防衛戦、そして2
ミャウシア南部上空 夜間
攻勢が始まったその日の夜まで反政府軍は政府軍に対する戦略爆撃を徹底的に行った。
夜に紛れて接近するので防衛側の防空部隊は爆撃機を視認しにくい。
夜間視力が驚異的に高いミャウシア人であってもやはり昼よりは見にくいので迎撃効率の低下は避けられない。
時折、空に一瞬の閃光が無数に輝くがこれは高射砲の砲弾の炸裂だ。
反政府軍の爆撃機部隊は赤く燃え盛る街を見下ろしながら空襲を継続した。
※実際の機体はイメージと異なります。
翌日の昼ごろ、街は無残な姿に変わり果てていた。
第二次世界大戦の凄惨さを再現したような廃墟が出現し、未だに残り火の煙と強い余熱が放出されていて人気はまばらだった。
「...」
市街に入ったミーガルナ・チェリッシュはその光景をとても複雑な表情で見ていた。
ミーガルナの部隊はこれからNATOの指揮下に入るための移動待ちで内地にいたことから急遽、民間人支援のための短期間の展開を行ったようだ。
ミーガルナは火傷を負って彷徨うようにふらふら歩く少年を見かけた。
駆け寄りたい気持ちでいっぱいになるが自制する。
衛生兵ではない自身には医療行為ができないし、動けるのなら救護所に自力で行くよう言われているはずだ。
実際、彼はふらついてはいるが救護所に向かっている。
なら自分は動けない人を優先して救助する方が妥当だった。
「動けないのか?」
他の兵士が負傷者に話しかけ負傷者は頷く。
「あたしが運ぶ。ほら、背中に乗って」
ミーガルナは進んで負傷者を背負うと救護所へ向かう。
「おかぁさぁぁぁああぁん!!」
「!」
ミーガルナは道中で泣きわめく少年に気づく。
「お母さんとはぐれたの?」
「.....!」
少年は泣き続けるが少し落ち着く様子を見せる。
「お姉ちゃんに付いてきな。お母さんを探すの手伝ってあげる」
そう言うと少年は更に落ち着いてくる。
捜索してあげる暇は全くないがほとんどが瓦礫か死体ばかりの廃墟にいてもどうしようもないのも事実だ。
人のいることろに連れていけば母親が見つかるかもしれない。
そう思う他なかった。
市街の外輪に設置された救護所には大勢の負傷者が詰めかけていた。
火傷を負った負傷者が大半を占めていて、軽傷から致命傷までピンキリなこともあって命の選別が当たり前のように行われる。
救護所の近くにはおびただしい数の遺体が積み上げられていた。
一人々布で覆たりしたいところなのだろうがそんな物資の余裕は無い。
また一人死んだのか市民が二人がかりで遺体を運んできて捨てるように安置所に遺棄した。
それを見たミーガルナは歯を食いしばる。
「...っ。もうたくさん。一体、いつになったら終わるの...」
猫の亜人であるミャウシア人はヒトではない。
けれどもヒトに似た姿と理性を持った知的生命体なのだからおそらくは人間という概念には当てはまるだろう。
故に繰り返される人類の過ちは亜人である彼女らにとっても例外ではない。
だがそれだけに負けることも歩みを止めるわけにもいかない。
今はただ生き残るために必死に戦い続けるしかなかった。
欧州連合軍司令部
各国軍から派遣された軍高官や職員たちが軍事行動についての最終調整に入っていた。
「今朝、再編した我が軍の第1機甲師団の移動準備が完了した。これよりNATOの指揮下に入る」
フランス陸軍は全軍が5万を切ろうという中でなけなしの部隊をNATOの指揮統制権下に入れたことを報告した。
フランス陸軍以外の各国陸軍は全軍で充足した1個師団を編制するのがやっとの有様だったため、旅団を引き抜いて臨時の混成旅団を仕立てるかスカスカの1個師団を編成してNATOに指揮統制権を委ねた。
そんな中でアメリカに次ぐ規模のトルコ軍はなんと2個装甲師団からなる1個軍団を投入するという椀飯振舞だった。
もちろん下心はスケスケだった。
とんでもないことになっている中東転移地域からトルコが少し離れた位置にいることからくる後顧の憂いが少なさと現在の地球国家群間のとある複雑な流れを汲んだ漁夫の利や大恩を売って有利に立ち回ろうという魂胆があったからだ。
慢性的な兵力不足に喘ぐNATOに断る選択肢はない。
アメリカ軍も予備役兵を投入した大部隊を既にスタンバイさせていた。
準備はほぼ完了し、陸海空全体で40万近い大兵力の動員が完了していた。
そして兵力不足を埋める切り札がミャウシア政府軍から指揮権を譲渡された50万を超える歩兵部隊だった。
ただでさえ寡兵になりつつある政府軍が起死回生の一手として送り込む切り札のような部隊だ。
NATOの設定した自由の夜明け作戦
総動員兵力100万以上
欧州から大船団でミャウシア北部沿岸に敵前強行上陸し、敵の後方を遮断して敵主力を一気に包囲して瓦解させる一大作戦だった。
地上戦の要領は電撃戦だ。
上陸地点からステップ気味の地域を高速で南下してミャウシア領中央の山脈まで打通させる正真正銘の電撃作戦である。
縦深を併用したりするのとはわけが違う。
これを成立させるには側面を防備する部隊が大量に必要となるがそれがミャウシア政府軍部隊の役割だった。
NATO軍が大火力で反政府軍を突破し、側面を多少武器供与された政府軍が固めるという互いの得手不得手を補った戦術ということらしい。
成功すれば戦争は政府軍の逆転勝利になる。
失敗すれば敵中に孤立する。
まさに賭けだった。
後はNATO加盟国首脳たちの最終判断を待つのみとなる。