市街戦3(挿絵あり)
ミャウシア南部ニャパス市旧市街地区
ミャウシア解放軍地上部隊は上陸作戦の第一目標である港湾都市の奪取を完了しつつあった。
クーデター軍守備隊の占領区域は既に市街の20%の区画にまで追いやられていた。
だが大都市の市街戦でよく起こるのが敗色が濃くなると劣勢側が戦力を旧市街のような未開発で入りくんだ地区に集結させ籠城するという戦術である。
案の定ここでも同じ事案が発生する。
解放軍の狙撃兵が壁に空いた直径30cm程度の穴からスコープのついたボルトアクションの小銃で外に狙いを定める。そしてスコープ越しの相手に的を絞ると渾身の一撃を放つ。
タアアアン!
100m離れた建物の崩れた壁の隙間から特に狙いを定めずに迂闊に制圧射撃をしていたクーデター軍兵士の眉間に穴が空き頭蓋骨の後ろから血しぶきが出て倒れる。
市街戦では以外にもスナイパーが猛威を振るうことがある。
ほんの小さな隙間から攻撃を繰り出す市街戦では精密射撃は出会い頭の戦闘と同じくらい有効なのだ。
その頃、ナナオウギたちは1ブロック挟んだ前線と思われる区画にいた。
思われるという表現は変だが市街戦では野外戦と違い明確な前線がなく常に陣形が部隊の移動でコロコロ変わることからそう表現するのが妥当だからである。
「隊長、前方に敵兵の姿が見えます!様子が変です!」
「撃ち方用意!」
ミーガルナが機関銃を2脚で固定し前方の曲がり路地から現れた敵兵に照準を合わせる。
引き金に指をあて即射撃可能な体制を取るが照準器越しに相手の兵士たちが白い布を持っていたことで撃つのを待つ。
「撃つな!投降する!」
ナナオウギがFA-MAS小銃を構えて敵兵に怒鳴る。
「両手を頭の上に当てて一人ずつ来い!」
命令通り兵士たちが投降するとそのまま後方へ連行されていく。
だがそれは異様光景でもあった。
なんせ投降してきたのは自分たちの3倍、1個中隊に匹敵する数だったからだ。
クーデター軍の兵士は全員がタルル将軍の派閥の兵士ではないので全体として見れば士気はかなり低下気味であり、逃亡や命令無視の降伏が相次いでいた。
現実の戦闘では士気は戦闘に非常に大きく影響するのはいろんな戦争見られることだ。
その最たる例が中東におけるイスラム国によるモスル侵攻である。
ピックアップトラックを200台も持たない数百人のイスラム国部隊がM1A1エイブラムス戦車やT-72Mを百両以上、装甲戦闘車両数百両装備する2個歩兵師団、約4万の兵力のイラク陸軍モスル守備隊をわずか4日で粉砕したことだってあるのだ。
同時にクーデター軍の兵士たちが投降したのを見てその区画に隠れていた住民が戦闘が収束したと思い込み一斉に出て来て避難しようとする。
おかげで路地から通りまで大混雑となる。
ここでナナオウギは初めてまともに見るミャウシア人住民の姿に目がいく。
男女の人口比が3:7の猫耳の亜人のミャウシア人の服装はスカートとかドレス風とかなのかと思っていたのと全然違った。
スカートを履いている人は0だった。
そんな中、大渋滞になり戦闘態勢に不備が生じてしまっているが、ナナオウギはミーガルナに質問してしまう。
「ミーガルナ、ミャウシア人って素足を晒す服って着ないの?」
「え?...昼間に晒したら火傷しませんか?」
「?」
ナナオウギはミーガルナの返答をイマイチ理解できていなかった。
だがフニャンと前話したことを思い出す。
彼女たちの世界の主星の光は強烈だという話だった。
F型星なので紫外線がG型星の太陽の倍以上強く自ずと素肌を晒さないのだ。
全身をゆったり覆う服やポンチョ姿、国民服のような作業服が多いのも納得がいく。
「にゃああああ!」
「!」
突然ナナオウギに子供が抱きつく。
子供だとわかるくらい小さかった。
「お、おいおい、ボク?」
ナナオウギは少年にどうしたのか尋ねるもにゃああと大泣きしていて話しにならない。
「お母さんとお父さんはどうしたんだい?」
「にゃああ!」
話が聞ける状態ではなかった。
「誰か!この子を知っている人いませんか?」
大声で逃げる住民に聞くが誰も反応しない。
「ほら、こっち、あたしの方に来な。よしよし」
そこへミーガルナは機関銃を背負い、ナナオウギに抱きつく少年を剥がして抱っこする。
ちなみにミーガルナの出身部族ニャーガ族は虎猫な部族なせいか、力持ちで体重30kgのミーガルナは機関銃、弾薬6kg、装備5kg、少年15kg持っていても平気そうだった。
その様子を見ていたナナオウギはちょっと申し訳無さそうにミーガルナに言った。
「ミーガルナ、悪いけどその子を誰でもいいから逃げる住民に預けてくれ」
「でも逃げてる連中、誰も相手しなかったんですよ。脅して預けてもすぐ放置されますよ?」
「そうなんだけど子供は連れていけない」
「でも...」
タタタタタン、タン、タン、タンタタタン!
いきなり銃撃が始まる。
クーデター軍の部隊が自軍部隊の降伏で空白になった前線を穴埋めするために送り込んできた増援の攻撃が始めたのだ。
一般市民の対応で後手に回ってしまったナナオウギたちは急いで物影に隠れる。
だがここでミーガルナが抱っこしていた子供をおろしたところ、子供が怖がって勝手な方向へ走り出す。
ミーガルナは子供を追いかけて撃たれやすいポイントに出てしまった。
「おい、やめろ!」
ナナオウギの怒鳴り声が全く頭に入らないミーガルナはまずいと本能的わかっていたが子供を捕まえると抱きしめコンクリートブロックの物影に隠れる。
そして集中射撃を受けてしまいバスバス弾が飛んできて石材の破片や粉を浴びる。
元々突出しがちだったナナオウギの部隊は敵の新手に側面からどんどん攻め立てられる事態に陥る。
後退すべきところだがミーガルナはコンクリートブロックの僅かな死角に丸まって隠れていて動ける余裕はない。
そして自分たちが後退すれば死角は敵の手に落ちて終わりだったため意地でも自分たちが立てこもっている建物は維持しなければならない。
「聞こえるか?こちら第2小隊、敵の猛攻を受けまったく動けない。応援を頼む。丁字路から1ブロック先の路地だ」
「こちら第3小隊、了解した。敵の側面へ回り込む」
「こちら第2中隊本部、迫撃砲陣地を設営した。第1小隊、砲撃支援を行うので座標を指定しろ」
「こちら第一小隊、あー、目標座標、02415527、高度28。目標、敵射撃陣地」
「迫撃砲中隊、了解。目標座標、02415527、高度28。目標、敵射撃陣地、観目方位角3221、正面120、縦深20」
迫撃砲撃陣地では地球人の部隊の指示に従い猫耳の兵士たちが66mm迫撃砲の砲撃準備を行う。
ハンドルをくるくる回してミル調整や水準器の調整を行っていく。
そして砲撃準備が完了したところで片手で持てる大きさの砲弾を迫撃砲の筒の上に持っていく。
「撃ち方始め!」
装填手が砲弾を筒に落とし、自身の頭を砲口から遠ざける。
ズドンチャキン!
ズドンチャキン!
ズドンチャキン!
そこそこの金属音の混じった爆音が非常に短い間隔で轟く。
数秒以上立って撃ちあがった砲弾が敵のいる建物や物影の頭上に落ちてくる。
ズドン!
ズドン!
ズドン!
敵のいる方から爆煙が立ち込め視界が悪くなる。
そして救援部隊の攻撃も加わり敵は堪らず退却を始めた。
ナナオウギは敵がいなくなったのを確認し、ミーガルナのもとに駆け寄る。
ミーガルナはコンクリートの脇で砂埃にまみれ子供を抱いたまま横になっていた。
ナナオウギが来るとあまり姿勢を変えずに目だけが動く。
ナナオウギはしかたなさそうに言う。
「だから子供は連れていけないんだ...」
「...」
ミーガルナは目線を子供に移す。
自分同様砂埃にまみれた子供の頭を猫耳ごと撫でるように埃を払う。
完全に疲れてしまっていたため戦闘中にまさかのお眠りに突入していたようで起きる気配がない。
「....それでも」
「....」
ナナオウギは反論しない。
そのままミーガルナと子供を見たまましばらくして手を差し伸べる。
それを見たミーガルナはちょっとだけ動きを止めたあとすぐにナナオウギの手を掴み背中を起こす。
「わかった」
「ありがとうございます」
「礼は支援してくれた人に言って。俺には必要ない」
「はい」
ミーガルナは子供を抱いたまま立ち上がる。
その後、敵は戦意を失いそんなに時間をかけずに降伏した。
これにより港と大都市の一つを確保したが機雷が掃海のため少し復旧に時間がかかる。
けれど迅速な物資兵員の上陸は可能となった。
ここから大規模な地上軍の展開が始まる。
だが問題はそんなことよりも制空権の確保だった。
ロシア軍側の地対空ミサイルシステムが稼働したことによりNATO軍のF-16戦闘機が1機撃墜されミャウシア領空の絶対的な制空権を失った。