異種族の二人3
翌日の朝
ナナオウギとチェイナリンの二人は川沿いを下流に向かって下り南下する。
歩く最中、二人は周辺の木々や草むらを警戒して進む。
というのも破竹の勢いで進軍を続けていたミャウシア軍によって周辺はすでに制圧され、敵兵が徘徊している危険があったからだ。
ここは未だエネミーラインなのだ。
「チェリン、何か聞こえる?」
チェイナリンは猫耳をピクピクさせて周囲の音を拾ってみる。
「...何も聞こえない」
「よし、先へ進もう」
二人は前線を抜けるため敵兵に見つからないように人気のない山中を進み続ける。
だが何時間も歩き続けるが友軍の姿は見えず、チェイナリンの体力に合わせて休憩を挟む。
「もう一度聞くけど体は何ともない?」
「ええ、喉の奥に違和感があるけど問題ない」
「ならよかった...」
「...」
「...」
その後、休憩中ずっと無言が続く。
ナナオウギは休憩中にチェイナリンの反応や性格を観察するのだが、想像していたのと違ってかなり無口だったことに少し驚いてしまう。
単に嫌いとかではなく話しかければ気さくに答えてくれるのを見るに、彼女は必要以上は喋らない無口無表情+眠そうな表情がデフォという特殊な性格だったらしい。
昨日は自分が話し続けていたから受動的に答えていただけだったようだ。
けれども無口だが同時に可愛くて凛としていて優しさもあるその風格は不思議で魅力があった。
なら自分から率先して話しかけるまでだがそうはいかなかった。
「私はもう大丈夫よ。先を急ぎましょ」
「え?ああ、そうだね...」
彼女に話しかけるタイミングを逸する。
そして気づかれない程度にため息をついて歩き続けるのだった。
しばらく歩いていると二人は不思議な雰囲気の場所に出た。
そこは開けて明るく非常に平らな地面が広がっていて、芝程度の草しか生えていないなかった。
けれど一番不思議なのはその地面に床が抜け落ちたような穴があったことだった。
とても自然の構造物には見えない。
二人は軍人らしく物陰から周囲を警戒し索敵するがあい変わらず人気はなかった。
ナナオウギは腰のホルダーからフランス陸軍制式採用のベレッタ92拳銃を取り出すとチェイナリンとともに近づいていく。
「これは?」
「わからない、いや待って。これはコンクリート。それにあれは...鉄骨?」
チェイナリンは真っ暗な穴の中に錆びた鉄骨が折れて出っ張っていることに気づいた。
「コンクリートに鉄骨?まさか。ここ建物の上なのか?確かこの地域の住民は近代化以前の文明レベルだったはずだが」
「私も基地周辺の視察で見聞きしたからその認識だった」
「じゃあこれは一体?」
「気になるけど今は友軍との合流が先。このことは報告で済ませましょ」
「...そうだね。じゃあ急ごうか...」
ナナオウギがそう言った瞬間だった。
足元の地面が抜け落ちるように陥没した。
「うわ!」
「きゃっ!」
二人は真っ暗な穴の中に落ちていく。
その後、ナナオウギが意識を取り戻すとそこには抜けた天井から見えるような空が見えた。
「...は?!」
「動かないで、痛い所ある?」
落ち着いて周りを見ると自分はまっすぐな姿勢で横たわっていて、チェイナリンが尻尾をゆっくり左右に振りながら横に寄り添って心配そうにこっちを見ていた。
どうやら落ちた後チェイナリンは無事で自分は頭を打って気絶していたらしい。
「...背中とケツがすごく痛いけど、大けがはしてないみたい」
「...そう」
チェイナリンはそれを聞いてほんの少しだけほっとした表情を浮かべた。
それを感じ取ったナナオウギは彼女は単に感情表現が苦手なだけなんだなと思った。
そして周囲を見渡しす。
床はコンクリートで、古くなりすぎてよくわからない剥げたフローリングと天井の部材とみられる鉄筋とコンクリートが散らばっていた。
どうやら数メートル上のあの吹き抜けから落ちてしまったらしい。
「あそこから落ちたのか。ロープがあったとしてもあの鉄筋や鉄骨にかけて登るのはやめた方がよさそうだな」
チェイナリンもそれに頷く。
「それにしてもあの高さから落ちたのに全くけががないとは、チェリンはすごいな」
「...そうかな。たぶん私たちがそういうのが得意なだけだったんだと思う」
「なるほどね」
どうやら猫の亜人なだけあって高所からのダイブはノーダメらしい、すごいな。
「じゃあ、内部から外に出られるかさぐってみるか。もしかしてチェリン、見てきた?」
「周囲に敵がいないかだけ。動くものも気配も一切なかった。でも奥までずっと続いているみたい」
「そっか。とりあえず探索してみるしかなさそうだね」
二人はフロアを出て出口を探し始めた。
地下施設
ナナオウギとチェイナリンは地下施設を探索し始めたが非常に奇妙な場所だった。
「なんなんだ、ここは?」
ナナオウギは幸いに身に着けていた小型の懐中電灯で辺りを照らす。
各所で崩落による土砂で塞がっていたり地下水の流入で通路が地下河川みたいになっているところもあった。
また通路に点在する個室のドアを開けると恐ろしいほど経年劣化したと思われる家具や機材が置かれていたり散乱していた。
極めつけは床に転がっている変色しきったクマのぬいぐるみと思われる残骸だ。
どうやらここは居住区画のような場所だったらしい。
「...」
ナナオウギはこれらの物品や内装を見てとてつもなく時間がたっていると同時に先進的な未来感のあるデザインなのが気にかかる。
自分たちより進んだ文明の遺産という感じだ。
「ダメだ。どれも酸化や風化で文字が消し飛んでてとても読めない」
「翔太、こっちに階段がある」
「わかった」
入り組んだ向こうにある階段まで進み懐中電灯で照らすと金色に鋭く光る瞳をこちらに向けて立っているチェイナリンがいた。
「こんな真っ暗なのによく見えたね」
「まあね」
チェイナリンは遠くの懐中電灯から飛んできたほんのわずかな反射光で物を認識できるらしい。
ミャウシア人の特徴には驚かされることばかりだ。
ここでナナオウギの足が止まった。
「上らないの?」
「この階段の下が気になって...」
「....」
階段の下は真っ暗で地下河川のせせらぎが聞こえてくる。
階段はひどく老朽化してるし崩落の危険もある。
何より下で何が待ち構えているか見当もつかない現状、行かない方が賢明だ。
しかしここはあまりにもSFチックでわからないことが多すぎる。
ナナオウギは知っておきたいという好奇心に駆り立てられるが、上級士官として危機管理経験の豊富なチェイナリンは冒険的行動には否定的な様子だった。
けれども考えるところがあったようだ。
「...行くの?」
「...うん」
「わかった」
チェイナリンはナナオウギの意思をくみ取り、サポートするように猫耳で聴音する。
「何も聞こえない。私が前に出るけどいい?」
「ああ、援護する」
ナナオウギはを再度、左手の懐中電灯を頭の脇で構え、右手のベレッタ92拳銃を下の暗闇に指向する。
「じゃあ、降りましょ」
二人は階段を注意深く降りていく。
どうやら2階下は完全に水浸しになっているようで下のフロアしか調べられないようだった。
下のフロアに出ると上のフロア以上に散らかっていた。
「これは...」
何かのカプセルのうな台車だった。
それらが通路にたくさん転がっていたり倒れずに放置されていた。
チェイナリンは周囲を警戒していて探索はナナオウギに任せている様子だ。
そこでナナオウギはカプセルが透明な容器らしかったので付着した汚れを拭き取れば中を確認しようと落ちていた布切れを手に取って拭いてみる。
そこから覗くように現れたものにナナオウギは驚愕する。
「?!」
目の前にはナナオウギを見つめるように横たわるミイラの頭があった。
「み、ミイラ...。まさかこれ全部に入っているのか?」
ナナオウギは周囲を見渡しこれらが何なのかを思考するがあるものに行当る。
「もしかしてこれ、担架なのか?じゃあここは...」
病院。
ナナオウギはこの区画の内装の趣向に合点がいく。
「翔太、こっちへ来て」
「チェリン、気を付けて。ここは死体だらけだ」
「わかってる」
「?」
チェイナリンのもとに駆け付けたナナオウギは目の前に広がる光景に唖然とする。
そこにはおびただしい数のミイラが転がっていた。
「な、何があったんだここで...」
「...わからない。でも苦しんで死んでいったのかもしれない。そうでなければこんな格好で倒れこんだりしないはず」
「...病か」
「病?」
「ああ、さっきからなんとなくだけどここ、病院じゃないかって思って」
「私の知っている病院とはだいぶ違うけどそれなら辻褄があう。...待って、だったらここにいては」
「いや、たぶん大丈夫じゃないかな。ものすごく年月が経ってるようだし病原はとうの大昔に死滅していると思う」
「...ならいいんだけど」
ナナオウギもそれには確証は持てなかった。
どちらかと言えばチェイナリンを安心させるための発言だった。
それにもう一つ疑問がある。
それはこの死体の山には白骨遺体がないことだ。
遺体はすべて例外なくミイラ化していた。
普通、こんな環境では遺体は腐敗して白骨化してしまうはずだ。
―見たところ種族はヒト、文明レベルは現代と同等以上、巨大な地下施設、原因不明の大量死。何もかもが謎だ。これじゃ俺たちで考えても埒が明かないな。
「チェリン、俺は十分だ。このまま地上を目指そうと思うけどいいかな?」
「うん」
「じゃあ行こうか」
二人はこの場を後にしようと移動を始めた時だった。
「!」
チェイナリンが何かに気づき、ナナオウギを引っ張って物陰に隠した。
同時に遠くからミャウシア語で声がした。
「いたぞ!」
すると壁から音を立てて粉塵が舞い、銃声が階段とは反対の方角から鳴り響いてきた。
「ごめんなさい。気を取られて敵に気づかなかった」
「いや、礼を言わせてもらうよ。ミャウシア軍の追っ手だな。数は?」
「2、3人くらい。広間の向こうの通路口。たぶん別の場所から入った斥候と鉢合わせになったみたい」
「クソ。ここから階段まで敵の射線内か。援護する、撃ったら走れ!」
ナナオウギは顔を出すとすかさずベレッタ92拳銃で制圧射撃する。
制圧射撃は相手の行動を抑制させる目的の弾幕射撃であり、当たるのを期待して弾をばら撒くわけでわない。
チェイナリンはすごいスピードで広間を階段まで走り抜けた。
今度はナナオウギの番だがここで問題が発生し始める。
敵の攻撃が激しさを増してきたのだ。
更に数人の増援が加勢したミャウシア兵達はニャナガンというボルトアクションライフルをコッキングさせながら逆に制圧射撃を加えてきた。
「翔太、懐中電灯をこっちへ!」
ナナオウギは考える間もなくチェイナリンに懐中電灯を投げてよこす。
階段脇に隠れるチェイナリンは懐中電灯をミスせずにキャッチすると、それをミャウシア兵に向けてスイッチをカチカチON/OFFさせながら照らす。
途端に銃撃が弱まったので、ナナオウギはベレッタ92拳銃を走りながら敵に向けて発砲して走り抜けた。
「助かった!」
「私たちはあれに弱いの。行きましょ!」
「ああ」
ミャウシア人の暗視力はチェイナリンのように驚異的だが裏を返せば光源を直視すると地球人以上に影響を受けるということでもあるらしい。
そして二人は急いで階段を駆け上がる。
だが上部のフロアからも敵が来ていたらしく階段を下りてくる足跡が聞こえてきた。
「くそ!チェリン、こっちだ!」
チェイナリンたちは中間のフロアで階段を出て別の出口を探し当てるのにかけた。
二人はミャウシア兵達に追いかけられながら地下施設を走り抜ける。
途中から濡れた床をビチャビチャ音を立てて走ったり半開きのシャッターをくぐったりして逃げ続けた。
やがて別の階段を発見した二人は飛び込むように階段を駆け上がる。
最上階は崩落によって土砂が流入していて人一人が通り抜けられるだけの瓦礫の空洞ができていた。
「チェリン、先に行ってくれ!俺はここで敵を食い止める!」
「でも...」
「早く!」
状況判断力のあるチェイナリンはすぐに決心して空洞へ入っていく。
その間、ナナオウギは拳銃で下の敵を撃ちおろして牽制し続ける。
やがてチェイナリンの小さな声が向こうから聞こえてきた。
「向こうに繋がっているわ、急いで!」
ナナオウギはそれを聞いて拳銃に装填された弾を撃ち尽くして牽制し終える空洞へ入ろうとする。
だがここでトラ模様の髪のミャウシア兵がRPG-43によく似た対戦車用とみられる大型手榴弾を取り出すとピンを抜いて勢いよく投擲してきた。
調整されていてらしく手榴弾はすぐに爆発せずに最上を階跳ねて転がる。
その音を聞いたナナオウギは空洞の中で焦りまくる。
「マジか?!こんなとこで?!」
次の瞬間、手榴弾が爆発して辺りのものを吹き飛ばした。
500g以上の成形炸薬の爆圧は周囲のものを崩落させるのに十分であり階段は音をたててゆっくり崩れていく。
また、成形炸薬によってできたメタルジェットが近くの鉄骨に命中してこれを切断したためそのフロアも屋根が崩れ始めた。
ナナオウギは必死に空洞を潜り抜けるが後ろからの粉塵は彼をまかれてチェイナリンの待つ出口に噴き出す。
「翔太?!」
チェイナリンは血相を変えて声を張り上げた。
やがて粉塵が収まると下半身が瓦礫に埋まってうつ伏せになるナナオウギの姿があった。
「翔太、大丈夫?!」
チェイナリンが歩み寄って揺するが反応がない。
「...」
「そんな...」
チェイナリンは泣きそうな表情をする。
その場を沈黙が支配する。
けれど死体になったと思われたナナオウギが目を開けて声をかけてきたのだ。
「...ごめん。無事みたい」
ガッカリさせられるような気の抜けた返事が出てきた。
「平気なの?」
「うん。不格好かなと思って切り出しずらかったからつい...」
確かに無事と聞くと酷くしまりの悪い格好で埋もれているとも言える。
「そんなことない。今出してあげるから待てって」
チェイナリンは急いで瓦礫を一つ一つ撤去し始めた。
「ありがとう。助けてもらってばかりだね、へへ」
「...」
「...」
ナナオウギはチェイナリンを不機嫌にさせてしまったかなと空気を読んでしまう。
だがチェイナリンは全くそう思ってなかった。
「...いつか」
「え?」
「また会えた時に、返してくれればいい.......たぶん...」
チェイナリンはナナオウギを見ずに恥ずかしそうに頬を少し赤らめながら撤去作業をしていた。
それを見たナナオウギも頬を赤らめてしまう。
「そ、そうだよね!借りは次会った時に返せばいいよね!あったま悪りいな、俺。ははは!」
ナナオウギはぎこちない笑顔でとぼけて見せた。
また会えるならもっと彼女と親密になっていみたいと思った。
時間がかかったがチェイナリンはナナオウギを瓦礫から助け出した。
二人は気まずくて無言のままその場を後にする。
どうやらここは地下施設の外で地下渓谷みたいな場所だった。
ただ上は塞がっておらず狭いため光が入りずらいだけで厳密にはただの渓谷だ。
しかし大きな問題があった。
どこにも出口がなかったのだ。
「だめだ。切り立った崖ばかりで足場が一つもない」
「こっちもダメ」
「どうする」
「....」
チェイナリンは眠いとも考えているともとれる表情をした後、崖下の川に目をやった。
「...マジ?」
川に飛び込む以外ここから出る方法は無いようだった。
ナナオウギは頭をかいた後、決意したようにチェイナリンに手を差し伸べた。
「行こう」
「...うん」
チェイナリンはナナオウギの手を取り、二人そろって崖を向く。
「行くよ、せいのっ!」
二人は崖から飛び降りて川に飛び込んだ。
その後、二人はミャウシア軍に見つかることなく友軍との合流を果たした。
欧州連合軍の増派した航空部隊が一部制空権を奪還したおかげでヘリによる輸送も捗り撤収は迅速に進む。
一緒にチヌークに乗るとNATO軍も駐留するグレースランド軍の航空基地に向かうが道中の機内で二人は疲労からお互いに寄りかかって爆睡してしまっていた。
「基地に着くぞ!」
パイロットの声にようやく二人は起きた。
「おっと、時間だね、チェリン」
「うん、いろいろありがとう、翔太」
「こっちこそ。応援してるよ、チェリン。救国が成功すれば皆が休戦協定に向かうかもしれない。それで戦争をやめられるのを祈ってるよ」
「任せて」
ヘリが航空基地に着陸する。
最後の別れの挨拶を済ませるとチェイナリンはナナオウギに近づく。
そしてチェイナリンはナナオウギの顔に口を近づけると目を瞑って舌を出して頬を気持ち程度に舐めた。
ナナオウギは驚きを隠せない。
キスじゃなくて舐められるとは考えてなかったが、たぶんこれはミャウシア人のキスに相当する愛情表現なのだろうと納得し聞き返さなかった。
チェイナリンの舌は地球人とは全く違い、湿り気があまり感じないザラついた猫舌そのものに感じる。
なので不快感はあまりなかった。
「またね」
チェイナリンはそう言ってヘリを降りた。
こうして二人はそれぞれの使命を背負って別れた。
また、二人が迷い込んだ地下施設がこの世界の成り立ちに関わる遺物であることが判明するのはずっと先のことであった。
遅筆状態です。
すいません。
1年以上前からこの形に置き換えたいと思ってました。
はい、今更です。
天文の話は変えるのめんどくさいのでそのまま。