空挺作戦6
部隊は直ちに待ち伏せ体制に入ると同時に近接航空支援を要請した。
味方の航空部隊が直ちに出撃して攻撃してくれるようだがそれまでは敵の大部隊を自分たちで足止めして時間稼ぎする必要がある。
フランス兵の一人がAT4携行式対戦車ロケット砲を構え、ミャウシア兵の一人もM72LAWロケット砲を構えた。
部隊の緊張度がはち切れるほど高まる。
部隊隊長は攻撃のタイミングを見計らうように敵を凝視し、片手をあげている。
そして敵の先頭車両との距離が200mを切ったあたりで隊長は合図を出した。
「撃て!」
先頭を走るソ連軍のT-70に似た軽戦車に対してフランス兵がAT4ロケット砲を発射した。
砲撃音と共に軽戦車が爆発炎上する。
敵兵は慌てるようにトラックを停車させると続々と歩兵が降車していくとこちらに正対するように伏せた。
車列の後方にはもう一両の軽戦車がいて、敵の存在に気付いてから道を逸れるように走り出してナナオウギ達に正対するように停車させる。
待ち伏せされている側なので軽戦車の乗員はいったん停止しないと敵がどこにいるのか把握するのが難ので判断としてはそこまで間違ってはいないのだが、対戦車兵器で狙われているのであれば話は変わってくる。
M72LAWロケット砲を抱えたミャウシア兵は照準器の目盛りに400mくらい離れた軽戦車を重ねると発射機のトリガーを引いて砲撃を行った。
砲撃してから2.5秒後に軽戦車に砲弾が命中し、白煙を噴き出した。
200mを超えると携行式ロケット砲の照準難易度はどんどん上がっていくだけに、軽戦車に砲弾を命中させたミャウシア兵はなかなかの砲撃センスだといえる。
ナナオウギ達は対戦車砲を2門しか装備していなかったので敵の軽戦車2両を一発でも撃ち漏らすと
厄介なことになるのでそれは回避できたといえる。
とはいえ、それでも1個小隊で1個中隊を相手取るという無理難題に変化はないので死に物狂いで交戦しなければならないことに変わりはない。
軽戦車を撃破してからナナオウギ達は敵部隊との間で200mから400mの近中距離の銃撃戦を展開する。
「1時の敵が近づいてきてる。頭を押さえろ!」
距離を詰めようとする敵に対してナナオウギがミーガルナに制圧射撃を指示する。
ミーガルナはミニミ軽機関銃を断続的に連射して敵をくぎ付けにした。
なんとか敵の接近を阻止したが空挺の軽歩兵であるナナオウギ達の火力と弾薬には限りがあるのでこのままだらだら戦い続けるわけにもいかない。
しばらく引け腰の銃撃戦を続けたところで敵は小規模部隊であるナナオウギ達を見て両翼を広げ始める動きを見せた。
こうなると敵に対する制圧射撃の効果が落ちるし、側面攻撃も受けるようになるし、何より包囲される危険がある。
味方だけでなく敵も防風林やその周辺の障害物や背の高い雑草を駆使して交戦しているので敵の動きを攻撃だけで完全に止めることが出来ずにいた。
ナナオウギ達はどんどん苦しい立場に置かれ始める。
「だめだ!左翼の敵が迫ってる。援護するから後退しろ!」
左翼を担当していたフランス兵数名がミャウシア兵たちの援護射撃の中、さらに後方の障害物まで姿勢を低くしながら後退する。
しかし、一人が被弾して転んでしまったのでそれを別の二人が引っ張りながら必死の後退を行った。
ナナオウギはマズい、マズいと思いながら空のマガジンを抜き取ると弾の入っているマガジン素早くを小銃に差し込みレバーを動かして弾を再装填する。
ナナオウギはミーガルナを見るが彼女も弾切れを起こしていたのでトップカバ―を外してトレーに弾薬ベルトを挟む作業を行っていた。
しかも弾薬ボックスは最後の一つであるらしく、これを撃ちきると自分の小銃用マガジンを融通しない限りミーガルナは弾切れに陥る。
ナナオウギ達は味方の航空支援をまだかまだかと思いながら交戦を続ける。
いよいよ弾切れと包囲に陥りそうなところで敵の動きが急激に鈍くなり始めた。
「何だ?どうしたんだ急に?」
ナナオウギは何が起きたのかよくわからないまま、都合がいいので弾をセーブしながら散発的な射撃に移行した。
ナナオウギはそう言えばと思い、シモンを探す。
しかし、周囲の障害物に同化するように戦っていたのか全然見つからない。
そのはずだ。
周囲の草むらにまぎれるようにシモンはポンチョに切り取った草をくっつけていて周囲に同化していたからだ。
しかも味方と少し距離を置いていたのでナナオウギが発見できないのも当然だった。
そんな彼女が自身の能力をいかんなく発揮して敵を恐怖のどん底に叩きおとしていたことにナナオウギはまだ気づいていなかった。
シモンはスコープなしの小銃を用いて300m離れた敵に狙いを定めると息を止めて引き金を引いく。
発砲してすぐにシモンの視界に映っていた敵が茂みに消えた。
「36」
シモンは倒した敵の数を数えていた。
気になるのはその数だ。
既に36人の敵兵に銃弾を撃ち込んでいてそのすべてが手応え有りらしい。
ある種の殺戮マシーンと化していた。
シモンは突出した敵や包囲しようと動いた敵、特にその指揮官と思わしき人物を優先的に狙撃していた。
シモンがまた敵の頭部に狙いを定めて引き金を引いて発砲した。
敵の眉間に赤い弾痕ができると後頭部から割れた頭蓋骨の一部と血しぶきが噴き出す。
どうやらシモンは300m程度の範囲であれば十中八九、敵をヘッドショットできる様だ。
まるで死神だ。
一方の敵は銃撃戦の中でヘッドショットを繰り出す謎の狙撃によって半ば恐慌状態に陥りつつあり、動ける者は半数未満まで減っていたのだ。
これでは戦術行動など早々にできなくなる。
敵は遂に後退を始め、死角にできる限り隠れようともしたので銃撃が一気に沈静化する。
ナナオウギは予断を許さない状況だと認識していたが、実態としては守備地点の保持に成功した。
空挺が始まる5分前には敵の増援とみられる1個中隊程度の戦車隊が交戦相手の後方から現れた。
ナナオウギは一瞬、めちゃくちゃ焦るがここで味方の航空部隊から通信が入る。
「バーガー2、攻撃目標を指定して欲しい」
「了解、目標を指定する」
味方の一人が赤外線レーザー照射装置を使ってポインティングする。
少しして味方の戦闘爆撃機の轟音が微かに聞こえるようになりると敵のいた地点から爆煙が大きな音と共に噴き出す。
敵はたまらずに退却を始めた。
後方から接近してきた車列も爆発を見て停進する。
そこへ味方のヘリボーン部隊を掩護するために飛来したAH-1ZやWAH-64などの攻撃ヘリがヘルファイア対戦車ミサイルで戦車隊への対戦車攻撃を始め、数分後には展開していたすべての中戦車が破壊された。
ここで反政府軍部隊はナナオウギ達の防衛線を超えることが出来ずに壊滅するに至った。
敵部隊が壊滅した辺りでヘリボーン部隊がナナオウギ達の後方にヘリボーンを開始する様子が見られた。
数百人のヘリボーン部隊が周囲に展開を始めたことでナナオウギ達特殊部隊はいったん持ち場をヘリボーン部隊に引き継いで補給と再編を行うことにした。
撃たれて意識不明のフランス兵の一人をヘリに乗せて後方に搬送する。
ヘリボーン部隊が降下してから少しして、ヨーロッパからやってきた輸送機群が低空侵入しながら飛来した。
そして落下傘部隊、数千人を連続降下させる。
特殊部隊がヘリボーン部隊の降下地点を確保し、ヘリボーン部隊がエアボーン部隊の降下地点を確保するという段取りになっているのだ。
補給の前にナナオウギは敵部隊のいた地点に近づくシモンを見ていたので呼びに行くためにミーガルナとそちらへ歩いて向かう。
シモンは敵兵の死体を確認している様子だ。
悪趣味があるのかと勘繰ってしまうがシモンのしぐさを見てそういうわけでもなさそうに見えた。
「シモン。何しているんだ?」
ナナオウギがシモンに質問する。
「確認」
「何の?」
「倒した敵の数の確認。今終わった」
「...そうか。ちなみに聞くけど何人だった?」
「52人」
「ほ、本当か?」
「...ご、52人?!」
ナナオウギとミーガルナはシモンの発言に驚く。
2人は敵の動きが途中からおかしくなった理由をようやく理解する。
自分たちの戦果の半数ほどはシモンが叩き出したものだったのだ。
ナナオウギはなぜ潜入部隊がシモンに太鼓判を押して仲間にするよう推薦したのか合点がいく。
殺戮マシーンというか殺戮天使というか、そういう化け物じみた狙撃センスをシモンは持っているようなのだ。
ミーガルナはシモンに聞く。
「あ、...あんた、凄いね。...けど、そこまで凄いとちょっと心が痛んだりしない?なんとなくだけど」
「んー。痛まないわけじゃないけど割り切れないわけでもないかな。あたいはやれと言われたこと可能な限り実行したまでだし。それにやらなかったその分だけ味方が死ぬことになるんじゃないの?」
「...確かに。あんた、やっぱ凄いや」
ミーガルナはシモンのサバサバしたところや気持ちの切り替えや割り切り具合のしっかりしているところに感心する。
むしろ末恐ろしいほどだった。
「わかった。けど、今度からは単独行動はできる限り慎んでくれ。何かするときは俺かミーガルナに報告して欲しいんだ。正規の隊員ではないとはいえ、同じ部隊で行動するからにはそうしてくれると他の皆には助かるんだよ。いい?」
。
「もちろん。遵守する」
「よし。なら行こう。まずは補給がてら飯をとるってさ」
ナナオウギはシモンにそう言うと3人で歩き出した。
この後、ナナオウギの報告を聞いた隊長とミャウシア兵はシモンをミャウシア政府軍の正式な辞令が来るまでのしばらくの間、暫定的ながら正式な隊員として扱うことを話し合いで決めた。