クーデター
<<ミャウシア連邦首都ニーチア>>
異世界で最も大きな都市の一つであり人口は500万人を超えており、都市の中心部には大きな広場と宮殿のような政府庁舎があり、首都のシンボルのような場所となっている。
市街の建物はロシア建築のようで通りや市では猫耳と尻尾を生やした大勢のミャウシア人で賑わっていた。
またクラシックな自動車が多数走っていてその経済力を物語っていた。
そんな町並みを黒い車列が通過していく。
ミャウシア陸軍のタルル大将を護送している車両だった。
車内ではタルル将軍が町並みを見ていた。
しきりに懐中時計を見ており何かを待っているかのようだった。
「将軍、どうされたのですか?」
「何でもない」
警護官の質問にもまともに答えようとしなかった。
怪しさはあるが何かできるわけでもなさそうなので不安なだけだろうと警護官はあまり深く考えなかった。
その頃、ダウンタウン付近の建物の上をすれすれで飛んでいく2機の戦闘機がいた。
チェイナリンとニチェットの爆撃編隊である。
爆撃なら攻撃機を使ったほうがいいのではという考えもあるだろうがそれだとなぜ首都の基地に戦闘爆撃機が?という話になり足がついてしまうのだろということ、そもそも参謀総長が直属の部下にしているエースパイロット達はみんな戦闘機乗りであり、前に重戦乗りだったチェイナリン達でも性質がかなり違う陸軍の攻撃機は乗ったことがなかった。
また逃走もあるので戦闘機のほうが都合が良かったのだ。
なのでNY-1A戦闘機に250kgを積んで出撃したと思われる。
火力不足感はあるが仕方なかった。
市街すれすれを飛ぶ戦闘機の姿に猫耳の市民たちも何事かと空に視線が集まるが建物で遮られ目撃は僅かだった。
この市民たちが飛来した戦闘機が何をしようとしているのかは知る由もなく気付いたときには手遅れだった。
チェイナリンは爆弾を積んで相当動きが鈍くなった戦闘機を自在に操って鮮やかに建物を避けながら優雅に飛ぶ。
ニチェット機も追従するが少しぎこちない様子だった。
そして陸軍省の分館が見えてくる。
分館の直ぐそこまで迫っていたタルル将軍を乗せた車列の真上を戦闘機2機が高速で通過していく。
それを見たタルル将軍はニヤける。
「時間通りだ」
タルル将軍が呟く。
呟いて直ぐ先頭の車両に別の車が突っ込む。
警護官達は何事かと思い車を降りるとぶつかった車や周りから銃撃を受ける。
市民が逃げまとう銃撃戦へと発展し、市民も幾人か倒れる。
銃撃戦が終わり警護官全員が血を流して倒れる中、兵士が護送車のドアを開けるとタルル将軍が楽しそうな顔で出てきて車を降りる。
視線の先では閃光が走り爆煙が上がると遅れて爆音が轟いた。
「見たか!勝つのは俺だ!」
そういうと将軍は笑い始めた。
チェイナリンは分館の軍事法廷に爆弾が食い込むよう感覚を研ぎ澄ませながら接近する。
そして此処だというタイミングで切り離しスロットルを引いて爆弾を投下する。
爆弾は少し降下して分館の建物に命中すると余った運動エネルギーでめり込んでいく。
そして爆弾は軍事法廷の部屋の壁を突き破り刺さった状態で止まる。
だが軍閥将軍達や関係者達が反射行動を取った後思考を巡らせる前にそれは爆発し、すべてを粉砕した。
ニチェット機も爆弾を投下し効果を確実なものにする。
そして2機の戦闘機は予定通りのコースで逃走を開始した。
爆撃された建物からは大勢の人が出てきて逃げまとう。
また事態に当たろうとする人も集まり現場はごった返す。
その中に頭から血を流しながら歩く女性の姿もあった。
ゥーニャ書記長だった。
「何が起きたの...?」
わけがわからなそうに痛む頭を抱えて建物から出てきており、柱にもたれかかるとへなへなと腰を下ろして座り込んでしまう。
軍事法廷に出席した高官の内、途中離席した書記長を除くその殆どが死亡した。
しばらくしてタルル将軍以外の軍閥派が占める首都近郊の航空基地では動きが慌ただしくなる。
「急げ!なんでもいいから離陸できるものは全部上げろ!」
パイロット達が急いで戦闘機に乗り込み発進準備をしていた。
だがそこへ数機の戦闘機が低空飛行で現れ機銃掃射を始めた。
非常に効率的に戦闘機を蜂の巣にしていき、離陸に入っていた数機以外ほとんどが破壊される。
離陸した戦闘機も運動エネルギー皆無で回避できずに撃墜され飛行場の周りの林に落ちて黒煙があがる。
基地側では対空砲陣地を急いで可動させるもその時には襲撃者達は逃げ去った後だった。
襲撃したのは当然ミンスク率いる部隊だった。
ミンスクに率いられた部隊は飛行場で待機中に反乱が起きたので鎮圧を行う名目で出撃し、反乱分子のいる飛行場をミンスクに言われるがまま攻撃する体だった。
当然爆装したチェイナリン達を彼らは見ていない。
見ていたら反乱がどちら側かバレて従わせられないからだ。
ミンスクは部下を騙して従わせていたのだ。
パイロット達も状況が全くわからず困惑していたが、やるべきことを明確にわかってそうなミンスクにとりあえず従って鎮圧活動に専念しているような状態だった。
「反乱分子に打撃を与えられましたが弾薬が少ないので安全そうな基地に一旦引きますよ。皆さん付いてきてくださいです」
ミンスクがそう言うと変進して低空飛行で首都圏を脱出し始めた。
この航空基地を潰したことでミンスク達もチェイナリン達も追手がかからなくて済む。
指示書にあった計画通りの鮮やかさだった。
一方、地上ではもっと凄い事態が始まっていた。
<<ミャウシア陸軍駐屯地>>
ミャウシア連邦首都ニーチア市街外輪にある首都防衛を担う陸軍駐屯地では大勢の兵士が隊列を組んで今にも駐屯地から出撃しそうな様子だった。
ここはタルル将軍の派閥が牛耳っている陸軍基地で何をしようとしているのかと言えばもちろん首都機能占拠がその目的だった。
「いいか諸君、これから我々は市内に突入する。目的は一つ。我々を排除しようとした無粋な輩に鉄槌を下すこと。保身しか頭にない軟弱な政府と軍閥将軍たちを駆逐し我々が正しい国を再度構築するためにもこの作戦、失敗は許されない。だが優れた肉体と崇高な精神を持つ我々ニャーガ族なら成し遂げられると断言できる。必ずや腐った猫共を排除し、この国とニャーガ族に明るい未来を取り戻せるだろう。そのためにも諸君の健闘を期待する」
訓示の後、司令官と思わしき将校が騎馬用途の動物にまたがり部隊の前に出るとサーベルを抜いて振りかざし大声をあげる。
「前進!」
クーデター派の陸軍部隊が市内へ突入を開始した。
<<ミャウシア連邦政府庁舎>>
その頃ゥーニャ書記長は政府庁舎に戻っていた。
頭に血の滲んだ包帯を巻き部下や職員と情報収集に当たっているが事態は最悪だった。
「ダメです。電話局が占拠されているのか全て不通です」
「くそ。ラジオ局はどうなの?」
「今警官隊と要員を向かわせていますのでしばらくお待ちください」
「書記長。妨害電波で通信ができなくなりました。海軍や他の陸軍部隊と交信ができません」
そうこうする中部屋のドアが開く。
「大変です。タルル派の第74師団が市内に多数入ったと警官隊から報告が入りました。今警官隊がバリケードや封鎖線を張り始めましたがせいぜい一時間しか持たないだろうと...」
「な、なんてこと。他の派閥の部隊は?第134、135師団や陸軍省守備隊は動いてないの?」
「わかりません。緊急展開要請のため要員を向かわせていますので詳しいことは今は。」
「結局何もわからないのね。で、第74師団はここまで後どれくらいで到達するの?」
「警官隊の応戦も含め2時間でしょうか...」
「たった2時間。じゃあ逃走も考えればもうここから逃げ出さないとなの?」
「はい。今車を回しますので直ぐに支度してください」
「何を言ってるの。車なんて検問で引っかかって終わりよ。徒歩で移動するわ」
「申し訳ありません」
ゥーニャはズキズキする頭に手を当てながら呟く。
「書記長であるこの私が首都から逃げなくちゃなんて...」
この数時間で色々なことが起き過ぎてゥーニャは疲れ果て少し訳がわからい様な気持ちになっていた。
けど弱音はいていられる場合ではなく、体にムチを打つように立って脱出の仕度を始める。
しかしゥーニャが着替えをする最中、外で大きな爆発音がして建物が揺れ、銃声が始まる。
「何事?」
「クーデター派の部隊が戦車でバリケードに突撃してきました!」
あまりの出来事に声が出ない。
既にクーデター派がここまで来ていたのかと焦りだす。
どうする。
おそらく裏手の敷地から逃げても囲まれている可能性が高い。
となるともう建物から逃げられない。
東側の宮殿に行って城壁の周りの林から中央広場に出れば人だかりに紛れられるかもしれない。
政府庁舎の占領もそうだが最大のターゲットは他ならぬ自分なのでここに残っても死ぬしかない。
なら捕まるのを覚悟でいくしかない。
「宮殿の城壁から脱出する。付いてくる者はこっちへ!」
ゥーニャが覚悟を決めたように言う。
だが賛同するものはいなかった。
怖かったわけではない。
「書記長、あなただけで行ってください。大人数だと逃げ切れないでしょう。我々は処刑されない可能性が十分あるのでここに残ります。それにいなくなるものが大勢いれば怪しまれます」
「怪しまれる?何を...?」
「私が書記長の影武者になります」
党員の発言の後、申し出るように発言したのは庁舎の清掃係の女性だった。
よく見るとゥーニャと同年代、同部族、似たような髪型、いや急遽切りそろえた髪型の女性だった。
「もしかしたら一定時間欺けるかもしれません。とにかく早く行ってください。それとこれを」
ゥーニャが反論する暇を与えないように発言し、服を突きつける。
「私の私服です。それなら一般市民に紛れられるはずです」
ゥーニャはとても混乱し戸惑ってしまうが迷っている暇がない。
頭ではわかっているが自分のためにここまでしてくれるのかと感傷に浸りたくなってしまうのだ。
そして意を決して言う。
「...わかった。この服はありがたく使わせてもらうわ。でもくれぐれも彼らを刺激しないように。殺されそうになったら迷わず影武者だと自白しなさい。いいですね?」
「わかりました」
そう言うとゥーニャは服を受取り部屋を出て走る。
警官や警護官もいないのでエスコート無しの状態で走るゥーニャに職員一人が城壁の普段使われていない出入り口まで案内するため同行する。
少しして陸軍部隊が政府庁舎の重要な部屋すべてを制圧して回る。
そしてゥーニャがいると思われる部屋に陸軍部隊が突入し書記長と思われる女性に小銃や拳銃を構える。
女性は拳銃を持っており兵士たちがしきりに捨てろと怒鳴る。
しかし女性は銃を捨てず徐々に上へ持ち上げていく。
兵士たちに構えるわけでもなく銃口を自分のこめかみに当てた。
兵士たちは打って変わってあせるようにやめろと言うが女性は止めず発言する。
「私はゥーニャ書記長だ。私は貴様らクーデター軍に投降するつもりは毛頭ない。上官にそう申し伝えろ」
そう言うと女性は持っていた拳銃発砲し自害した。
兵士たちはあっけにとられる。
城壁の出入り口にいたゥーニャにそれに気づく術はないが何かを感じ取ったように政府庁舎のほうを少し見て何かを思うように城壁から外へ出ていった。
城壁外の林の中で素早くもらったみすぼらしい私服を薄着の上に着用し、目立たないように包帯を取るとこっそり広場に出る。
期待通り人だかりができていて兵士たちの姿も見えるがこっちに気づくのはまず無理だと思われる。
人々は軍に事態の説明を求めているが押し返されるだけで相手にされていなかった。
それを横目で見ながらゥーニャは人混みに消えていった。