海峡へ
前話また少し書き換えました。
すいません。
<<バクーン沿岸>>
チェイナリンは護衛の兵士たちに付き添われて木製の桟橋を渡っていた。
軍の施設というわけではなくどちらかというと民間船が使うものでその先には小さな潜水艇が接岸していた。
これはバクーン軍の特殊潜航艇だった。
見た目は第二次世界大戦の日本海軍の海龍 潜水艇に似ていたが違いはふた回り大きいことだ。
そしてバクーン軍の技術の要である高性能電池によって速力20ノットという破格のスピードでの航行を可能にしていた。
チェイナリンは太子の指揮下にあるこの潜水艇で艦隊に合流すべく乗艦する。
その頃、ロサンゼルス級潜水艦モントピリアやリュビ級潜水艦テュクワーズから送られてきた報告にNATO軍側は慌てていた。
その報告はすぐさま連合艦隊に伝わる。
それを聞いた連合艦隊側は更に慌ててしまうが、まずバクーン軍の艦隊と潜水艦の射程から退避しようと考える。
その動きを見たバクーン側はバレたかも知れないと思い始めるが、しばらくすると艦隊はまた進路を海峡に戻す。
バクーン側の疑念はある程度払拭される。
<<ミャウシア艦隊旗艦ニャンダルナ>>
それと前後してチェイナリンを乗せた潜水艇がミャウシア軍艦隊旗艦の後方に近づいて艦橋を海面から出す。
それを発見した旗艦はすぐに臨戦態勢とばかりに副砲を指向するがその艦橋ハッチからチェイナリンが姿を表したことで皆が驚く。
旗艦は速力を落とし始めラットラインズのロープを垂らし始めるがそれと同時にチェイナリンは潜航艇の乗員に無理を言って、もう接触するんじゃないかと言うぐらい近づく。
6万トンのソミューニャ級戦艦の作る海水の乱流は100トン程度の潜航艇をとてつもないほど揺らすがそんなのもお構いなしにチェイナリンは艦橋の上に体を出すと、まるで猫がジャンプの用意をするように体を丸める。
次の瞬間チェイナリンは艦橋のハッチの後ろ側から足を蹴ってハッチの手前のカバーに手足をかけて勢いを稼ぎ更にそこから丸まった体を一気に伸ばしてジャンプする。
そのジャンプは驚異的でなんと並行で5m、水平下の落下中の飛距離も入れれば7mもの跳躍を達成した上でラットラインズのロープに掴まる。
その姿まさにネコ科動物のジャンプそのものだった。
それを見たミャウシア水兵はそのジャンプ距離に「やるうう」といった具合に驚きはしなかったが抜群の運動センスは褒めていた。
一方潜航艇のガラス板からそれを見ていたバクーン兵はその驚愕のジャンプを唖然としていた。
チェイナリンは時間を節約するためにジャンプし更にロープを急いで登ると旗艦の艦橋へ水平たちと共に走っていく。
懐には機雷の配置図があった。
<<ニャンダルナ艦橋>>
「くそお、だまし討か!」
「これでは...」
艦橋ではニャマルカム大将と参謀のベニャ中将が困惑していた。
そこへチェイナリンがハッチから出てきたのに二人は驚く。
「フニャン中佐...」
参謀長はそう言って続ける。
「事態を把握していますか?」
「ええ、その件でバクーン軍高官と取引をしました。これが機雷の配置図です」
参謀は手渡された機雷の配置図を見て困惑し続ける。
「機雷が敷設されてない水路は幅が2kmしかない...しかも要塞の手前...」
「そこへ進路を取ってもらえますか?できれば商船や輸送艦に駆逐艦や軽巡洋艦を護衛に付ける形で全速前進で侵入したいと思います。まず前衛にフリゲート戦隊を集めて対潜陣形を組ませてください。潜水艦の魚雷攻撃を封殺後に船団を侵入させ殿はソミューニャ級戦艦とウーラ級重巡洋艦、グレースランド軍のホープ級戦艦とブレフェスト級重巡洋艦で固めたいと思います」
「待ってください!グレースランド軍の指揮権など...」
「王女から作戦の主導権の一任を受けてます」
「まさか、で、でも、そもそもこれがバクーン軍から得た情報なら欺瞞の可能性が...」
参謀に続くように大将もチェイナリンに質問する。
「取引と言ったかね?内容は?」
「海峡に配置された陸軍部隊の攻撃を止めさせる代わりに取引相手であるバクーン太子を政治的、軍事的に支援することです」
「ほう、だが参謀が懸念するようにこれが我々を誘い込むための嘘だったらどうするんだね?我々は海の藻屑となるだろう。今までのこともある。本当にそれを信用するのかね?」
「...」
そこが最大の問題だった。
ホメイニオ太子はニー参謀総長によく似た雰囲気の底が読めない人物だった。
正直なところ信じるにはあまりに怪しい人だ。
だがチェイナリンはそれでもとばかりに言う。
「確かに普通に考えればそこに行き着くと思います。でも私は...太子を信じます。そう信じることが、私達が目指す世界、目指す国を形作る第一歩だと思うから。だから、まずは信じてあげたい。それが平和への第一条件でもあるはずです...」
「中佐...」
参謀は唖然とするが失望はしていなかった。
大将はチェイナリンに確認と取る。
「私は君が間違ったことをしているとは思わない。だからもう一度聞こう。後悔はしないかい?」
「しません」
「...わかった。参謀長、今思い描いてる内容で構わない。各戦隊に伝達してくれ」
「...わかりました」
参謀長はチェイナリンを見るとほんの少し微笑んでみせた。
「ルーニャン大佐、至急各艦隊司令官に伝達しろ...」
そして部下を集めてその場を立ち去る。
「彼女を信じてあげたように君のことも信じるよ」
大将はチェイナリンにそう言う。
参謀長はタルル将軍の出身部族ニャーガ族である。
その地位に留まれたのはやはり大将が参謀長を信じてかばってくれたからだった。
チェイナリンも大将にほんの少し微笑み返す。
艦隊は海峡へ動き出した。
<<バクーン軍艦隊旗艦>>
「どういうことだ!前衛に対潜部隊が出てきたぞ!」
ミャウシア海軍の対潜部隊は装備が充実しているのでバクーン海軍の高性能潜水艦でも苦戦必至だ。
おかげで南岸に控えていた潜水戦隊の魚雷攻撃が無力化されてしまった。
しかも今度は商船船団を駆逐艦と軽巡洋艦で固め、殿に戦艦と巡洋艦が自分たちを威嚇するように立ちはだかる。
指揮官はこちらの罠とセーフゾーンの存在が敵にバレたと悟る。
「やむを得ん。撃て撃て!圧倒しろ!」
バクーン軍艦隊が発砲を始め、砲撃戦になる。
船速を商船に合わせているため低速で命中弾が出るが数で勝る連合側の砲弾の雨もバクーン軍艦隊には応えた。
「十分引き付けたな。要塞砲の餌食になってしまえ...」
バクーン艦隊は切り札の動きを待つ。
だが、ここで信じられない光景が目に飛び込む。
海峡に突入した船団に要塞が一向に攻撃を始めなかったのだ。
「な、何だと!?」
艦隊司令官は唖然とする。
まさかの事態だった、ありえない事態だった。
太子は約束を守った。
となれば今度チェイナリンが約束を守る番である。
そのためにはこの海峡を最小の被害で切り抜けるのが最初の仕事である。
<<ソミューニャ級戦艦ニャンダルナ>>
チェイナリンは旗艦の艦橋で自艦の三連装396mm砲の巨大な爆炎を伴う砲撃と自艦の脇から発生する水柱の衝撃を体感しながら立ち続ける。
そこへバクーン軍戦艦の35cm砲の榴弾が第2砲基の上に直撃し、爆発の衝撃と破片で艦橋の窓が割れる。
幾人か負傷し、チェイナリンも破片で頭から出血するが軽く拭いて何事もなかったかのように振る舞う。
チェイナリンは重要人物なだけに陣頭に立つのはまずいことだがそれ自体をチェイナリンは自分に課していた。
たぶんそれはチェイナリンがれっきとした軍人だったこともあるが、そうしなければいけないという責任感もあった。
その姿は地球人とは大きく異なるがヴァルキュリアなどの戦姫神に例えてもいいような凛々しさがあった。
戦いは続く。