和平とジェット戦闘機
協議の翌日、休戦の調印が先日と同じ空母で執り行われた。
チェイナリンは各国と個別の休戦を結ばなくてはならないので他の国の使節が1枚の書面にサインするだけで済むところをいくつもの書面にサインをしなければならなかった。
署名が終わり使節団が去ると1000隻以上はあるだろう戦闘艦の群れが微速航行を始め分散を開始した。
1時間後には各軍が兵力の引き離しを終えてお互い離れて航行を始める。
その頃には仮設の兵站泊地を引き払ったミャウシア海軍の膨大な数の輸送船、補給船、貨物船、貨客船、タンカーが艦隊に合流できる位置まできていた。
亡国の軍隊となっていたミャウシア海軍は備蓄していた弾薬や燃料、物資、動員できそうな民間船を持てる数だけ持ち出して国を後にしていた。
民間船の動員では移動の後半にタルル派の海軍部隊と小競り合いすら起きていくつもの船舶が戦闘で沈没するなど命がけだったのだ。
<<バクーン王宮>>
「どういうつもりだ。ミャウシアと勝手に和平を交わせなどと誰が命じた」
「お言葉ですが国王陛下、我々だけではミャウシアには勝てません。そしてあの状況で戦端を開けばグレースランドとザイクスを敵に回すことになりかねない状況でもあったのです。もしそうなれば我が軍は全ての国と敵対関係となり最悪の結果を招くことにもつながります。地球人も加勢した場合、もはや勝負にすらならないでしょう。なので交渉でなるべくの賠償金や謝罪を確約はいただきましたので、それをもって今回は矛を収めるべきと申し上げさせていただきます」
「愚か者め、貴様に誇りはないのか」
「おっしゃる通りですが国あってのものだねです。現状では我々に切れるカードがないのです」
「カードならある。モロク」
「父上」
そこへ国軍司令官モロク元帥が姿を表す。
元帥の横には東洋系地球人の士官がついていた。
「ホメイニオ、策を弄したつもりのようだがいらぬ世話だったな」
「父上、そちらは?」
「ああ、中国という地球人国家の国軍から使節としてきた来た李一鸣大佐だ」
「はじめまして、中華人解放海軍の李一鸣(大佐)上校です。以後お見知りおきを」
「...なるほど」
「お前は物分りが良いいから手間が省ける。そこでだ、奴らの最大の後ろ盾は何と言ってもNATOという地球国家群の集団だ。なら、その敵対勢力を同盟を結ぶと言ったらどうなると思う?」
ここで中国軍の特使が口を開く。
「我が国はNATOの度を越した内政干渉をやめさせるためにバクーン政府に対し、資金援助、技術移転並びに武器の売却を行う用意があります。我が国とバクーンの利害が一致している今、手を結ばない道理はないでしょう。更にです。我が軍は一時的にですがバクーンに駐留し、NATOとそれに同調する国家から貴国を防衛する準備も既に整っています。この機会に我が国とバクーンの友好と発展のためにどうかこの案、ご検討ください」
中国の特使はそう言って笑顔を見せる。
西側の人にしてみれば明らかに含みの有りそうな笑顔だった。
「ホメイニオ、そなたは連合軍が海峡を慢心して通過するよう仕向けよ。海峡には既に特務艦が無数の罠を張り、出入り口付近に全ての潜水艦を配置し、損壊した沿岸砲台の半数以上を復旧させた。猫とそれに迎合するような種族は邪魔だ。一気に叩き潰してくれようぞ」
「...陛下の御心のままに...」
「うむ」
連合軍艦隊に危機が迫りつつあった。
<<多国籍軍艦隊>>
海峡の戦闘で始終遠方から艦載機攻撃を行っていたアメリカ海軍のニミッツ級原子力航空母艦にオスプレイが着艦する。
そのオスプレイから長身と短身の亜人女性が下りてきた。
チェイナリンとエリザ王女だ。
二人はまずニミッツ級航空母艦の巨大さに圧倒されていた。
チェイナリンは異世界に転移する前、敵超大国の10万トン級超戦艦と戦った経験があるので排水量に関しては驚きはしないが4万トン以上の航空母艦は存在していなかったのでその巨大さに関心と呆れにも似た感情が湧き上がる。
既にオスプレイの事で頭がいっぱいだったのにこちらも好奇心の湧き上がりが止まらない。
「アルツハイマー少佐、この艦の大きさを聞いても?」
「全長は330mくらいで、全幅は...だいたい80mくらいかしら。排水量は100000トンを超え。そんなところかしら」
「...」
チェイナリンは付き添いの少佐の返答を聞き当たりを見回す。
これは空母の最終進化形態なのだと実感した。
チェイナリンは無口系クールビューティーだが普段の数倍以上、能動的に口数が増えていた。
「煙突がない...少佐、上空を旋回した時煙突が一つも見えなかったんですが排気はどこから?」
「煙突はないわ。この艦はボイラーを積んでいないから」
「エンジンがない?」
「燃焼機関ではなく原子力機関を用いているの」
「原子力機関?」
「そう、物質を熱に変換する機関。物質は1gであなた達が戦闘機に使っている燃料、2000トン分のエネルギーになる。その熱で蒸気タービンを回している。だからこの艦の燃料補給は25年に一回しか行われない」
「!....つまり無補給?」
「そう」
チェイナリンはそんなことが可能なのかと耳を疑ってしまう。
まさに科学の結晶とも言うべき艦だった。
そこへニミッツの指揮官たちがやってくる。
「ようこそ空母ニミッツへ。私は空母打撃群司令官のレフティネン准将だ」
チェイナリンと王女も自己紹介と敬礼で挨拶しかえす。
そして今回の件についての話をした後、艦長がNATO側として感謝の意を伝えた。
「あなたのおかげで事態は大きく好転した。我々としては今後も良い関係を築いていきたい」
「こちらこそ」
ここで幕僚の空母航空団司令の大佐がチェイナリンに質問する。
「ところで君は戦闘機パイロットと聞くがレシプロ戦闘機を操るのかな?」
「はい」
「ではパイロット仲間ということだね。私も戦闘機パイロットだったんだ。撃墜スコアは0だがね。ちなみにだが君は敵機を撃墜したことがあるのかね?」
「はい」
「よろしければ何機かも伺っていいかな?」
「...124機です」
この数字に一同が驚く。
そうチェイナリンはエースパイロットの中でも選りすぐりのパイロットだった。
もちろんミャウシア全軍でチェイナリンより撃墜スコアが上のパイロットは十人以上いた。
ミンスクもその一人である。
それらのスコアののうち転移前、ミャウシアのいた世界の大戦のスコアも含まれる。
一方、チェイナリンは転移前の重双発機の撃墜スコアは17機であった。
残りは転移後にグレースランド軍機を100機以上撃墜したものでありそのスコアの伸びは驚異的である。
その点をチェイナリンは王女にあとで打ち明けようと考えていた。
「すごい...。撃墜王じゃないか。第二次世界大戦でも100機以上のスコアは限られた人だけだ」
「そうですか...」
チェイナリンは今は王女の前でそっちの話をしたくなかった。
王女も少し感づいていた様子だが分別があるのでチェイナリンのために話題を変える。
「そう言えばチェリンはそこにある”じぇっと”戦闘機には乗ったことないの?」
皆の視線が王女の指差した先にあるF/A-18スーパーホーネットに移る。
「...ない」
「なら乗せてもらおうよ!」
「え?」
チェイナリンは困惑する。
そんなこと、させてもらえるわけないと思ったからだ。
エリザは熱が入ったのか、航空団司令に食い下がる。
「是非、彼女を戦闘機に乗せて飛んではいただけないでしょうか?お願いします!」
「それは...」
「ご懸念はあるでしょう。ですが彼女はこの度の戦いに深く関わってはいますが、それでも基本的には技術将校でもない一兵卒の軍人にすぎません。秘密保持は問題にならないでしょう。それに彼女は誠実です。じぇっときに悪戯だってしませんよ。ねえ、チェリン?」
「え、あの、その....まぁ」
「ほら!」
どうやらエリザは基本的におしとやかだが行動が必要な時はガツガツ行くタイプだったようだ。
チェイナリンはエリザの突発的で猪突猛進な好意を戸惑いながらも見守ることにする。
「そうかもしれないが、規則というものがあってだね...」
「いいんじゃないかね?」
航空団司令の断りを遮るように背後から会話を被せる人物が現れた。
「あなたは?」
エリザがさっそく尋ねる。
「艦隊司令官のサリバン少将です。どうも」
艦隊司令官がエリザに手を差し伸べて握手する。
「ホーネットに乗りたいという話だったかな、准将?」
「そうです」
「なら、私が許可しよう。乗せたまえ。発艦も許す」
「...いいのですね?」
「ああ」
「わかりました」
ここまでの艦隊司令官の口調を聞くとハリウッド映画に登場するような意図を持ったヒール役の軍人みたいだった。
「ご厚意に感謝します」
「どういたしまして。友人になるだろう方々の頼みを聞かないわけにはいかないですから。上からもそのように指示されているのでね」
「...そうなのですね。では期待にできる限り応えたいと上司の方々にもよろしくお伝えください」
「ええ、もちろん。大いに期待してますとも。ではごゆっくり遊覧飛行をお楽しみください」
そう言って艦隊司令官はその場を後にする。
エリザは立ち去る司令官を眺めて何か考えている様子だ。
「エリザ、大丈夫?」
チェイナリンはそんなエリザに言葉を掛けた。
「ええ、大丈夫」
「でも、政治、影響、あった?」
「ううん。私が何も言わなくてもあの人は私たちに話しかけてきたでしょうから。だから気にする必要はなかったんですよ?それにこういうのは慣れっこですから、ふふ」
「...わかった。ありがとう」
「こちらこそ。楽しんできてね、チェリン」
「うん」
チェイナリンはエリザの対応を観察して少しだけ政治について学ぶと礼を言う。
そしてチェイナリンはF/A-18F スーパーホーネット戦闘攻撃機に搭乗した。
チェイナリンの身長は140cm弱であり、搭乗基準は当然ながらクリアしてなかった。
更に猫耳と尻尾を有するチェイナリンに適合するパイロットスーツやヘルメットなどあるはずもなかった。
一方で耐Gや体力は満点といって差し支えない。
なんなら耐Gスーツ無しでも数秒以上、9Gさえ耐えられるほどだ。
そんなこんなで特例として、ヘルメットを着用せず軍服のまま搭乗することとなった。
チェイナリンは地球の軍隊と遭遇してからずっと低みからジェット戦闘機を見ていただけに憧れや崇拝にも似た感情があった。
それがいま実現しようとしていた。
チェイナリンを乗せた二人乗りのF/A-18Fはエンジンを始動させカタパルトへ侵入する。
「スタンバイ」
「発艦を許可する」
「GO」
スーパーホーネットが蒸気カタパルトで空母から撃ち出された。
すごい加速だが戦闘機パイロットのチェイナリンには問題ないなかった。
そしてその加速性能にチェイナリンは魅了された。
圧倒的スピード、更にコックピットの兵装システムがSFチックにコンピュータ化されていて感慨深い。
まさにはるか未来の乗り物だった。
戦闘機は艦隊から離れ、連合艦隊まで飛んでいくとスピードを上げていく。
加速はマッハ1に達し機体の周りに円錐状の煙が発生した。
そこから事前通告を受けていた第二次世界大戦レベル艦船達の上空を通過すると爆音を立てて通り過ぎる。
それはソニックブームだった。
この時チェイナリンはミャウシア人史上初の音速超えを経験することになった。
チェイナリンは見る景色が全て輝いて見えた。
下の艦隊も平和のために共に戦う同志である。
今は心が満たされて言葉が出ない。
たが内心ではナナオウギとこの感動を共有したかったが、それはまたの機会に取っておくことにしようと心で呟くのだった。
その頃、ナナオウギは宿舎でくしゃみをしながら体にサロン○スを張っていた。
「誰か噂でもしてんのかなぁ。それにしても欧米って湿布がマイナー過ぎて手に入れるの大変すぎ。確かに錠剤飲めば貼らなくていい論は間違ってはないけど」
猫耳の彼女が苦労する中、そんな感じでチェイナリンを助けるために負った全身打撲の療養に専念しながら呑気に愚痴を漏らしているのだった。