対艦ミサイル2
ロシア海軍 Tu-142対潜哨戒機 通称ベア
冬至開けでかなり薄暗い北極圏の空を大型4発プロペラ機が飛行していた。
機内ではロシア語がかわされる。
「レーダー波を探知、方位191」
「了解」
世界で最も有名な戦略爆撃機の一つであるTu-95爆撃機の対潜哨戒機型であるTu-142が旋回を始めた。
Tu-95シリーズは独特の二重反転ローターをもつターボプロップ機であり、プロペラ機としては世界最大にして圧倒的最速を誇る。
日本の防空圏に進入するロシア軍機の殆どがこのTu-142かTu-95である。
「索敵レーダーの電波強度が上昇した。目標はこちらに気付いてレーダーを集中照射しているものと思われる。解析完了、レーダー波はSPYレーダーのものだ。距離300程度と思われる」
「方位は?」
「方位011」
ロシア海軍 キーロフ級ミサイル巡洋艦スヴェルドロフ
「クラスノピフツェフ中将、哨戒網に例の艦隊がかかりました。予定通りのコースです」
「よし、作戦開始」
「了解」
「どれ、進路を塞いでやるか」
排水量24000トン以上を誇る地球では世界最大級の水上戦闘艦であるキーロフ級が転舵を始めた。
随伴するウダロイ級、スラヴァ級、ソヴレメンヌイ級もそれに合わせて回頭を始める。
アメリカ海軍 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦フォックス
「准将、やはり先程の哨戒機と思われる機影はベアだと思われます」
「当然だ。戦闘態勢を取れ」
「総員、戦闘配置」
「了解。総員、戦闘配置」
海上自衛隊 こんごう型ミサイル護衛艦ちょうかい
「駆逐艦フォレスト・シャーマンが転進します」
「総員、戦闘配置」
「艦長、このままでは実戦もありえます。特措法には集団的自衛権の根拠は示されていません。場合によっては...」
「元々こっちはたまたま居合わせている体だ。ドンパチを終えたら個別的自衛だったと言い張るしかないだろ。やりたいこととできることが矛盾してるのを承知できてるのにその話は今更過ぎるだろう」
「しかし、誰がどう見てもこれは集団戦闘です。もしかしたら司令部から撤退命令が出るかも知れませんし...」
「同盟軍を見捨ててトンズラか、国内では賛否両論で終わるかも知れないが国際的には完全な信頼失墜になる。今の政府ならしらを切れるだろう。それに戦闘になると決まったわけじゃない。そう言う心配は事後に考えよう」
「...了解」
「巡洋艦フォックス、駆逐艦グリッドレイと本艦で艦隊防空を維持する。進路変更」
アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦グリッドレイ
「コンゴウ級ミサイル駆逐艦チョウカイがフォーメーションに付きました」
「すでにP-700の有効射程に入っているであろう状況だがバーチ准将はまだ進路変更指示を出さないのか?このままでは前進観測機に常時捕捉されるぞ。もとより再度ベアに補足されればロシア軍艦隊の独壇場だ」
「本国からの連絡でB-52 2機がフランス軍の基地から離陸したそうです」
「異の痛くなる神経戦が始まったな」
アメリカ軍を中心とするこの艦隊は多数の輸送船や貨物船を中心とする輸送船団だった。
その目的はミャウシア本土上陸を意図した物資集積任務部隊だ。
構成として戦闘事前集積備蓄船隊に所属するボブ・ホープ級車両貨物輸送艦やワトソン級車両貨物輸送艦などの一千両以上を積載できる大型RO-RO船や大型コンテナ船と兵站事前集積部隊に所属するライト級航空兵站支援艦やルイス・アンド・クラーク級貨物弾薬補給艦、民間船などからなっている。
だがこれは作戦実施までに取り揃えなければならない250万トンの物資と4万両の車両の山のほんの一部であった。
そんな膨大な物資を惑星の裏まで運ばなければならないが、救いなのは民間の貨物船の大部分がこの世界に転移して以降概ね無職状態で軍事徴用は収入に繋がるのでむしろ大歓迎だったことだった。
ある意味戦争特需である。
今後の経済情勢で戦争特需は思わぬ効果を発揮するがそれは後日のことである。
また、海上自衛隊がこの軍事行動に協力しているが、これは転移して以降左派政権誕生で鎖国状態に陥った日本からは想像できないほど積極行動だった。
それは北半球で起こっているミャウシア戦役とでもいえる事態と並行して日本を巻き込んで南半球で起こっていた数々の事変や騒乱で日本のマインドが大きく変化していたことが関係していた。
そんな中、ロシア海軍 キーロフ級ミサイル巡洋艦スヴェルドロフから無線が入る。
「インドの北、北緯22度付近を航行中の艦船に告ぐ。こちらはロシア連邦海軍である。現在、そこから北の海域で我が軍が演習を行っている。演習海域は広大なため危険につき、ただちに進路を方位180へ変更せよ」
それを聞いた戦隊旗艦の巡洋艦フォックス艦内では反転しろだぁなどの声が漏れる。
当然ながら抗議の無線を入れる。
「こちらアメリカ合衆国海軍巡洋艦フォックスだ。そちらの演習に対し抗議する。我々は演習についての事前通告はなされていない。また演習区域は各国政府で後日開催予定の国際会議で将来国際的な海上交通路に指定することを念頭に置いた海域である。よって貴軍の演習は国際的に不適当であると言わざる負えない。即刻演習の中止を要請する」
「アメリカ合衆国海軍に告ぐ。こちらはロシア連邦海軍巡洋艦スヴェルドロフ。貴軍の主張は甚だ内政干渉であり、非常事態が続く国際情勢に鑑みても国際的な取り決めがまだなされていないことを持ち出して要求は受け入れることは出来ない。またこちらもアメリカ海軍がこの日時にこの海域を航行することを事前通告されていない。よって貴軍の主張は認められない。我々はこのままこの海域で演習を続ける。それでも進路を変更しない場合、誤射の可能性を否定できない。再考を求める」
巡洋艦スヴェルドロフの艦橋からロシア海軍中将が無線のやり取りを聞きながら満足そうに海を眺めている。
一方の巡洋艦フォックスでは重くるしい空気が漂う。
「そろそろ進路を変更しないとまずいですよ。すでにP-700の射程圏内であると考えればあまりうかうかしていられません」
「たしかにそうだが...」
P-700とはソビエト連邦が開発した超長距離艦対艦ミサイルである。
世界最大級のマンモス対艦ミサイルで重量は7トン、超音速ミサイルにもかかわらず射程は通常弾頭で500km、核弾頭で700kmもあった。
だが前進観測機からの誘導がなければ射程を活かすことができないシビアな兵器でもある。
高度1万mでも見通し線が300km程度なのを考えればなおさらである。
とはいってもTu-142が徘徊する現状ではその射程圏内に入るのは懸命ではなかった。
もう一つの問題として相手のミサイルが通常弾頭だけなのかということである。
また、こんな事態になったのは一言で言うとインドの非協力にある。
この海域に一番近いまともな地球国家はインドしかなかったが中立を是とする彼らは燃料補給には協力するも航空基地の使用には首を縦に振ってくれなかったため哨戒活動に支障が出ていた。
対潜哨戒機や早期警戒管制機が空中給油でこの海域まで監視には来るが哨戒網は穴だらけと言わざるを得ず現にロシア軍艦隊が哨戒網をくぐり抜けていた。
では空母はというと多数往来する輸送船団に全て空母を随伴させるのは不可能であり、稼働戦力もミャウシア方面に投入した1隻のみという寒い状態だった。
その後司令部からの連絡で船団は一時後退し、NATO軍航空部隊はロシア軍艦隊の追い出しにかかる。
当該空域にB-52H 2機とE-3 1機が到達した。
いわゆる対艦ミサイルキャリアー部隊であり、ハードポイントに12発のハープーンを搭載していた。
アメリカ政府はロシア政府に対し、本格的な対艦部隊を配備したこと、実力行使もありうることを通告する。
B-52はS-300F フォールト艦対空ミサイルの射程圏外から悠然とロシア軍艦隊のレーダーサイトに映り込むように飛行する。
威嚇に対し威嚇で対するのは事態をエスカレートさせるかもしれないが当事者同士がある程度目的意識を持ってやっている場合は沈静化に向かうことも多い。
ここでロシア軍艦隊は転進を始め、海域からの撤収行動が見られ始めた。
アメリカ側はロシア側が折れたものと見て、これを受けた輸送船団は北進を再開する。
事態は収束するかに思われた。
だが航空部隊が下がると同時に輸送船団にあるものが接近を試みていた。
ロシア空軍 Tu-22M3爆撃機
「間もなくKh-32に発射位置に到達する。安全装置解除」
2機のTu-22M3の弾倉部にはめり込むように取り付けられたKh-32が搭載されたいた。
Kh-32はKh-22シリーズの型式の一つでP-700のような超大型の対艦ミサイルで射程400kmで最大の特徴はマッハ4.6を叩き出す超超音速ミサイルであることだった。
いつものロシア脅威のメカニズムである。
「諸元入力、ミサイル発射」
「発射」
2発のKh-32が発射された。
Kh-32は発射されると加速上昇を始めた。
高度27000mに到達すると水平飛行に移る。
空は真っ暗な宇宙の様相を呈し、水平線が青く輝いていた。
目標は輸送船団である。
ミサイル護衛艦ちょうかいのCIC
「ミサイルと思わしき飛翔体を探知。距離300、高度27000。Kh-22と思われます!」
「迎撃用意!」
「対空戦闘用意!」
ちょうかいではミサイルの迎撃体制がとられた。
データリンクで巡洋艦フォックスと駆逐艦グリッドレイとで攻撃目標の自動選別が行われる。
一方Kh-32は降下体勢に入る。
この降下でKh-22系対艦ミサイルはマッハ4.6に到達するのだ。
「えー、高度24000...」
「トラックナンバー62、リコメンドファイア。発射用意、撃て!」
VLSからSM-2MR スタンダード2ミサイルが4発発射された。
「コメンスファイア!」
ちょうかいCICで射撃管制の声が轟く中、巡洋艦フォックスと駆逐艦グリッドレイからも4発づつミサイルが発射されぐんぐん高度を上げていく。
「インターセプト5秒前、マークインターセプト...第2目標キル」
1発につき6発で迎撃したものの1発破壊に成功しただけでもう一方は全弾外れた。
超音速ミサイル迎撃の難しさがを物語る。
主砲とCIWSに出番はなさそうである。
なぜなら当たるはずないとわかっていたからだった。
護衛艦隊は第2斉射を始める。
6発の迎撃ミサイルが上昇しKh-32にインターセプトするが1発、また1発と近接信管動作範囲外をKh-32すり抜け降下していく。
加速度が足りなかったせいか、また全弾外れたのである。
マッハ4のミサイルはあっという間に艦隊から20km地点に迫ってきた。
「撃てえ!」
CICでは焦りとも取れるほど語気が強くなる。
時間的に第3斉射が最後の迎撃になる。
SM-2MRが再度VLSから撃ち出されKh-32へ向かっていく。
皆が固唾を飲む中、射撃指揮所で声が出る。
「ナンバー64キル!」
Kh-32は4km地点で破壊されたのだった。
「破壊閃光確認!」
艦橋の士官達が報告を行う。
戦闘が終了した後日、海域を抜けた船団は欧州に到達した。
NATO側は激しい抗議を行い一触即発とまではいかないが関係は第3次世界大戦時のときのような険悪さに戻ってしまっていた。
しかしロシアはあくまでも演習弾の射撃地点に侵入した輸送船団が悪いとの一点張りでしらを切り平行線を辿る。
そこでアメリカはある皮算用のもとインドにある条件を提示し航空基地の使用を認めさせた。
また今回の反省から以降はできる限りワスプ級を随伴させたりインターセプター用のF-16を配備し、ロシア軍長距離爆撃部隊を近づけさせないように努めた。
またこのシーレーンはロシアなどの脅威が深刻であるとして代替ルートの”建設”を加速させることにした。
しかしそれも解決すべき”別の紛争”を抱えているだけに道は長かった。
そして海上自衛隊の一部は欧州に到達し、活動準備を始める。
Tu-22とKh-22のLOMAC動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm13442329