猫の国
異世界で最も大きな名称未定の超大陸の最西端には猫のような耳と尻尾を持つ低身長な種族の国家が存在していた。
ミャウシア社会主義連邦共和国である。
転移からしばらく経ったミャウシア内のとある宮殿
その一角にある艶やかな部屋でバスローブを着たペルシャ猫のような髪質の女性と軍服を着た女性の二人が話し合いを行っていた。
「それで第一次派遣軍の報告を聞いていいかしら?最高委員会書記長である私に報告を上げない不届き者の内情を早く知りたいわ」
「は、第一次派遣地上軍司令官ペニャルタ中将の司令部への報告によりますと第一目標である国境線沿いの国に対する防御線の構築と狙撃旅団による威力偵察は大成功のうちに終わったとのことです。周辺国の文明レベルは中世か精々産業革命直前のレベルにとどまり、投入された各狙撃旅団だけで周辺国を平定してしまえる勢いで進軍できたとのことです」
「まったく。委員会で参謀総長と軍閥の報告官が妙に私の顔色を伺っていたのはそこだったのね」
「はい、既に察しがついていましょうが軍としては委員会でさらなる進軍と予備兵力の投入を進言するための下準備を進めているとのことです」
「体制の混乱が収まっていないのに戦争を始めたいのだから急進派は嫌になるわ。そこまで優位なら今すぐ手を下す必要はないはずよ。自分の辞書に計画性の文言を書いてないのかしら?委員会で進言してきてもきっぱり「いいえ」を突きつけてやるわ」
「左様ですが兵が高揚してしまうのも無理はありません。つい先日まで我が国は国家存亡の危機に立たされていたのです。それがどうでしょうか。我が国を南北から蹂躙しようとした超大国共や他の列強国は姿も形もさっぱり消え去り国は救われました。超大国の横暴に振り回されてきた我が国民にとってこの異世界は抑圧からの解放を象徴します。更に我らが祖国にあだなす者無しなのですから高飛車になるというものです」
ミャウシアは元の世界では二大超大国の中間地域に存在していた国家だったようで、人種のるつぼと呼ばれた雑居地の各民族や部族がまとまって建国された社会主義の連邦国家だった。
この国はペルシャ猫のようなふわふわで色素の希薄な髪を持つペイシャル族、超大国植民地奴隷をルーツにする褐色肌のヌーナ族、トラ柄のようなストライプ模様の髪を持つニャーガ族、この三大民族を中心に無数の少数民族からなるモザイク国家になっている。
超大国に蹂躙されかけていたのだから小国なのかというとそうではなかった。
驚くことに総人口は数億人以上にもなる国家でほぼまるごと異世界に召喚されていたのである。
超大国に近い人口を持っていはいたが超大国に支配されたくない国や民族の寄り合い所帯といったところで、最も力を持つペイシャル族がイニシアチブをとって国家社会主義的な運営で国を結束させていた。
けれどもその反面、基礎的な国力や軍事力は超大国と比べるまでもなかったようだ。
それでも元の世界の大戦に合わせて数百万の歩兵を徴兵し、車両、航空機、艦船を多数用意していたため、その規模がこの異世界でも群を抜いて突出してることが段々と明らかになっていく。
「あなたもずいぶんな野心家だったのね。投機的な冒険は足元をすくわれるきっかけになるわ。それに強敵がいないと決まったわけじゃない。もしかしたらもっと何か別の・・・・・・」
「それですが陸軍省の報告は敵無しを謳っていますが、海軍省の報告は我々と同等かそれ以上の文明レベルの外敵の存在が指摘されています」
「指摘?」
「はい、不確かですが我が海軍の航空隊が北方の海から現れた戦闘機と接触しその性能を垣間見たそうです。凄まじいスピードだったとか」
「気になるわね、北方の海の向こう」
「ええ、それだけに海軍省は大規模な北方海域派遣軍の編成を始めました。先立って、まず潜水艦隊を先行させる模様です」
「もし懸念通りなら今後に大きく影響するわね。海軍省には私からもお墨付きを与えて情報共有を進めることにするわ。陸軍省の軍閥将軍共にはとことん皮肉って牽制してやるわ」
「余り無茶をなさらないでください。ゥーニャ様はかつての母上様ほど権力基盤は固まっておりません」
「望むところよ。同胞の民族同盟の支持が強い内に基盤を固めてしまえばこっちのもんよ」
どうやらこのゥーニャという若くて綺麗な猫耳女性の書記長は世襲政治家らしい。
若くしてこの地位まで来れたということは世襲の他にも出身民族の強い支持があったからこそのようだ。
「ただ問題の人の動きが全く読めないことだわ。実のところ今回も報告できるネタはないんでしょ?」
「申し訳ありませぬ。ですが何かを企んでいるのは間違いありませんのでお気をつけください」
「もちろんよ。もう下がっていいわ」
「はっ」
ガタン
軍服姿の女性はドアを閉め、部屋にはローブ姿の女性だけが残った。
「まずいわね」
そう言うと別の部屋に移り着替えを始めた。
<<ミャウシア海軍航空隊基地>>
ミャウシアの北東海岸に位置する航空基地には数多くの少数民族出身者が配置されていた。
部族連合体のミャウシアの軍隊、特に海軍は割と多数の民族で構成されていて様々な容姿の人種を散見することができる。
基地の一角に航空機がずらりと配置されパイロット達が続々と搭乗しその中には先日、イギリス軍機と出会ったパイロットたちの姿もあった。
「ほんとに行かないとなんですか?」
「うん」
「でも強行偵察ですよね?てことはもちろん戦闘にも?
「...かもしれない」
「そんなぁ」
チェイナリンに機銃手のウーが質問攻めする。
どうやらサボタージュしたい様子だ。
もともと徴兵で兵士になった口のウーは状況に流されやすい体質だったようだ。
「うじうじうるさいねん。軍人になったんだから覚悟決めな」
そんなウーにミラベルが注意する。
「でも相手は先日の勢力でしょ?強そうだったから」
「なら置いていくまでよ。機銃はいなくてもいいよね、隊長?」
「え?」
「...」
ウーは直ぐにチェイナリンを見た。
チェイナリンは少し間を空けてからウーに話しかける。
「...拒否することもできるんだよ。無理強いはさせない」
「そ...それは...」
ウーは言葉に詰まる。
どうやらウーはチェイナリンにもサボタージュして欲しいという淡い期待を持っていたらしいがチェイナリンには当然通用しなかった。
しかも優しく選択肢を用意してくれたチェイナリンに対してウーは後ろめたくなってしまった。
「...や、やっぱり行きます。申し訳ありませんでした!」
「...ありがとう。じゃあ、お願いするね」
折れたウーにチェイナリンは安心させるように要請する。
チェイナリンはよほどのことでも気にさわったり悪く思ったりはせず、部下は褒めて伸ばすタイプの上司のようだ。
それに影響されてかグズったウーに対し仲間たちも全く気にしていない様子だ。
一方で整備兵達がエンジンを始動させ始めていた。
ガラン、ガラガラガラ。
一機、また一機とエンジン音を立てプロペラが回り始める。
実は彼女らの星では石油や石炭はほとんど出なかった。
その代わりモノテルペン類、特にピネンを生産する類を見ない藍藻類が生息していた。
地球にも似たバクテリアはあるが直接モノテルペン類を大量かつ持続的に生産するような究極の生命体は存在していない。
彼女らはこのバクテリアが作りだす燃料を生産し文明を築いたのだ。
そのため彼女たちの作り出すエンジンの燃焼機関はガソリンやケロシンを燃料とするエンジンよりずっと粗悪な燃料でも動くという特徴を持っていた。
「隊長、乗員全員準備完了です」
搭乗員たちが報告すると機外から整備兵が声をかける
「幸運を」
チェイナリンは返答しなかったが真剣な顔で敬礼して返すのだった。
すると機体はゆっくりと走行を開始して滑走路に入っていく。
定位置に着くと速力を上げてランディングを始め、機体が浮かび上がるとランディングギアを格納してフラップもたたんで上昇を始める。
既に多数の航空機が上がっているが、続くように味方機が更に離陸を開始していく。
その様子は世界大戦機好きにはたまらない光景だった。
ミャウシア北方海域
ミャウシア海軍ニャムス級攻撃型潜水艦メッサライア
「潜望鏡を上げろ」
「了解、潜望鏡上げます」
艦長と思わしき人物が使用可能になった潜望鏡を覗き込む。
周囲には何もなく夜明けで海面がピカピカ光るのみだった。
「敵影なし、潜望鏡下げろ。これより浮上する、メインタンクブロー」
「メインタンクブロー」
乗員が少し慌ただしく動作すると、潜望鏡深度にいたメッサライアは直ぐに浮上した。
「空気の取り入れと充電を短時間で済ませろ、急げ」
「了解しました」
「艦長、僚艦テュイも浮上します」
「わかった、それと副長、本国に位置と状況を打電して」
「はっ」
通信手が副長とやり取りして通信を開始した。
それと同時に艦長は考え始めていた。
この海の向こうにいると思われる未知の国の調査を始め既に1000km以上航行しているがまだ何も遭遇していない。
もしかしたら何事もなく対岸まで行けるのではないかと考え始めていた。
未知の国はこうも見えないといまいち危機感が湧いてこないから困ってしまう。
だがそのうち海図がないので浅瀬や海流を把握していないという不安だけで終われるかも知れないと思えば少し気が楽になるのはありがたいことだったが。
しかし、危険は直ぐそこまで迫っていた。
イギリス海軍トラファルガー級原子力潜水艦トライアンフ
「目標二隻浮上しました」
「エンジン音とポンプ音を確認、充電と空気の取り入れと思われます。ん、これは」
「どうした?」
「報告、第6指定水域にさらに音源4を聴知。音紋から同型艦と思われます。方位296、距離22キロヤード」
「新手か。この様子だとアスチュートも未確認潜水艦に囲まれてあたふたしているだろうな」
「目に浮かびます。しかしこのままでは目標が先日設定された防衛圏に入ってしまいます」
「こちらソナー室、音源4後方に更に音源5を確認。方位271、距離32キロヤード、音紋から同型艦が水上走行ししているものと見られます」
「やれやれですね」
「まったくだ。これより目標を追尾する」
イギリス政府
「現在までに把握している潜水艦は11隻、航空機36機、後方に水上艦8隻です」
「侵攻する気なのか?」
「いえ、威力偵察が目的と見られます」
「首相このままでは被害が出かねません。攻撃を行うべきかも知れません」
「相手との通信は未だ実現しないのですか?」
「はい。モールスや各通信符号とも全く違い、一度情報交換しないことには全く解読できない状態です。向こうもこちらの通信を理解していないはずです」
「ここは連絡船を出してみては?」
「バカ言え、この状況では拉致だってありえる。そんな危険は断じて犯せない」
「ですが」
「やむ終えません。攻撃を許可します」
「首相」
「ただし追い返すだけです。威嚇攻撃できますか?」
「可能です。哨戒機と戦闘機に指示を出せばすぐにでも」
「異論は?」
「やはりそれで行きましょう」
「私もだ」
「私も」
「全会一致ですね。国防大臣お願いします」
「わかりました」
潜水艦メッサライア
吸気と充電を終えて潜行体制にはいる。
「ベント開け、深度30へ。速力4ノット」
「注水開始」
「艦長、未確認機確認。本艦に向かってきます!」
「なに!急速潜行だ。バラストタンク注水。ダウントリム10、深度70だ」
「要員前部へ!」
ニムロッド対潜哨戒機
退役間近だったが世界大戦が近づき後継機の導入に時間がかかったことから延命処置されたニムロッドMRA.4である。
監視を行っていた潜水艦隊からの報告位置に急行し、威嚇攻撃を行おうとしていた。
「爆雷投下」
機体の爆弾槽から爆雷が投下された。
ズドオオオオオン。
潜水艦から300m離れた位置に水しぶきが上がる。
潜水艦メッサライア
「敵爆雷投下、命中せず」
「速力6ノットへ増速。潜行したままやり過ごす」
ニムロッド対潜哨戒機
「ソノブイ投下」
機体下部の穴からソノブイが投下され海に着水する。
潜水艦メッサライア
「敵機何かを海面に投下しました。爆音ありません」
「何なの?」
ニムロッド対潜哨戒機
「目標、深度70、速力6ノット。進路北東、変針していません」
「報告だ。次の目標へ移る」
イギリス軍司令部
「ダメです。変針しません」
「もう一度、威嚇攻撃するか?」
「いや、これ以上手の内を見せたくない。こっちの索敵能力を教えることになる」
「じゃあ、拿捕するか?」
「数が多すぎる。ただでさえ稼働率が最悪なのにこれ以上手間はかけられない」
「撃沈するしかないのか?」
「報告です。変針しなかったのは最初に発見した2隻だけです。他の艦は浮上時の攻撃で引き返しました」
「・・・・・・」
「拿捕してみるか?」
原子力潜水艦トライアンフ
「司令部から通信。目標二隻を航行不能にしろと指示が入りました」
「航行不能?」
「魚雷の自爆衝撃で航行不能にしろってことか?」
「はい。魚雷で確実に航行不能にしろとのことです」
「よし。魚雷発射用意、1番から3番魚雷装填、有線誘導し距離100で自爆させろ」
「魚雷発射用意」
魚雷管にスピアフィッシュ魚雷を装填し、注水する。
この魚雷はMk.48や89式魚雷などと同様、撃たれれば逃げ切るのは不可能なほど高性能な魚雷である。
「1番、2番、魚雷発射」
シュコオオオオ
2本の魚雷がミャウシア軍潜水艦に向かって走行を始めた。
潜水艦メッサライア
「艦長、引き返したほうがよろしいのでは?流石に敵艦隊が現れてからでは逃げ切れません」
「だが手ぶらで戻るのは流石に」
艦長は陸軍に憤慨する海軍上層部に手ぶらで帰って睨まれるのが怖かったのだ。
「艦長!ソナー音聴知、ソナー音近づいてきます!」
「なにいい!」
ピコーン、ピコーン
船体からソナー音が聞こえ始める。
乗員は驚愕の表情を浮かべるがこれが魚雷から発信されているとは想像できずにいた。
ドゴオオオオオオン
凄まじい音と衝撃が潜水艦に襲いかかる。
衝撃で多数の乗員が倒れる。
乗員が起き上がると船体各所から水が吹き出し始めていた。
「バルブや船体から漏水しています」
「メインタンクブロー、バラストタンク注水アップトリム20、浮上しろおおお。沈むぞ!」
「まさか、アレは魚雷だったのか?そんなばかな!」
そうこうしているうちに僚艦も魚雷攻撃を受けて浮上を始めた。
原子力潜水艦トライアンフ
「こちらソナー室、目標二隻とも浮上しました。」
「よし、攻撃終了。このまま警戒行動にシフトする」
潜水艦メッサライア
「艦長、ディーゼルに入った水をとても取り出せません。曳航してもらわないことには」
「至急救援要請を出せ」
「それが妨害電波が出ているようで通信が繋がりそうにないと」
「なんてこと!どうすれば・・・・・・」
艦長は冒険しすぎたと後悔したが追い打ちが来る。
「前方に駆逐艦と思わしき艦影を確認。高速で接近中」
「えぇ!?」
ニャムス級には砲がないので反撃できない。
少なくとも近づかせないようにする術がない。
艦長は完全に諦めた様子で報告や指示の仰ぎにも適当に答えるようなった。
こうしてミャウシア海軍潜水艦メッサライアと僚艦テュイの乗員はミャウシア軍捕虜第一号の不名誉な称号を獲得した。