衝突前夜(挿絵あり)
<<ミャウシア沖上空>>
ミャウシアの双発の輸送機が6機の重戦闘機の護衛機に守られながら北西方向に向かって飛行していた。
輸送機の機内では軍人と政府高官と思われる人々が会話をしている。
「では実際に彼らについてわかっていることは殆どないのですね」
「はい。何しろ遠征軍の兵士たちが捕虜になっていることも知りませんでしたから。得体が知れない以上敵国に乗り込むのは危険極まりないことです。が政府がそこまで本腰になっているのなら我々としても協力せざるを得ません。それに捕虜を返還することに向こうが乗り気で会談のスケジュールも示してくれたことから動くなら今だろうと海軍も決断したのです」
「なるほど。ちなみに彼らがどういう種族かや文明レベルも向こうは回答しなかったのですね?」
「その通りです」
「困りましたね。やはり交渉役の我々はまず相手の実力を図るところから始めないといけないですね。わかってはいたことですがこれでは交渉をした場合相手のペースに乗せられてしまう。今回は本当に情報交換で終わってしまいそうです」
「いいではないですか。お互いやり取りすることに前向きなら外交交渉はきっと順調に進みますよ」
「そうならないと困ります。陸軍を早く牽制するネタを掴まなくては」
全くの手探り状態なのにかなりの重責を背負わされたことに外交官の猫耳女性が苛立ちつつも軍人と冷静に会話を続けていた。
だがそれとは別に前方の操縦室では慌ただしい会話が行われていた。
「ダメです。どの周波数もノイズだらけで何も聞こえません」
「どういうことだ?」
「ジャミングされてるとしか考えられませんが」
「例の太陽が関わる電波障害じゃないのか?」
「いえアレは正確な周期で発生します。今はぜんぜん時期じゃないです」
「まさか例の国が敵対行動に出たんじゃ...」
「いやそう考えるの妥当とは言えないな、まだ出発してそんなに経ってない。とりあえず一旦引き返したほうが懸命かも知れない。軍曹、御えらいさん方に事情を説明しに言ってくれ」
「了解」
そう言って乗員が高官たちと話しに行ってる間に輸送機は回頭して引き返し始めた。
すると先程の外交官の女性が操縦室に乗り込んできた。
「ちょっと待ってください!引き返さずに予定通り飛んでくださいよ、使節団だということは先方だってわかってるんですよ。誰が襲ってくると言うんですか!」
「ですが外交官殿、何者かがジャミングを行っています。これは明らかな戦闘行為です。どこの誰かわからない以上、最低限の護衛しかいない我々は危険です。わかっていただけませんかな」
外交官は納得いかない表情だが機長の判断も一理あったのでそれ以上言い返さず、出直すことを決めた。
しかし出直しは効かないのであった。
副操縦士が機長に言う。
「機長、南方から何かが2機接近してきます」
「南方だと?」
乗員が双眼鏡で目標確認する
「アレは陸軍のNY-1戦闘機です」
ここに来て雑音混じりながら無線が聞こえてくる。
「こちらは陸軍航空隊です。周辺域にジャミングがかけられたためスクランブル発進し哨戒を行っています。そちらは海軍のようですが何か異常はありませんか?」
輸送機側が無線に答える。
「こちらは海軍航空隊だ。何も遭遇はしていないがジャミングの件でこれから基地に帰投するつもりだ。よかったら護衛に付いてくれないか?」
「わかりました、ニムニス基地まで送りましょう」
無線の声の主はそう言うと旋回して飛行隊の後ろに着こうとする。
そして少し経ってから無線声の主はぼそっと微かで声で苦しそうに発言した。
「本当にごめんね」
「え?」
輸送機の通信手がヘッドホン越しにそれを聞いてわけがわからず戸惑いの声を上げた。
すると突然護衛に付いた陸軍機が使節団の飛行隊に攻撃を始める。
ズドドドン!
突然のことだったため護衛の戦闘機は反応する暇もなく被弾して炎上、空中分解する。
「何だと!?」
「陸軍機が突然攻撃してきました。こっちに向かってきます」
「高官たちに脱出の準備をさせろ!」
落とされなかった他の戦闘機は抵抗するがまたたく間に落とされ残ったのは輸送機だけになってしまう。
ズドドドドン!
「うわああ!」
輸送機の主翼に攻撃が集中して翼がポキっと折れる。
すると機体は高度を失い始めそれと同時にどんどん加速して落ちていく。
更に翼が非対称になったため機体は歳差運動を起こし機内に凄まじいGがかかり始めた。
「うぅぅぅ」
先程の外交官の女性が機内でもがきながら背中にはパラシュートを背負い、攻撃で空いた大きな穴に向かって匍匐前進していた。
そして最後の力を振り絞り穴から体を這い出す。
出た瞬間危うく尾翼とぶつかりそうになるが間一髪ですれ違い、パラシュートを開いて墜落する輸送機が海面に激突する様子を見る。
その周りで先程の陸軍機が旋回していた。
「フニャン隊長、どうしますか?」
「放っておこう、こんな洋上ではどの道...」
「...わかりました」
戦闘機のパイロット二人が無線でそんなやり取りをした後、また南の方角へ飛び去っていった。
その頃、別の海域ではミャウシア海軍の駆逐艦が爆発炎上して船尾が沈みかけていた。
この艦も外交交渉のためにヨーロッパへ派遣された連絡艦だったが先程と同様に陸軍機2機の襲撃を受けて撃沈されたのだった。
「見た見た?250kg爆弾が急所に命中したですよ!」
しかし相方の方反応を示さない。
「まだ怒ってるんですか?大尉さんは優秀だけど私達みたいな天才と比較しちゃいけませんよー。おっとそろそろ電波管制が解除される時間ですね」
そう言うとパイロットは無線の周波数を変える。
「ウルフ1聞こえますか?こちらウルフ2」
「うんうん、聞こえますよ。こっちは済みましたよ」
「そうですか。こちらも片付いたので撤収します」
「あいあい」
そう言うとパイロットは無線を切って先程撃沈した駆逐艦から脱出して海面に浮かんでいる乗員を見る。
「さてさてフィーナーレですね。ミンスクさんからは逃げられませんよー」
そう言うと戦闘機のパイロットは降下して海面に浮かんでいる水兵目掛けて飛んでいく。
そして操縦桿のボタンを押す。
<<イタリア海軍 ナザリオ・サウロ級潜水艦ジャンフランコ・ガッザーナ=プリアロッジア>>
夕方になり太陽が赤くなってきた頃、駆逐艦の残骸から少し離れたところから潜望鏡が海面に姿を表した。
「敵影なし、レーダーはどうだ?」
「いえ何も探知していません」
「ふむ。副長、あの駆逐艦の生存者は後どれくらい持つと思う?」
「そうですな、外気が急激に冷え始めたのでミャウシア人の子供みたいな体格を考えれば持って12時間と言ったところですか?」
「私もそれくらいだと思う。しかも機銃掃射の音も拾っている。なかなか絶望的な状態だな」
「まさか救助しようなんて言わないですよね、艦長?」
「どうかな?ミャウシア軍人の7割は女性だぞ。大勢の女性を見捨てて帰ったなんて言ったら俺のママがなんて言うか。司令部はまだ反応しないのか?」
「今来ました、待機命令です」
「ちっ」
艦長は舌打ちすると深呼吸を始め、決心したような表情になる。
すると副官は少し呆れた表情をするが直ぐに誇らしげな表情になった。
そして艦長がマイクを取って乗組員に指示した。
「艦長のファルツォーネだ、これより先程撃沈された駆逐艦の生存者を救助する。今から読み上げたものはブリッジへ来てくれ」
<<駆逐艦の残骸>>
日が暮れ辺りがどんどん暗くなる中、残骸にしがみつくミャウシア海軍水兵の姿があった。
機銃掃射をなんとかやり過ごしたものの、体力的にきつくなってきており夜明けまで持つとはとても思えなくなってきていた。
このまま死ぬのかと絶望的になっていたが変な音が聞こえ始めた。
水兵は耳をピクピクさせて音のする方角を見る。
そこにはボートの姿があったがもしかしたら新手の敵かも知れなかったので呼びかけはしなかった。
そしてそのボートの乗員がライトを照らして辺りを捜索し始めた。
明るくて人の姿が見えないがそれはとても下手くそなミャウシア語でなおかつミャウシア人が発するにはあまりにも低音な声で呼びかけ始めた。
寒さと疲れであんまり考えがまとまらなかったがもしかしたら例の国の種族なのかと思い始める。
どの道このままでは死ぬと思い意を決して呼びかけに応えることにした。
「おーい、ここよー!」
ボートはまっすぐこっちに向かって来て、乗員が自分をすくい上げる。
その見た目は明らかにヒト(猫耳亜人)ではなかったがとても親切そうだったことと憔悴しきっていて種族の心配はどうでも良くなった。
また自分が救助された姿を見て他の生存者たちもこぞって呼びかけに答え始めた。
こうして8人のミャウシア軍兵士が救助されるのだった。
更に先程輸送機が撃墜された海域ではヘリコプターがライトで海面を照らしてパラシュートを発見していた。
その脇には外交官がプカプカ浮いていて紫色になった唇をパクパクさせながらヘリのライトを見ていた。
<<ウクライナ共和国西側国境線>>
国境線沿いにはウクライナ陸軍の機甲部隊が集結し作戦の開始を今か今かと待っていた。
召喚事件後に再編されたウクライナ陸軍は8個旅団で構成されており、始めは防御線の構築で事態の推移に対応しようとしていたが、欧州連合軍が本格的武力行使に動かざる負えないと判断して大規模な援軍を派遣したことで主力の5個機械化旅団を全面に出していた。
なので他の戦域にもポーランド陸軍やドイツ陸軍、フランス軍などヨーロッパ各国から派遣された機甲旅団が続々と到着して待機している。
その総兵力は5万人、予備2万人、戦車500両、火砲200門、装甲車多数の機械化率十分な完全装甲軍団が完成していて第二次世界大戦レベルのミャウシア軍12万を叩き潰す準備は整っていた。
外交交渉が暗礁に乗り上げ事態は最悪のシナリオで進行していたのである。
<<ウクライナ空軍航空基地>>
この基地ではMig-29やF-16、ユーロファイター、Mig-21が常に駐機されしきりにスクランブル発進している。
「こちら管制、離陸を許可します」
「こちらウィスキー隊、了解。離陸する」
そんな無線のやり取りの後、Mig-29戦闘機が2機ランディングして離陸していった。
2機は西に向かって飛行を続け数十分後には戦闘空域に到達しレーダーで目標を探す。
「方位025に反応だ。複数機いるぞ」
「了解。そんじゃいつも通りおっ始めますか」
そう言うと2機のパイロットは少し高度を落として機首を目標に向ける。
パイロットは機器を操作して目標に誘導用レーダーを照射し始めた。
「おら、くらいやがれ。ウィスキー2、FOX-1」
Mig-29戦闘機からR-27中距離空対空ミサイルが発射され20km離れた目標へ飛んでいく。
R-27はAIM-7スパロー同様のセミアクティブホーミングミサイルであり母機が照射するレーダー波によって目標を識別し誘導される。
つまりMig-29戦闘機は最後までミサイルを誘導しなければならないのでこれは現代戦では誘導中に反撃を喰らいやすい大きなデメリットだった。
しかしミャウシア軍機相手では反撃どころか気づかれさえしないのでその性能を存分に発揮した。
ドカアアン!
ミャウシア軍のレシプロ戦闘機が突然爆発してバラバラに吹き飛ぶ。
セミアクティブホーミングミサイルは炸薬がかなり多めのため直撃すれば小型のレシプロ戦闘機は跡形もなく吹き飛んでしまうのだ。
「て、敵だ!どこから攻撃してきた!」
「3時の方角に飛行機雲のような筋があります。あっちから攻撃を受けたのでは?」
「敵機はいないぞ?どっちに回った?」
「見ていません!」
更に散開した編隊の2機が爆発し墜落していき、残りは1機になる。
残ったレシプロ機のパイロットは恐慌状態になり低空へ逃れて逃げようとするがそれを追尾するMig-29戦闘機はR-73短距離空対空ミサイルを発射し、ミサイルはレシプロエンジンの排気熱によって温まった機体目掛けて突っ込んでいき命中爆発する。
Mig-29は高度を上げ無線で基地に呼びかける。
「こちらウィスキー1、接近していた敵機を全機落とした。これより帰投する」
「ウィスキー隊、こちら管制。レーダーサイトが新たな目標を捉えた。燃料に余裕がればインターセプトせよ」
「こちらウィスキー1、了解した」
2機のMig-29戦闘機が変針して飛び去っていく。
<<ミャウシア陸軍前線司令部>>
「また全機未帰還か...」
「はい。言わずもがなジャミングで戦闘内容は一切不明です」
「わかった。下がっていい」
士官が部屋から退出していく。
「このままでは制空権は絶対取れない...。問題が顕在化していないのは奴らが全く攻勢に出ない消極姿勢で成り立っているだけだ。ぶつかればどうなるか...」
前線司令官は明らかに強大そうな未知の勢力とその存在を軽視して全く取り合わない陸軍上層部とで板挟みに合い苦悩していた。
しかし上からの命令は絶対でありやるしかなかった。
そして指揮官は指揮所へ行くと命令を伝達した。
「これより東部の敵性国家群へ侵攻を開始する。全軍に命令を伝達しろ。航空支援には余り期待しないよう付け加えてくれ」
「了解」
こうしてミャウシア軍東方派遣軍は地球諸国へ本格的な武力侵攻を開始した。
<<フランス陸軍第2外人落下傘連隊>>
フランス陸軍の特徴の一つである外人部隊もまた今作戦に投入される予定になっていて飛行場の一角で待機していた。
その中にFA-MAS小銃を手に取りチェックしていた日系人の男性の姿があり、仲間の隊員と会話をしていた。
「おい、ショータ。今まで聞いてなかったんだがお前が外人部隊に志願した理由ってなんなんだ?」
「そうだな、前の世界で世界大戦になりそうな情勢で紛争が続発してただろ?日本のために軍に志願したのに俺の国はそういうのに無関心なのが嫌だったんだよ。その火消しをしている国々に協力する気もなかった祖国に見切りをつけて軍を辞めて、あの時盛んに戦闘に参加していたフランス軍外人部隊に志願して自国じゃなくても誰かのために戦いたいって思ったんだよ」
「それで経歴に日本陸軍(日本国陸上自衛隊)退役があったのか」
「そういうこと」
男性はFA-MASのチェックを終えるとそれを肩に背負い直す。
するとくらいの高そうな士官が近づいてきた。
「全員チェックを終えたな、もしミャウシアとの折り合いがつかなければ6時間後に作戦が始まる。それまで待機だ」
士官がそう言った後小声で日系人の男性に話しかける。
「ショータ・ナナオウギ(七々扇 將太)一等兵。先ほど辞令で上等兵への昇進が決まった。実質、上等兵扱いだったがこれで名実ともそうだ。よろしく頼むぞ」
「ありがとうございます」
ナナオウギは上官に敬礼し、バッジを受け取るとやってやるぞという気持ちで満ち溢れるのだった。
そして万策尽きたNATO軍はミャウシア軍迎撃作戦を発動した。