士が医療担当のものに手を切り落とされている最中だった。
口には棒が咥えられていて舌をかまないようにしている様子で死ぬほど痛そうなのは明白だ。
そして腕を切り終わると、そこへタイミングよく鍬のような鉄の棒を持った男が現れる。
「辛抱しろ。激痛はこれで最後だ」
腕を切り落とした施術師はそう言うと先ほどの棒を受け取り、切った腕の開口部にその棒を押し当てる。
するとジュウウっと音を立てた。
負傷者は再度呻く。
棒は焼きコテであり、焼灼止血で切り口を焼いて塞いだのだった。
その様子を疲れた顔で皇女は見ていた。
肉の焦げた匂いがあたりに充満する。
その匂いは嗅覚が発達している彼らには地球人より強烈に感じる。
皇女は休まず負傷者の看病に回った。
水を飲ませたりモノを片づけたり大忙しである。
「殿下、お休みになってください」
侍女が心配そうに皇女にそう言うと反論せずに近くの壁にもたれかかって仮眠するように目を瞑る。
侍女は違うそうじゃないと言いたげだったが彼女も反論はしなかった。
目を瞑った彼女の頭の中が静寂に包まれる。
彼女の名前はミョウ・ハクエン。
この国は狐の亜人が治める国、炎国である。
ハクエンは炎国の旧慧王朝皇帝の娘で王朝の皇族の最後の生き残りであった。
遡ること2ヶ月に皇帝の家臣だったチョウソンは遠征に乗じて蜂起、根回ししていたのか各地でチョウソンに同調した豪族や有力者が加勢し、反撃体制を整える時間もないまま旧慧王朝は倒され王族は兄と自分を除いて皆殺しにされた。
残党となった旧慧王朝側は必死に抵抗を続けるも兄は殿として討ち死にし自分は最後の拠点でこのザマである。
優美な容姿はボロボロに汚れ、高貴な服も動きやすいよう破き血まみれだった。
「もう潮時だな...」
破滅を待つしかない彼女は周りには気高く振舞ってはいるが内心は完全に絶望していた。
自分も抵抗すればするだけ相手の出血が増やせるという滅びの美学にも似た道ずれ根性でもがいていたのだった。
(皇帝も兄上も死んだ。私のような小娘一人で何ができるというのだ。権力とは...儚いものなのだな。つい最近までの宮廷生活がまるで嘘のようだ。もしかしたら幻だったのかもしれんな)
少し間が開く。
(私はこれからどうなるのだろう...?首をはねられるのか?それとも凌辱されて殺されるのか?自分でいうのは何だが容姿にはかなり自信がある。たぶん押し入ってきた敵兵にまずは犯されるのだろうな...)
(...)
(もし援軍が現れたら、いや、宮廷歌人が描く小説のような不可思議な出会いが訪れてここから私を救ってくれるものが現れるなら、私はその者すべてを委ねてもいい。そうだ、そうしよう)
ハクエンの頭の中が若干現実逃避気味になっていた。
だが精神を落ち着けるのには役立つのだ。
暗示や逃避は時として必要なこともある。
(その時は...)
ハクエンが頭の中で考えにふけっている時だった。
ドオオオオオン!
ドンドン、ドオオオン!
「!」
爆音と振動がした瞬間、ハクエンはとっさに頭を上げ狐耳をピクピク動かす。