異世界について(地図あり)
世の中は眩しい光に包まれてから様々な異変が起き、大混乱に陥った。
第三次世界大戦が勃発し、飛んできた核の閃光に包まれたのだと誰しもが思った。
しかし、光が収まるとそこは地球とは全く違う世界が広がっていた。
人々は見知らぬ土地に立っていたのだ。
まるでSFのような出来事に人々は理解が追いつかなかった。
そこには街があり、家があり、商店や工場もある。
見慣れた街が見知らぬ街に様変わりし、市民はパニック状態に陥った。
街中はさまよう人だかりであふれる。
しばらくして人々は自分達の周りに見覚えのある建物、顔見知りやご近所さんが存在すること気付き、だんだんと状況を理解し始めた。
建物や住民はそのままに街のレイアウトが一変しているのだ。
誰もがこんな破天荒な事態があってたまるかと言いたげな顔をした。
初めに落ち着きを取り戻し始めたのは治安維持機関などであり、特に軍などが広い領域の調査、警察や消防が詳細の調査にでる。
調査によって自分達が転移したこの見知らぬ土地に存在する住民や建築物がほぼ地球由来ものであり、地形や配置が変化しているだけであることが再確認された。
そしてライフラインも同様であり、元の世界にあった従来の設備が転移した世界の地形の合わせて敷設され、ある程度最整備すれば問題なく動かせることが判明した。
たがそれだけで物流やインフラ、人流、情報網を完全停止させ、混乱を極める状況を作り出すのに十分であることには変わりない。
数日かけて各行政組織は情報交換を行えるまでに事態の把握が進む。
やがて居残った政府関係者を中心に失われた政府を継承する行政機関が発足し、軍や沿岸警備隊、通信局からの寄せられた情報が集約される。
その内容はあまりにも突拍子がなく残酷なものだった。
それはここが地球とは全く異なる世界であること、この異変に巻き込まれたのが地球のすべてではないという情報だった。
具体的に言うと地球に存在したすべての住民や物がこの世界に転移したわけではないということだ。
例えば日本人がいる未知の島と周辺の群島の人口は推定4000万人前後であり、行政組織、インフラや物資、建築物の規模も転移前と転移後の人口比に応じたものに近い規模でこの世界に転移していた。
つまり日本の2/3の市民と資産がこの世界には共に現れず一切が断絶したという目を疑いたくなるような事実である。
世界中がこの事実に頭を抱えた。
もし今の混乱が収まったとしてもまた新たな混乱が生まれるであろうことが簡単に予想できる。
家族は?親戚は?友人は?同僚は?
家族や親戚、隣人が一塊に転移する事例が多いことが判明してはいるらしいが、中には断絶した事例は山ほどあるだろう。
精神的なダメージは計り知れない。
権利は?所有権は?代表は?不在者の変わりは?
争いの種には事欠かないだろう。
財産は?投資は?経済は?全て不渡りか?
恐らくかなりの割合の証券が有名無実化して吹き飛んだだろう。
中には事実確認困難なものも山ほどあり、資金繰りに関してはほとんどゼロベースで考える必要があった。
今あるのは共に転移した財産や資産だけだである。
だが、今は目の前の混乱を収拾することが先決だったし、でなければ先が全く見えてこない。
そこで各国で以下の類似した通達がでた。
○自身が所属、勤めていた団体、企業があると判断できる場合、その団体、企業に出頭、出勤して混乱した状況を復旧すること。
○所属不明の土地、建築物、物資は行政や警察、軍などの治安部隊が所有・監視し、所有者が判明、決まり次第迅速に返却すること。
○様々な権利や資産、財産の所有権の再確認と権利者の決定を迅速に行い、市民の財産の復元に努めること。
その他にも様々な処理がこの通達には含まれている。
人々は異世界に取り残されたともいうべき状況に流されながらも自分には何があって何ができるかを模索し始める。
土地勘を失いながらも残された財産で事業を再継続する人。
自身が勤めていた企業が残された資産と社員によって再発足し、そこへ勤め直す人。
全く面識がない者同士で新しい事業を立ち上げる人。
そうして前向きに現状と向き合う人は大勢いた。
けれども中には自分探しを始めたり、配給にありついたり、途方に暮れながらも仕事の募集に集う人も当然いた。
人々から転移で負った傷が癒えるまでにはまだまだ時間を要する様だ。
それでも今までとは違う世界で今まで通りの当り前だった生活への道筋がほんの少しずつではあるのだが、徐々に見え始める。
<<アメリカ合衆国とされる島のとある宇宙基地施設>>
「最終チェックを行う」
管制官が順々に通信、搭載コンピュータ、バッテリー、燃料などのステータスを点呼するように確認していきすべてのコンディションはオールグリーンだった。
「これより打ち上げシーケンスに入る」
打ち上げ台にはデルタIIロケットが設置され接続したホースから白い煙が立ち込めていた。
「打ち上げ30秒前」
カウントが5を切ったあたりからメインエンジンが点火し煙を吹き始める。
「3、2、1、0。リフトオフ」
デルタロケットは勢い良く上昇を始めた。
成層圏を超え空が真っ暗になり地平線が少しだけ曲線になり始めたあたりで補助ブースターが切り離される。
ロケットはどんどん水平に加速してき第1段ブースターを切り離した。
切り離し後ロケットは第2段ブースターを点火させ更に加速を続けていった。
途中フェアリングが切り離され衛星本体が現れた。
打ち上げから数分後、第2段ブースターの燃焼を終了する。
地上では衛星が予定通りの軌道に投入できたかどうかを確認するため、レーダーサイトを使って追跡が行われ、軌道投入に成功したことが確かめられた。
ブースターにはまだ燃料が残っており今後数日かけて軌道調整を行って最終的に切り離された。
衛星の正体は恒星同期準回帰軌道に投入された政府機関に買い取られている商用の地球観測衛星であり、数週間のテストの末惑星表面のスキャニングを開始した。
これらの探査機は当初の重点観測ではなく惑星全域を短時間でスキャンしていく作業を始め、しばらくしてから惑星全域の地図が完成し各国機関に提供され始める。
地球から未知の世界への転移して以降、ここがどんな惑星か未だにはっきりしたことは誰にもわかってはいなかった。
段階的ではあるが惑星の質量や直径、自分たちのいる地域の緯度が判明していた。
これは多少の観測を行えば割り出すのは難しいことではない。
どうやらこの星は地球より4%重いが基本的には地球に限りなく類似する天体だったようだ。
そこで時間をかけながらも衛星を打ち上げる機材、施設、それらに携わってきた技術者を確保できている国々が可能な限りの衛星打ち上げを行い始めた。
だが実行できた国はもちろんアメリカ、中国、ロシアなどの宇宙開発で先行する三大国だった。
そこは順当と言わざるを得ない。
ただ異世界への転移という未曽有の災害によってロケット産業も壊滅的打撃を受けており、やっとの思いで在庫や製造中の大型ロケットや大型衛星を各機関の協力の元で突貫で完成させて打ち上げにこぎつけていた。
先ほどの打ち上げも異世界に一緒に転移したケープカナベラル基地の一部とみられる施設を使えるように再整備し、転移から居残っている関係者、事業者を元に縮小再編・再結成された宇宙局や宇宙開発関連企業によって実現されている。
そして経済はほとんど停止状態である。
つまり地球にいた頃の今まで通りには宇宙開発は行えない。
そのため打ち上げられる衛星を選抜して短期間に打ち上げを実行、その後は打ち上げる大型衛星も大型ロケットも作り出せなかった。
よって重要な地球観測衛星や静止通信衛星や偵察衛星を少数打ち上げた後、宇宙基地は長期にわたり閉鎖に近い形で保存された。
一方で製造のコストと難易度がずっと低い小型衛星は民間の小型ロケットによって断続的に打ち上げられた。
これらは大型衛星に比べて性能は相応に低いがその代わり必要十分な性能の衛星を全くと言っていいほど金がない中でも揃えることができたため、様々な分野で大型衛星を上回る貢献を果たすこととなる。
<<異世界に転移した天文台>>
口径10mを誇るカナリア大望遠鏡を含めた複数の望遠鏡を擁するロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台が共に異世界に転移していたようだ。
付近には天文台の電力確保や設備資材を集めて復旧にあたった作業員が在中する仮の作業所が立てられていた。
天文台の近くの観測所では、複数人の学者が復旧させた望遠鏡を使ってファーストライトとばかりに撮影されたばかりの写真をPCで閲覧しながら調査を行っている。
「これがサーベイで確認された最後の惑星候補天体です。光度と天球上の移動速度とから考えて第12番惑星と仮定。推定される距離は中央値が33AUです」
「分光解析の結果が出ました。典型的な天王星型惑星の可能性が高いですね」
「12個も惑星があるのか。太陽系とはえらい違いだ。これなら論文には事欠かないね」
学者たちの雰囲気が和み、笑いが漏れる。
「そういえば大マゼラン銀河までの距離が出ましたね」
「ええ、何でも13万光年だとか」
「この星はバルジと腕の配置からたて・ケンタウルス腕上辺りにあると仮定した場合、地球からざっくり3万光年は離れていると」
「その場合、どの道地球からは分厚い銀河面でほぼ見えないでしょうね」
「ああ赤外光で見えるかも怪しいな」
「見えてもあの密集度じゃG型星の太陽なんて埋もれて区別なんてできないですよ」
「見えたとしても助けには来れないですがね」
どうやらこの星系は同じ銀河系内にあるらしい。
3万光年はメートル直すと28京4000兆kmである。
宇宙船を送ったとしても到達するのに約1億年かかる距離だ。
「まあ位置関係だけでもわかったんだからいいじゃないか」
そんな天文に関する考察にふけり、現状を悲観することは避けているようだった。
○現時点で判明している天文要素
主星は0.9太陽質量のKスペクトルのK型主系列星
召喚された惑星は第6惑星で地球とほぼ同じ大きさの惑星2つからなる二重惑星であり内惑星4個と外惑星6個からなる計12個の惑星系に所属する
惑星は自転周期が22.8地球時間で公転周期が246地球日に相当する
これらのデータは数カ月集めた観測データを元に導き出され太陽系とは全く異なる姿の惑星系に人々は驚嘆した。
特に自転周期が22時間50分であることは一般人にもその違いがはっきり体感できた。
始めのうちは体調不良になる人が続出したが、なれると意外にそうでもなかったのは幸いだった。
まだ時間に関する取り決めはされていないがいずれ改定しないといけないのは明白だ。
それからも様々なことが観測や調査によって明らかとなるがそれはまたいずれかの機会で重要となった。
<<アメリカの情報機関>>
軍関係者や職員たちが資料の作成に追われていた。
ある職員は作られたばかりの衛星写真と航空写真の折衷地図上にマークを付け、全くの前人未踏の地域に何があるのか一つ一つプロットして明らかにしていた。
またある職員は人物や物体が写っている写真を資料に添付し、それについての報告書を書いてまとめていた。
現場が吸い上げた情報を暫定連邦政府などの上層組織が受け取って判断できるように集約しているのだ。
外界についてはある程度の時が経ってから軍を中心に調査が行われ始めた。
それ以前にも第三次世界大戦の勃発にあたって戦域に展開していた海軍・海兵部隊が転移直後に地球由来の生き物が全く存在しない地域に上陸した事例があったらしい。
その際にヒトではない地球外知的生命体ともいうべき存在と遭遇し、今現在ではさらに多くの勢力と関りを持ち始めている。
更にヨーロッパが転移した地域の周辺には地球外生命体の強大な軍事大国が確認にされているらしく、つい最近にその国家が軍事力をもってヨーロッパに接近。
NATOとの間で武力衝突へと発展してしまったようであり、現在進行形で駐留軍や暫定連邦政府が対処に追われていた。
<<この世界について>>
これらの事態の中心にいる地球外知的生命体とは単語だけ聞けばSF小説に出てくるグレイ型宇宙人や寄生エイリアンを想像してしまうだろうがそんなおぞましい姿をしてはまずいなかった。
人々は彼らと関わるにつれ、彼らのことを総称してこう呼ぶようになった。
”亜人”と。
彼らはヒトに近い姿をしてはいるが獣のような耳や尻尾を生やし、中にはそれ以上に獣の特徴を体に備えた種族さえいた。
逆にヒトに極めて近い姿をしているがそれでもヒトとは明らかに違う特徴を持つ種族もいて、中には科学的に考えても驚異的な特徴を持っている種族さえいる。
しかもこの世界は地球人以外はそうした亜人だけしかいないかと言えばそうではない。
地球出身者ではないヒトもこの世界に大勢暮らしているようだ。
そして地球出身者を含めたこの星に存在する全ての知的生物には例外のない、ある一つの共通点があった。
それは誰もが飲まれるように眩い光に包まれ、故郷の世界からこの見知らぬこの星に連れて来られたという事実。
そう、地球の住民だけでなく全く違う世界の住民たちさえもがあの事件に遭遇し、この異世界に強制移住させられたのだ。
一体何のために?
なぜ異なる世界からなのか?
この世界は一体何なのか?
そんな理不尽な難題と現状を人々に残して転移事件は過ぎ去った。
それでも人はこの世界で生きていかなければならない。
これはそんな不安定で混沌とした異世界を駆け抜ける人々の物語だった。