交差する思惑
ミャウシア南部 暫定政府の首都ネルグラーニャ
チェイナリンは宮殿ほどではないが装飾があしらわれた応接室にある椅子に座っていた。
そこへペイシャル族の女性が入室してきた。
「しばらくぶりね、フニャン」
「はい。同志ゥーニャ」
「不愛想は相変わらずのようね。それでいいと思ってるの、あなた。そうでしょ?」
「...そうでしょうか?」
「ええ。あなたはもっと社交的になるべきね。最低限度の感情表現で済ませようとするのがあなたの悪いところだわ」
「...はぁ」
「まったく。あなたは偉い将軍の一人になったんだから政治をすることにもなるのよ。そんなんじゃ、誰かと衝突して余計な問題を作ることにもなることだってあるんだから。今度会った時はレクチャーしてあげるから、予習なさい」
「わかりました。努力します」
「まじめでよろしい。あなたは感情がないわけじゃないんだからもっと表情や言葉で訴えなさい。さて、本題に戻るけど要件は?」
「はい。外交に関する案件です」
「内容は?」
「軍事介入の要請です」
「軍事介入?」」
「ゥーニャ書記はバクーンという国はご存じですか?」
「ええ。南の大陸にある敵対的な異種族の国でしょ」
「そうです。我が軍と衝突して以降、その国は南の大陸の東方の国家群に対して武力侵攻を行っています。目的は我々がそれらの国を使ってバクーンを脅かす可能性があるのでそうなる前に制圧することだと軍は分析しています」
「なるほどね。もしくはただの覇権主義的な冒険という可能性もあるだろうけどどちらにしてもそれらの国を手中に収めることに変わりはないか。それで?」
「侵攻されている国からの支援の要請はなのですが他の国からそれら国家群を支援してほしいと要請が入っています」
「どこから?」
「バクーンです」
「?!」
ゥーニャは驚く。
「バクーンは侵攻しているのに助けろと言っているの?」
「バクーンの非主流派の筆頭からグレースランドを経由して話が持ち掛けられています」
「...あぁ、あなたの言っていた太子ね」
「そうです」
「そのことだけど、あなたにこのことは他の者に公にしないよう頼まれたから誰にも話してはいないけど軍部は皆知っているの?もしかして政府は蚊帳の外という訳じゃないでしょうね?」
「いえ。軍はバクーンが一枚岩ではない、その程度の認識しかありません。知っているのは私以外では海軍司令とその副官くらいです。そして先方は私とグレースランドの王女にしか交渉を持ち掛けていません。私は一軍人ですから意思決定は暫定政府を纏める立場であるあなたに委ねたいと考えています。わからないことがあれば助言します」
「...なるほど。話を持ち掛けた理由は何?」
「太子は侵攻している国々をバクーンが手中に収めることはいずれミャウシアやグレースランド、NATOにとって大きな脅威になるのではないかと考えているようです。だからこれを妨害したほうが得策だと私達に言ってきているのです」
「脅威?」
ゥーニャはチェイナリンを少し睨む。
「次はミャウシアに侵攻してくるでもいうの?」
チェイナリンは首を横に振って否定する。
「バクーン政府が内海の制海権の掌握を進めるのは「チュウゴク」という地球人国家からの要請があったからだと太子は言っています」
「チュウゴク?その地球人国家の名前は聞いてる。西方の大陸に位置していてNATOと対立しているとかなんとか。その中国という国の目的は?」
「正確にはわかっていません。ですが中国は反政府軍の後ろ盾となっているロシア連邦と裏で繋がっていて、バクーンの軍事行動は我々の戦争にも関連していると太子は推測しているようです」
「興味深いわね。どのように関連するの?」
「バクーンの軍事行動はおそらく我が軍の海軍を妨害するのが直接的な目的だろうと太子は言ってます。しかし、妨害する理由やロシアに何のメリットがあるのかについては連絡文書に記載はありませんでした」
「は?」
ゥーニャが怪訝な顔をする。
「何よそれ。そこが重要なんじゃないの?」
「補足させていただくとそこは自分で考えろということではないかと」
「...」
「...更に補足させていただきます。太子は風変わりな人物で我々を試しているんです。おそらく遊び半分ではないかと」
「...ふざけているの?」
「おそらく真面目です。本当にそういう人物なんです」
チェイナリンが太子を表現するための言葉選びに四苦八苦する様子を見たゥーニャは、相手が真面目と不真面目が混在する予測不能な人物なのだと何となく理解する」
「...まぁいいわ。それで、あなたの考えは?」
「私も海軍を妨害するのが目的だろうと思います。海軍司令官も同様に考えています」
「妨害する理由は何だと思う?」
「...これは漠然とした推測ですが...。少し前にアメリカや二ホンという国の周辺で紛争があり、その過程で二つの大陸を繋ぐ地峡が崩壊したそうです」
「例の津波ね」
チェイナリンはこくりと頷く。
「この事件で地峡の一部分が海峡になったそうです。それによってバクーンの海峡を通らずともミャウシア南部とアメリカ、日本が海上路で結ぶことが可能になったそうです。バクーンの軍事行動はその妨害ではないかと」
「...だとしてもまだ目的の全容は見えないわね」
「...はい」
「我が国の南部は反政府軍に攻め立てられはしているけど、北部ほど支援を必要とはしていない。アメリカも船舶で物資輸送して支援するほどの余力はないはず。だとしたら私たちがアメリカ側を支援できないように妨害したいのかしら?だとしても支援できることなんでないはず」
「そういえば、アメリカ海軍の一部と派遣されていた日本海軍(海上自衛隊)の一部が南半球の情勢不安を理由にミャウシア北部から本国に帰還したそうです。それには中国も関わっているそうです。もしかしたら向こうで何かが起ころうとしているのかもしれない...」
チェイナリンはナナオウギとの会話を思い出す。
―「そういった経緯で俺はフランスっていう国の軍隊に志願したんだ。それまでは日本軍(自衛隊)に所属していた」
ナナオウギの故郷の国だ。
「もし、向こうで大規模な戦争が起こるとしたら我が国で活動しているNATO軍は撤退するかもしれないとしたら...」
「!?」
ゥーニャがピンときた表情でチェイナリンを見る。
「それは最悪のシナリオね。そうなれば私たちの敗戦は避けられない。...なるほど。これでロシアと中国が繋がったわね」
ここで二人は水面下で進んでいる事態に気づき始めたようだ。
相応の理由を見出さない限り軍事力を行使することに後ろ向きなゥーニャもこれには重い腰を上げざるを得ない。
「フニャン。あなたはどう思う」
「私もその可能性は十分有りうると思います」
「...わかった。私も保険として軍事介入に賛成する。武器の援助とバクーン海軍の牽制を目的とした部隊の派遣を命令します。できればバクーン軍と衝突したくないけど、止むを得ない場合は武力行使も許可します。海軍は今手すきだからたぶん大丈夫よね」
「海軍には私から伝えます」
「お願いするわ」
チェイナリンとゥーニャ書記の密談が終わった。
チェイナリンはほんのわずかだが険しい表情で部屋を後にする。
情勢は日に日に混迷の度合いを深めていた。