猫の国の侵攻2
<<とある国の国境線>>
稜線沿いに数両の戦車が駐車してあり脇の斜面には数十人の兵士たちが昼食を取っていた。
「空軍が渾身の一撃で反撃してくれてますがどこまで持つのやら。それにしても向こうのミャウシアとかいう猫ども、数が多すぎですよ。メルンホル防衛戦時のあの戦車の大群見ましたか?呆れた物量ですよ」
「でも完全に慢心気味だったわ。メルンホルの勝利でも完全に私達のことを侮っていたか、こっちの存在をまったく知らなかった様子だった。でも次は本気で来るはずよ」
「あの数で本気出されたら...」
「厳しいけどやるしかないわ。ここを抜かれたら後方は完全にがら空きで戦線崩壊は免れないもの」
部隊長と見られる女性は部下にそう言うと缶詰とスプーンを専用の入れ物に放り投げる。
彼女の外見も亜人の例にもれず垂れ下がった様な犬耳と毛の量が控えめな尻尾をしていた。
「敵に動きがあり!7キロヤード先に戦車が見えます!」
「噂をすればおいでなさったわよ。各車戦闘配置!」
各員戦車に乗り込み始め、エンジンを始動させブオオンと音を立てる。
各戦車は稜線を登ると敵から見て顔を出すような位置に停車して構える。
この状態はハルダウンといい車体を壁や地面で隠して装甲の最も分厚い砲塔だけを敵に晒して戦う戦法であり、待ち伏せや防衛では基本中の基本と言える戦術だ。
攻撃側は敵に砲弾を当てづらい上に分厚い装甲で弾かれやすく、位置は大抵露呈しているため甚だ不利である。
しかしそれを承知でミャウシア軍側は攻勢に出た。
理由は簡単だ。
この時現れた戦車は守備隊の数倍にのぼる50両だった。
「敵は一個戦車大隊で突貫する模様です!」
「慌てるな、こっちは射程でも優位だ。各車3000ヤードを切ったら撃て」
そして各車に倒すべき敵の位置が割り振られていく。
もうもうと土煙をあげてジリジリと距離を詰めてくるミャウシア軍を戦車兵達は息を呑んで照準器で狙いを付け続ける。
そして号令が発せられる。
「撃てええ」
数両の戦車が一斉に砲撃する。
すると3両の戦車が止まり、他に2両の戦車から火の手が上がり内1両は爆発で砲塔が吹き飛び宙う。
動きを止めた戦車もハッチから続々と猫耳の乗員が脱出していき数秒後に火柱がハッチから上がる。
「装填完了」
「一番手前の奴に照準合わせろ」
「照準よし」
「撃てええ」
バコン、カラン。
一連の動作が各車で続きミャウシア軍戦車が8両破壊される。
この段階でミャウシア軍戦車は有効射程に入ったのか一斉に砲撃を始めた。
しかし最初の攻撃は1発も命中弾を出さず稜線に当たって空中へ弾き飛んでいったり戦車の頭上をブオンと音を立てて素通りしていく。
守備隊は動ずることなく砲撃を続ける。
お互いの距離が1500ヤードを切り始めたころミャウシア軍はすでに18両が破壊されていた。
ここで守備隊の戦車にも着弾があった。
なんとも形容し難い金属と金属の強い衝突音が鳴り響く。
砲弾は装甲の最も分厚い砲塔の防盾に命中し貫通することなく弾き返されたことで無事だった。
しかし敵の攻撃も次第に苛烈になり、狙いやすい車両に絞って執拗に攻撃され狙われた戦車は後退して陣地転換する。
そしてミャウシア側もやられてばかりではなく、初弾の偏差を修正し第2射で命中させる者が現れ、ついに守備隊側で防盾脇の比較的装甲の薄い箇所に命中し貫かれ炎上する戦車が出た。
数両だけの守備隊にとって手痛い損害である。
そして稜線麓にミャウシア軍が到達した時、ミャウシア軍は30両が破壊され守備隊の残存数は5両だった。
「全車後退しろ!」
隊長の指示の下、守備隊戦車が稜線裏に後退を始めた。
「稜線から顔を出したやつから片っ端で潰していけ。あえて引きつけるぞ!」
ミャウシア軍戦車が丘を登り稜線から顔を出し始める。
しかし俯角が足りないので守備隊側を狙うことができないのか構わず進み続ける。
そこをすかさず守備隊が砲撃していき近距離からの攻撃は問答無用でミャウシア戦車を破壊していく。
だが倒しきれず登り終えたミャウシア軍戦車が上向いた主砲を下げて砲身を向けてくる。
ミャシウア軍の怒涛の反撃で一気に2両がやられ、守備隊は残り3両になる。
しかしこの時点でミャウシア軍戦車は残り9両となっていたので守備隊隊長は無線で怒鳴るように指示する。
「全車前進して肉薄しろ!」
始めは無茶苦茶だと思いながら守備隊は前進したがやがて真意に気づく。
こっちの戦車のほうが機動力、砲塔旋回力で勝っていたのでミャウシア軍はこっちに照準を向けるだけでもやっとだったのだ。
そして機動戦をしかけてミャウシア軍を潰しにかかる。
ズドン。
ズドン。
砲撃戦の後残ったのは守備隊の戦車1両だった。
砲塔のハッチから犬耳の女性が顔を出すと一面黒煙を吹き出す戦車の残骸ばかりだった。
「ニルス、紅茶を入れて」
「わかりました。カーライル隊長」
隊長は部下に紅茶を入れるよう指示すると無線機にかじりつく。
「司令部へ、こちらウルドック隊、敵の進軍を阻止した。しかしこちらもほぼ壊滅寸前です、どうぞ」
無線に全然反応がない。
生き残った隊長は前線に自分たちだけ取り残されたのかと不安がるが少ししてようやく返事が帰ってくる。
「こちら戦車連隊司令部。ウルドック隊よくやった。敵が君のところの防備の薄さを狙って一大攻勢に出たと聞いたが返り討ちにするとはさすが戦車エースに恥じぬ戦いぶりだ。だが敵は新たに3波分も増援を送り込んだと偵察機から入電があった。今戦車中隊をかき集めてポイントB2に集結させている。貴官たちも後退し集結地点に向かってくれ。以上だ」
「こちらウルドック、了解」
「苦しすぎる戦いだわ」
隊長はぼやくと先程部下に入れてもらった紅茶をすする。
だが近くで発砲音がする。
何事かと思い据え付けの機銃に手を伸ばし機銃を構える。
その先には友軍の歩兵中隊が捕まえたミャウシア軍捕虜が集められていた。
味方の犬耳男が小銃の銃床でミャウシア人女性を殴って怒鳴り散らしていた。
更に猫耳を引っ張って千切れんばかりに振り回す。
その間にミャウシア人は泣きながら必至に何かを訴えるが言葉は通じず何を言っているのかさっぱりだった。
隊長は暴行を加えられているミャウシア人女性が自分の年の離れた妹に似ていたので見るに耐えず止めに入る。
「確かベル准尉だったかしら。捕虜は向こうのトラックよ、早く載せなさい」
「いいえ。ここで始末します」
あまりのセリフに隊長は絶句してしまい、カッとなって言い返す。
「誰が指示したの?混成部隊の指揮官は私よ。くだらないこと言ってないで早く載せなさい」
「こいつらのせいで何人死んだと思ってるんですか!俺達は敵意すら見せてなかったのに、人外のクズどもめ!」
各種族、故郷の星では単一種しかいなかったのでこの世界に召喚された他の種族は見たことがないエイリアンか人外、未知の知的生命体と言っても過言ではない。
それに憎しみが合わされば知的生命体としてみることができない人が出てもおかしくはなかった。
隊長は戦車を下りてベル准尉に近づく。
「気持ちはわかるけど殺したとこでなにも解決しないしこいつらから有益な情報が聞き出せるかもしれない。この人達だって上官の指示で戦ったに過ぎない」
しかし、今のセリフで火が付いてしまったのかベル准尉は更に怒った顔で拳銃を取り出して先程暴行した女性の額を狙おうとした。
隊長はすかさず拳銃を掴み空に向けると発砲が起こる。
さすがの味方の兵士たちも駆け寄り止めに入ろうとする。
押し問答末隊長がコケてミャウシア兵に乗っかかってしまうがベル中尉が再度構え直すのを見てあえてミャウシア兵の前にしゃがみ込続けようとする。
それを察知した准尉は咄嗟に先程暴行した兵士を捕まえこめかみに銃口突きつける。
「それ以上続ければ軍法会議にかけるぞ、准尉!」
隊長が怒鳴るが准尉は姿勢を保ち続ける。
すると泣きながらミャウシア兵が片言を連呼する。
殺すの動詞の後に否定形の助詞、一人称名詞というメチャクチャな文法だが誰でも意味はわかった。
「殺さないで」ということである。
短時間の会話で単語と意味を聞き分けて理解したミャウシア兵に犬耳の兵士たちが驚く。
だがそのミャウシア兵が更に上着のボタンを外しズボンを脱ぎ泣き顔で体を好きにしていいと言わんばかりに肉体を准尉にアピールしてまた驚くことになる。
そのあまりの必死さと人間味、隊長が少し涙目になりながら半裸のミャウシア兵に駆け寄って服を直ぐ着させようとしたところで准尉も意気消沈になり銃をしまいヘルメットを地面に投げて唸り声をあげた。
その後部隊は前線を下げて多勢に無勢ながら必至に防衛戦を続ける。
この件で隊長であるシャーロット・カーライル少尉は紳士さを評価されたが逆にベル准尉は口頭注意の処分だけにおさめられたがあまりの恥ずかしさで部隊異動となる。
こうしてミャウシアは北東では地球諸国、南東では2つの犬の亜人国家グレースランド連合王国、ザイクス共和国と交戦状態に入っていた。
だが犬耳の国は文明レベルではミャウシアと同レベルだったものの軍事力では天と地の差があり勇戦を続けるも徐々に押し込まれつつあった。