タヌキの戦線4
バクーン王国首都の軍司令部
バクーン軍総司令部の一角では軍の総司令官でもある国王の息子のモロク将軍が不機嫌そうに戦況報告を聞いていた。
「...でありまして、各軍の司令官たちはこれ以上の内陸への進軍には兵員と装備の更なる補充が必要との認識を示しています」
「...で?」
モロクは将軍を睨みつける。
「...で、...ですから...」
返答に困った将軍が他の将軍を見て助けを求める。
やり手と見られる将軍が代弁する。
「これ以上の戦力の拠出は不可能です。確かに中国とやらから受けた指導をもとにした電撃戦という新戦術は多大な戦果を上げることができました。ですが慢心が過ぎたのです。3正面作戦を行うには新戦術を用いたとしても現状の動員戦力では少なすぎた。クシュメールなる勢力にいたってはもっと情報収集を行ってから対応策を考えるべきだった」
「貴官はわしの立案した作戦が間違いだったと言いたいのか?!」
「そうは言っておりません。作戦内の一部修正を行ったほうが効率が良いのではないかと申しているのです。具体的には抵抗の特に激しいアルダキアなる国から撤兵すべきです。彼の地にはもはや海軍は存在せず、第一目標は達成済みではありませんか。アシリアに戦力を集中させ、クシュメールに全力を注ぐべきです」
「ならぬ!兵を引けば北方のミャウシアやグレースランドにザイクスが出張ってくるだろう。そうなれば後方を遮断されかねん!」
「なら作戦を中止させたほうがよろしいでしょう。そもそも、これらの国の占領にそこまでの価値があるとはとても思えませんでしたので」
「もうよい。ここから出ていけ!」
「そうさせてもらいます」
反論を続けた将軍が議場から去った。
それを将軍たち、特に初めのほうで発言していた小心者の将軍が汗だくで見ていた。
モロク将軍は怒り心頭で握りこぶしを机の上に押し付けていた。
見ての通りバクーンは歯ごたえのある敵を3つも相手取って地獄の消耗戦を戦い続けていた。
急速な戦線の拡大とすべての戦線が膠着は無謀な作戦を推し進めたモロク将軍を焦らせる。
モロクは会議を終えて執務室に戻ると先客がいた。
「どうも、将軍」
中国軍の将校だった。
「だいぶ苦戦されているようですな」
異種族嫌悪が露骨な部類の人物同士だが応対に慣れてきたのか自然な会話を行う。
「なら部隊を派遣したらどうだ?」
「ご存じのはずですが我々も大規模な侵攻作戦を準備している身ですので地上部隊も艦隊も派遣する余力はありません。誠に申し訳ありません」
「なら何の用で来た?」
「忠告です。我々の最大の懸案はミャウシア政府軍が内海を東進し、我が軍の前進を阻む増援として現れること。連中は小人みたいな猫亜人だがあの尋常ならざる数は脅威以外の何物でもない。事が始まれば米軍は本国の武器庫をひっくり返してでもミャウシア兵を強化して送り込んでくるでしょう。だから、あなたと国王に取引を持ち掛けた。お忘れか?」
「承知している」
「なら約束を履行してもらいましょう。地峡が崩壊するなどという全く想定外の事態が起きたせいでミャウシア軍艦隊が直接増援に来る可能性さえ出てきている。占領地のわが軍の基地の建設が完了するまでは踏ん張ってくださいよ。望めば多少の装備は回します。では」
中国軍の将校が部屋を退出するとすれ違うように士官が立って現れる。
「入れ」
モロクは机に座って怒ってるのか考えているのかわからない表情で士官に命令する。
「報告が二つあります。一つはグレースランド軍が内海の孤島に接近したためこれを撃破したとのことです」
「そうか。いよいよ奴らも動き始めたか。二つ目はなんだ?」
「ヒミカ様の視察が完了したのでその報告です」
「そうか。変わりはないか?」
「...それが。敵の捕虜1名を従者にしたとかで...それも例の駄獣のような種族だそうです」
「...敵の異種族をか?何を考えているんだあいつは?」
「ヒミカ様は何もおっしゃらなかったそうなので詳しくは...」
「わかった。下がれ」
「はっ」
士官が部屋から退出する。
「まったく。ホメイニといいヒミカといい、奇行が多くてかなわん」
モロクはヒミカについてそうぼやく。