戦う理由
ミャウシア南部油田地帯
ミャウシアのエネルギー資源はバイオ燃料によって賄われている。
油田地帯にはバイオ燃料を生産する藻を培養するための大規模な生成田がある。
更に燃料を生産し、貯蓄するためのタンクも多数設置されている。
そんな重要施設であるここも内戦の影響をもろに受けることになった。
油田への放火だ。
クーデター軍は退却の際、油田をことごとく破壊、放火して使用不能にした。
同時に油田でバクテリアを生育できないようにする沈殿性の毒物を散布し、復旧を妨害するのだった。
重油質系バイオ燃料タンクや精製プラント、貯蔵タンクからの出火はその規模・数と相まって湾岸戦争を彷彿とさせる情景を生み出した。
至る所からとてつもなく巨大な黒煙が噴き出す。
そこまでの煙ではないが軽油質系のタンクからの出火と油田の残油から出火はまるで火の海のような状態であり燃え尽きるまで手出しなどできなかった。
何億バレルもの燃料が燃え盛った。
ナナオウギが所属する歩兵部隊は油田に突入し、あたり一帯を制圧する。
そして油田地内に敵がまだ潜んでいないか歩兵部隊で巡回しなければならないがナナオウギたちもその部隊の一つだった。
「....まるで火山噴火みたいだ」
地球人とミャウシア人の混成部隊で索敵のために徒歩での移動中にナナオウギはそう表現する。
高さ1000mを超える巨大な黒煙の林は空を覆い隠し、あたり一面を夜のように薄暗くするほどだった。
その巨大な情景は自分をとても小さい存在に感じさせた。
あたり一面煤だらけで真っ黒になっている。
大地の何とかとかで表現してもいいとさえ思えた。
「前方の車列の残骸に注意」
前方にすでに破壊済みとみられる車列の残骸が横たわっていた。
車両に乗ってここへ来る途中でもそういった残骸群が見かけられた。
解放軍の航空部隊による航空攻撃によって破壊されたクーデター軍のものである。
現にたまに上空にプロペラ音が鳴り響いてくるのが聞こえる。
空が真っ暗どころかこの時点ではもはや夜のような状態でどこにいるのか全く分からなかったが。
車列に近寄るも全く人の気配がない。
少し煙を出している車両もあるがとても静かだった。
だが人が乗っていたものが破壊されたのだから当然遺体はあった。
車内や車外に数体、クーデター軍兵士とみられる焼死体が転がっていた。
部隊があたりで物色する中、ナナオウギは腰かけられる場所に座りそれらを見る。
地球人でも惨いのにそれがミャウシア人だと余計に重くなる。
兵士をやってるくせに未だにこういうのには慣れなかった。
でもなんだかんだでやってこれたりするのだ。
なんでだろうと思う。
そこへミーガルナがやってくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと考え事を」
「そうですか」
ミーガルナが対面する様に近くに座る。
「敵はいないみたいです。来る途中の車両も撤退中のものみたいで生き残りは他も車両に分乗して撤退したみたいです」
「わかった」
少し間が開く。
真っ暗な中、貯蔵タンクからの炎があたりを薄明るく照らす。
「...ここ2日、3日は敵の姿が全く見えないんですがこのまま一気に勝てそうな気もするんですがそうはいかないですよね」
「だろうね。どっちかというと嵐の前の静けさかな。今後どうなるかなんてわからないし、この戦いの顛末は俺達をこの世界に呼んだ神のみぞ知るところだよ」
「そっか...」
「...」
「隊長、一つ聞いていいですか?」
「何?」
「隊長は何のために戦場に?」
ミーガルナの質問にナナオウギはいろいろ考えるがいい機会だから自分の考えを整理しようと思った。
「...」
「...職業軍人だからではないな、たぶん。誰かのために戦いたいと思ったからのハズなんだけど...」
国や市民のために戦っているはずだが何か違和感を感じる。
すると先ほどの死体に目線が向く。
たぶんこれも動機じゃないのかもしれないと思った。
考える人みたいになったナナオウギを見ていたミーガルナは一声かける。
「あたしはニャーガ族だけど解放軍側についた氏族だから嫌味言われながらでもがむしゃらにやってるんだけど隊長も他の地球人と違う容姿だから...何かあるのかと」
ああ、そっかと思う。
「そうだな。複雑だけど祖国を離れて遠い異国の軍隊で皆のために戦ってるんだ」
「じゃあ、祖国も家族も関係なく?」
「そういうこと」
「...見ず知らずの誰かのために、ですか?」
「うん」
「隊長は変わった人ですね」
真っ暗で地獄のような情景の中、炎に照らされながらミーガルナはくすっと笑顔を浮かべる。
それを見たナナオウギはチェイナリンやこの前会った少年の笑顔を思い出しながら重ねるようにミーガルナを見た。
たぶん動機はこれでいいんだなと自覚するのだった。
後日南部の戦いがつかの間の終息に入ったところで南部沿岸の主要都市を確保した解放軍は暫定政府の発足に着手する。
形としては南部の旧連邦構成国の行政の上に軍が置かれる軍事政権だった。
西側の地球国家は即座にこの政府を正当なミャウシアの政府として承認した。
この国の行方はチェイナリンやゥーニャによって大きく動いていくことになる。
戦いが収束している間に暫定首都となった南部最大の都市ネルグラーニャで軍事パレード兼凱旋パレードが行われた。
その中でこの戦いで尽力した武官への勲章授与式も執り行われたが地球人も勲章授与の対象だった。
ミャウシアのかつての軍事パレードは100万人動員するようなとんでもないものだったらしいがさすがに戦時下なのでそんな数はいないが数万人はいた。
リハーサルがあるような形式的なものではなく突発的なものなのでそこまで秩序だってはいないが猫耳の兵士たちが市街を整列して行進した。
第二次世界大戦時代にありそうな装備もずらっと登場していく。
抑圧からの解放を祝うパレードなだけあって街頭に出ている人々の表情は明るい。
翌日、NATO加盟国軍の士官たちへの勲章授与が行われた。
ナナオウギもフランス陸軍の軍服を着てその列に加わる。
勲章を付けていくのは今回本人の希望でフニャン将軍自らが一人一人に授与していった。
身長差がすごいので高いところに飾りつけする様に順番に勲章を装着していく。
そしてチェイナリンがナナオウギの前に来た。
こういう時は表情や目線を一切変えないのが礼儀なのだが勲章を付けた後、ナナオウギはどうしてもチェイナリンに目線を合わせたかったのチラッと見てしまう。
チェイナリンはそれに気づいてほんの少しだけ顔を向けた。
そして一瞬だけ柔らかい微笑みをのぞかせた。
その後、ナナオウギは他の士官や武官ととも立ち去る準備をする。
そこへミラベルが現れた。
お互い敬礼した後言葉を交わす。
「先日はみっともないでお会いして申し訳なかったわ。あの時はあたしを助けるために骨を折ってくれたそうで、感謝してもしきれない」
「こちらこそ。元気そうで何よりです。頑張った甲斐があります」
ミラベルの容姿を見る。
オッドアイで白髪、セミロングで上品そうな姿に目が行く。
チェイナリンも美人だがミラベルは華麗で万人受けしそうな優美な美人といった感じだった。
人気高そうと思う反面、かなり訛った言葉遣いにギャップを感じる。
「うち、帰るんでしょ?最後に握手いい?」
ミラベルはそういう割に手を差し伸べない。
そこでリードするようにナナオウギが手を差し伸べるとミラベルもつられるように差し伸べ握手をした。
そこでミラベルの手のひらに紙があることに気づいた。
「あたし、応援してるきに、頑張ってや!」
ミラベルはそう言ってニカっと笑顔を向けたあと、楽しそうにその場を後にする。
残されたナナオウギはそれを見送ると握りこぶしの中にある紙切れを大事そうに持ち帰えるのだった。
内戦前編終了です。
この後すぐ狐と兎の国編全消しするので気を付けてください。
追記、十年ぶりくらいに震度6台体感しました。