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アルカディアンズ 〜とある世界の転移戦記譚〜  作者: タピオカパン
猫の国の動乱
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取引


<<バクーンの沖合>>


バクーン軍艦隊が混成艦隊を抜けて先に海峡北側の湾へ入ると微速航行を始める。

その行動を不審に思う者もいたがそれだけでは何を考えているのかを推測するには判断材料が乏しかったため、ミャウシア軍艦隊やグレースランド軍艦隊は予定通りのコースを取る。


その頃、バクーン陸軍本土防衛軍(総軍)司令部、第3軍司令部が設置されている第11師団司令部から5kmほど離れた陸軍飛行場にC-2グレイハウンド輸送機が着陸する。

これは空母で運用される艦上輸送機というアメリカならでわの特殊なカテゴリーの輸送機だ。


駐機場に多数の航空機が駐機されており、その手前に陸軍高官の集団が集まっていた。

C-2はその集団の近くまで移動すると停止し、中から女性二人と男性一人が現れる。

もちろんチェイナリンと王女、少佐である。


一方の集団の先頭にバクーン特使に着いていた陸軍大将、ホメイニオ太子がいた。

彼は本土防衛のために編成された本土防衛軍40万人の司令官でもあった。


「お待ちしてました。お時間を取らせて頂いてありがとうございます」


「重要なお話があるということで伺いましたが、どのような内容なのですか?」


チェイナリンではなく王女が太子に質問する。


「別の場所でお話しますよ」


太子はそう言って飛行場内にある司令官用宿舎にチェイナリン達を案内した。

太子はチェイナリン達だけがその建物に入ると他は誰も入らず護衛の兵士やその他の士官がその周りで待機した。

そして太子は自ら階級や身分的に不釣り合いなお茶淹れを手慣れるようにして3人に淹れたてのお茶を渡す。

チェイナリンや少佐は敬意があるのを感じるが王女は更に別のものを感じる。

それはバクーン王家の雰囲気とのギャップである。

グレースランド王家は英国的な気質があるのでお茶淹れくらいは作法として当然だった。

一方、バクーン王家はどちらかと言えばサウード家に似た権威力が物を言う気質であることを王女はここ最近知った。

それだけに太子が使用人、もしくは兵卒がする雑務を手慣れて熟すこと、自ら率先してやることに違和感を感じたのだ。


「皆さんの世界にこういった飲み物の文化はあるんですか?」


太子が3人に問う。


3人はお互いを見ると互いの文化のことが全くわからないことに今更気づく。

共通の目的で団結している、それだけでも十分かもしれないが、やはり皆異世界からやってきた異邦人なだけに全くの未知だった。

3人は「ある」と答えるが、3人が思い浮かべる茶の姿も認識も全く異なっていた。

そのため太子が淹れる時に使った材料を見て違和感を感じていた3人はもらったお茶にすぐには手を付けなかった。

その様子を太子はお茶のカップを持ったままじっと見ていたが何も言わなかったが何かを感じ取っているようだった。

そして太子は静まった空気の中、切り出した。


「時間も押してしまっているようなので単刀直入に言いますが、我が国は休戦を履行する気はありません。

海峡は多数の機雷と復旧した要塞で守備が固められていて、入り込んだ艦隊に大打撃を与えトドメに魚雷と艦砲の十字砲火を浴びせる予定になっています」


その言葉にチェイナリン達は驚愕の表情を浮かべる。


「まさか、だまし討を!」


「どうして?」


王女と少佐が太子に怒鳴る。

しかしそれを太子は動じない。

そこでチェイナリンが太子に質問する。


「打ち明けたという事は将軍はその意図に乗る気はないということよろしいですか?」


「それはこの密談次第です」


王女と少佐はチェイナリンに任せるべきだと思い、二人を注視する。


「我が国もそちら同様、政治的に重大な局面にあるのです。イデオロギーで戦争ができるのは序盤だけで物量さがあれば途端にジリ貧だ。にもかかわらず国王や父上は我が道を突き進みまくっている。そしてその切り札に中華人民共和国という地球人国家に目をつけたみたいです」


「中華人民共和国だと!」


少佐がまさかとばかりに声を出した。

中国やロシアもこの世界に放り込まれていた。


「同じ世界から来たNATO軍将校のあなたにお伺いしますが、中国はどんな国なのでしょうか?正直、そんなな知識もないんですよ、こちらは。父上達はそこを重要視してませんが」


「そもそも我々は前の世界では世界大戦に発展するほどの敵対関係にある。だから客観的な意見とは思わないが、一言で言えば独裁者にありがちな極端な飴と鞭だ」


「やっぱりそうなりますか。あの擦り寄り具合を見てだろうなとは思っていました。別にそれで利益が出せるなら結構なのですが、デメリットが重いなら話は別です」


みな太子の話に見入る。


「つまり中国の狙いはこうでしょう。もしここで連合軍が大損害を出して最終的にミャウシアのクーデター軍に負けてしまえば、NATOはミャウシア軍と直接対峙しなければならない。そうなればNATOを圧迫できるメリットがある上に我が国は単独ではミャウシアには到底太刀打ちできないので中国の支援に依存しなければならない。そして飴と鞭で権益を独占する。しかも我が国の指導者はポピュリズム上、連合に迎合するリスクを取らない。おそらく対ミャウシア戦略も策定済みでしょうがそこは図りかねます。まさにできた話だ」


「そこまで状況を推察しているなら...」


「しかし私の手駒は少ないのでいかんせん重要な部分を工作するので精一杯だったんです。なので国政のトップを翻意させるのはこの際諦め、別の方策を取るのが今回の本題になります」


少し間が開き、太子がチェイナリンと王女を見る。


「...貴方がたはずいぶん仲がいいのですね。それだけにこちらとしても腹をくくるだけの意義はあるかも知れません。私はバクーン陸軍本土防衛軍の司令官として海峡要塞に配備した4個重砲兵連隊をその指揮下に置いています。そして我が軍が使用することを想定して機雷が設置されていないセーフゾーンの水路も設置してあります。つまり私が重砲兵連隊に攻撃の不許可を出せばそちらの艦隊はそのセーフゾーンの水路で安全に内海へ抜けることは論理的には可能なのです。指揮下の航空隊にも出撃を許可しないこともできます。」


「...でもそれは...」


王女が返す。


「ええ、私のキャリアも王位継承権も地に落ちますよ、当然。それでもです。フニャン陸軍中佐、私は王位継承権第2位とキャリアを担保として全てをあなたに投資しようかと考えているんですよ」


3人の視線がチェイナリンに集まる。

そして少ししてチェイナリンが口を開く。


「対価は何をお求めに?」


「時が来るまでの間、不可能でない限りの範囲で最大限私の手駒として働いてもらうことです。これは信用取引ですよ。私はあなたの本質を高値で信用買いしようと思います。ただ、前金としてまずあなたの本音が聞きたい」


「それはあなたは何を目指し、二律背反する価値にどんな決断を下すかです。あなたの覚悟を示してください。そう、まずは生贄の献上からにしますか。今回の戦いでミャウシア海軍は主戦論者を一掃したと聞きます。そこでその者たちの身柄を引き渡してもらいたいと思います。こちらとしても保身の材料が欲しいので。もし、断るならこの話はなかったことのなる」


チェイナリンは何かを言おうとするがすんでで止まりじっと太子を見る。


こういう場合、執政者達は時として政治的に人を物のように扱って取引することはよくある。

第二次世界大戦レベルの社会に生きるものならその傾向は顕著だ。

それにこの場合はデメリットよりメリットのほうが多かった。

引き渡してそんはない。


けれどチェイナリンはそうは思わない。


「お断りします」


「ほう。ここで取引をおじゃんにしていいと?なぜ?」


「たしかに彼らは戦いをエスカレートさせたという事実はあるけれども、戦いを始めた当初はそれがある程度全体としての合意のもとで行われていた。だから戦争犯罪として処罰するなら海軍の高官、並びにそう仕向けた私も含め皆が負うべきもの。彼らの責任は重いですが全てを負わせるのは責任転嫁にしかならない。彼らはスケープゴートではない。だから私はそれだけをもって彼らを引き渡したりしません、それが私の決断です。」


「...」


「...」


「取引成立です」


チェイナリン達の表情が明るくなる。


「NATO軍の少佐さん、そちらの世界での中国政府の外交政策における負の側面に関する資料が欲しいんですがいいですか?」


「もちろんだ。何に使うんだ?」


「これから父上と王位継承権をかけて熾烈に争いますので求心力で弱みがある分、色々と武器が必要でしてね。その時はよろしく頼みますよ、お二人さん。それと私の方で最大限部隊の動きは抑えるので最大船速で海峡を全船通過させてください。時間との勝負ですので邪魔するやつは残念ですが実力で排除してください。こちらが機雷の配備図です」


太子はチェイナリンと王女を見ながらそう言った。



その頃、NATO軍と欧州各国首脳はホットラインで対応を協議していた。

マゼラン作戦における遠征艦隊には海底ケーブル敷設船も同伴し、ケーブルを敷設していたのでこの時点で通信テストを終えた基地局間で通信が可能となっていた。

海底ケーブルはヨーロッパから日本を経由するルートとそのままアメリカに繋がっているルートがある。

内容が内容なだけに短波やり取りすることがためらわれていたのでさっそくその回線が使用されたのだった。



<<アメリカ政府庁舎 国家安全保障会議室>>


国家安全保障会議室のテーブルの上に写真が置かれていた。

それはこの惑星に来てから史上初めて打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡に似た形のキーホール13 偵察衛星が撮影した衛星写真でもある。

そこには目を覆いたくなる物体が映っていた。

ロシア軍のものと思われる艦船、貨物船がミャウシアの小さな港に停泊している写真だった。


ただでさえありえない、まずい事態であるのは明白なのだが、この時の撮影で偶然映っていたのが埠頭を走る車両である。

一見するとBM-30スメーチ多連装ロケット砲車両にも見えたが、専門家は断言した。


「これはS-400の可能性大です」


S-400 トリウームフ 超長距離地対空ミサイルシステム

西側諸国にとって最も厄介な通常兵器の名が上がる。

このミサイルの防空網は絶大な脅威であり、いくら欧米の最先端の航空戦力と言えども下手な防空網へのアクセスは無謀と言わざるを得ない代物である。


元下院議長の大統領は頭を抱える。

いくら惑星の反対側の出来事とはいえこのまま放置すれば最悪の結果を招くことは容易に想像できた。


長期的で最も深刻な脅威はロシアとミャウシアクーデター政権の同盟的流れである。

現時点でどのように繋がっているか全く不明ながら仮に手を結べばロシア軍がミャウシアクーデター軍に近代兵器を供与し始めるようになるだろう。

そうなればミャウシア蜂起軍の勝ち目は絶望的になってしまう。

AK-74Mを持った相手にボルトアクションライフルではが立つはずないのだ。


しかもロシア軍が本格的に前線に展開したり防空網を構築してしまえば空爆は不可能になる。

時間は敵だった。


「国防長官、軍事力行使のプランを策定しておいてくれ」


「わかりました」


アメリカはミャウシアにおける戦いに本腰を入れ始めるのだった。


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