近づく転換点3
ミャウシア暫定政府軍 ニェボロスカ航空基地
列車砲攻撃作戦からあまり日を置かずにNATO軍のミャウシア駐在武官の入れ替わりの要員を乗せたC-130輸送機がニェボロスカ基地に着陸する。
飛行場には荷物を持ったナナオウギの姿があった。
ナナオウギはこの便で本国に戻ることが決まったようだ。
これは、先日のメルルゥ氏の話を上に報告したことや、ミャウシア本土に対する大規模な攻撃作戦にミャウシア語が堪能でミャウシア人と意思疎通や意見調整の経験が豊富なナナオウギのような兵士が必要とされたのが理由だ。
―次、ミャウシアに戻って来た時は前の戦いとは比べ物にならない激戦になるんだろうな。
ナナオウギはそんなことを考えていた。
NATOは異世界転移によって兵力の2/3を失い、軍組織もガタガタになりながらも兵力40万の大軍をかき集めてミャウシア反政府軍にぶつける決意を固めたらしい。
既に反攻に転ずる準備を整えた反政府軍が相手では政府軍の勝ち目は薄い。
反政府軍が勝てばミャウシアはロシアと手を組み、日本を含めた西側軍事同盟に敵対するだろう。
アメリカもヨーロッパ諸国もその事態だけは何としても避けたい。
だからNATOは湾岸戦争以来となる大軍を編成し、政府軍を勝たせるために実力行使に打って出るのだ
。
準備を終えた部隊は交代要員に引継ぎの挨拶を行った。
そしてチェイナリンも司令官として見送るため立ち会っていた。
部隊は輸送機に乗り込み始めた。
チェイナリンとミラベルが引き上げる部隊に視線を合わせ続け、ナナオウギも他から変に思われない手度にチェイナリン達を見ている。
するとおもむろにちょっとだけ手を挙げるて身に着けた民族チックなブレスレットを袖口から見せた。
先日 基地内某所
「おめでとう、チェリン、それにアーニャン。ジェット戦闘機の初戦が大金星にならなかったのは残念だけど、二人とも無事に敵を追い払えたんだから上出来なんじゃないかな。俺は素人だからこれが正しい評価なのはわからない。だけど、とにかく二人ともさすがだよ」
「ふふーん。まぁ、あたしらに掛かればこんなもんよ」
お調子者のミラベルはちょっとだけ自慢する様に花を伸ばす。
次はチェイナリンがナナオウギに話しかける番なのかと思いきや、いまだに言葉を選んでいる様子で少し固まっている。
それを見たナナオウギはこちらから話しかけようかと思ったが、それが可愛く見えたのでつい反応を待ってしまう。
「ほらほら!」
ミラベルがチェイナリンの背中を叩く。
「はっ、はい、ありがとうございます!」
驚いたチェイナリンは焦ったように丁寧な言葉を使って返答してしまう。
「ま、まぁ、そんなにかしこまらなくてもいいから...」
そうは言ったもののチェイナリンはやってしまったばかりに固まってしまう。
ナナオウギはあれーこんなはずではと思いながらある事を思い出す。
「そ、そう言えば二人に渡しておきたいものがあったんだった。本当は航空戦の前に渡しておきたかったんだけど、どうかなこれ」
ナナオウギはポケットからあるものを出した。
前に助けたミャウシア人の少年にあげたのと同様のお守りだった。
「これは俺の生まれた国のオマモリっていう、災いを遠ざけてくれるアイテム。良かったらだけど貰ってくれるかな、チェリン」
「...オマモリっていうお守りを私に?」
「まぁ、そんなところ。ぶっちゃけ言うとお守りをいっぱい持ってきているんだよね。あればあるだけ御利益がありそうだからさ。ははは」
チェイナリンは渡されたお守りを眺める。
見たことがないカクカクしい言語が書かれていてとても民族チックな模様が印象的だった。
「ふーん、これナナオウギの国の織物?」
ミラベルが尋ねる。
「模様はそうだね」
「...」
チェイナリンはじっとお守りを見続けている。
さっきから会話が失敗気味なのもあってナナオウギとミラベルはチェイナリンの出方を伺う。
「...ありがとう。とても嬉しい」
チェイナリンはいつもの無表情に戻っていたがそれが割と自然に感じる。
「私からもいいかな?」
「ん、何?」
チェイナリンはパイロットスーツの下に身に着けていたブレスレットを外すとナナオウギに手渡す。
民族的な模様をあしらわれていて中央には月のような淡い光を放つ石が仕込まれているなど、相応に手の込んだバンドだった。
「これは私のお守り。私からも」
「これがミャウシアのお守り?」
「あ、知ってる。これネニャンニャ族の人がよく着けてる布生地でしょ。隊長も持ってたんだ。気づかなかった」
「うん。出撃の時だけ服の下に隠して身に着けていたから」
「ネニャンニャ族ってチェリンの出身民族?」
「うん」
「へぇ。チェリンの民族の伝統的なお守りかぁ。ありがとう、大切にするよ」
ナナオウギは物珍しいもの見るような態度だが内心は焦っていた。
―やっべー!凄いもの貰ってしまった。俺のお守り、工場で作られたやつじゃん。全然釣り合わないじゃん!
確かに工業製品と宝石付き手織り品では価値はだんちと言わざるを得ない。
石は多結晶の不透明な白地の宝石で、構造色で少しだけ虹色に輝く。
その宝石は地球でいうところの月長石、ムーンストーンというもので安価な宝石にあたる。
この時、ナナオウギとミラベルは単に二つあるお守りを分けてもらった程度にしか考えていなかった。
けれどもチェイナリンの出身民族では二つで一組のお守りの片方を譲るのは大切な相手であるを示す証だった。
それを二人に説明するのは照れくさい気がしてチェイナリンは話さなかった。
不器用ながら二人の距離は徐々にだが縮まっているようだ。
場面は現在に戻る。
ナナオウギは座席に座るとブレスレットを眺める。
「元々死ぬ気はないけどこれで余計に死ねなくなっちゃったな」
嬉しそうな表情でそう言うとたまたま窓のある席だったので外を見る。
既に滑走路に進入していてこれから離陸するところだった。
ところが輸送機が動き出したのと同時にエプロンにいたミャウシア兵達が慌ただしく走り始める。
「なんだ?」
そう思った矢先に基地施設から爆発が起きた。
「なっ?!」
ナナオウギは思わず叫ぶ。
ナナオウギからは見えないし音も拾えないが輸送機のコックピットのパイロットたちも慌てふためいていた。
ほんの少し前のニェボロスカ基地周辺の標高の低い丘陵
ニェボロスカ基地守備隊の監視小屋が稜線上に建てられていた。
「ふぁ~、眠たい」
「そのまま寝んじゃないわよ」
「はいはい」
二人の兵士が山間を監視していた。
するとどこからかとても小さな轟音が聞こえ始めた。
「ん~?基地の戦闘機の音か?」
「おかしいわね。今日の訓練はもう終わってるはずだけど」
基地の航空機のフライト予定を記載したノートには何も記載されてなかった。
「どんどん近づいてるぞ」
「やっぱりない。いったん指揮所に電話を入れるか」
小屋内の兵士が有線電話の受話器を取る。
ここでようやく正体が判明した。
「戦闘機じゃない!ミサイルの編隊だ!」
山間を小さな物体が断続的にジェット音を轟かせて通していく。
「マジか?!」
かけていた電話はようやく繋がる。
「もしもし!こちら第二監視小屋!...聞こえますか?こちら第二監視小屋です!」
「急げ!あのスピードだと直ぐに基地に到達する!」
『こちら指揮所。何があった?』
「敵襲です!多数のミサイルが基地に向かって高速で接近するのを確認しました!」
基地守備隊指揮所
「ミサイル?!」
電話に出た指揮官の猫耳に電話越しでミサイルが轟いているのが聞こえてきた。
「っ?!敵襲!敵襲だ!総員戦闘配置!」
それを聞いた防空砲兵の一人が設置型の手動サイレンに駆け寄り、全身を動かしながら重いハンドルを回し始めた。
ヴォォォォォ!とサイレンが基地の外周から鳴り響き始める。
「空襲警報?」
C-130輸送が離陸を始めようとしたところで空襲警報が鳴り響き、飛行場のエプロンにいた基地の要員達を驚かせた。
空襲警報を聞いた他の兵士も基地に設置されたサイレンを鳴らし始める。
「え?なんですか?敵?」
チェイナリンの脇にいたウーが酷く動揺する。
「隊長、指揮所に行く?それとも穴に潜る?」
ミラベルは要領よくチェイナリンに短く質問する。
「...潜る。防空要員は持ち場に着け!他は掩体壕へ走れ!急げ!」
周囲にいた基地の要員達は直ちに滑走路周辺に設置された土嚢で作られた掩体壕へ走り始めた。
それと同時に基地の外周からミサイルの発射音や対空機関砲の発砲音が轟き始めた。
基地外周の守備隊では配備されたばかりのレイピア地対空ミサイルを無線機を片手に持った指揮官の指示で巡航ミサイルに向けて発射した。
浅い角度で真っ直ぐ飛翔していくレイピアミサイルは巡航ミサイルの一発を撃墜する。
やがて機関砲の有効射程にミサイルが到達し、艦載用の三連装33mm対空機銃による砲撃が始まる。
こちらはレーダー追尾ではないうえにクランクで砲塔を旋回させるものなので気休め程度にしかならない。
遂に守備隊の迎撃をすり抜けたミサイルがシーカーに映る目標を捉えて次々と着弾していく。
チェイナリン達はミサイルが着弾する中でようやく掩体壕に飛び込んだ。
「ひぃぃ!」
「くっそ!守備隊は何やってんのよ!」
ウーが悲鳴を上げる中、ミラベルは興奮しながら怒鳴る。
が、守備隊も必死にミサイルを墜としている最中なのでそれを言うのは酷なことだった。
ミサイルは燃料タンクや格納庫、滑走路を次々破壊して回る。
ミサイルが全て撃墜されるか着弾し終えるとあたりには黒煙が立ち上っていた。
チェイナリン達はゆっくりと掩体壕から顔を出す。
重要施設が多数破壊され、火災が起きている惨状に無言で見いる。
やがてレトロな軍用消防車を引っ張り出してきた消火班が消火活動を始めた。
この日、ミャウシアの全ての戦線で反政府軍の大攻勢が始まった。