其の伍
数時間後。……そう、数時間である。
数時間に渡る弾幕の後、虚は倒れた。
当然ながら、イズナも倒れている。数時間は逃げ切れなかったのだろう。
それまで私達は森に退避していた。すぐに終わると思ったんだけどなあ。
私は虚を抱いて、天界から来た皆のところに行く。
「サレナさん……でしたか?虚の治療を……」
「……必要ないわ。疲れて眠ってるだけよ。そこに寝かせてあげなさい」
言われて、虚を横にして寝かせる。
横でアーサーが寝ていて、さらにその横ではアルとフィーテさんが休んでいる。
ぐー、ぐー。見事な寝息である。
「じゃあ、その、えーっと、あなた達はどうしてここに?」
気になる。当然だ。
虚はきっと、私の危険を察知してくれたのだろう。
でも、この前は天界で会った人が二人。
そして、いるはずもない人が二人。
「私達、勇者がまた呼び出されるとはねぇ……」
「勇者……ですか?」
「敬語はやめなさい、気が狂うから」
「ごめんなさ、……えっと、ごめん」
「それでいいわ、敬語なんて上司を宥めたり騙したり皮肉ったりする時くらいにしか使わないんだから」
非常に問題な発言だと思う。
そして自分が放った問題発言なんて無かったかのように、サレナさんは話し始めた。
「私達は、天界に来た魔王を退治し、魔界との交流関係を保った者、即ち勇者。
その勇者が、何故かまた招集されたわけよ」
「えーと、魔王?魔界?やっぱり天界があれば魔界もあるんだね」
「その通りよ。まさか死んだら全員天国にいけると思ったら大間違いよ。
だから絶対に地獄、即ち魔界は必要なの。分かる?」
「はあ……」
いやそんなにまくしたてられても。
「要領を得ない返事ね。まあいいわ。
暇潰しにアルん家の本漁ってたら、いきなり一つの世界の創世神と名乗る奴が訪ねてきたのよ。
私達に魔王討伐を頼んだ神様とは別の奴ね」
え、神様が二人?
……そうか、天界を統治する神様もいれば、世界を見守る神様もいるのか。
この世界は多神教ですね、分かります。
「んで、『地上の少女を一人、助けて欲しい』だって。
断ったら真っ先にフィーテの所に行きやがったわ。
そしてフィーテは、……きっと言いくるめられたのね。
フィーテはその後、元勇者全員に声をかけ、あの化け狐にそれを伝えに行ったわ」
「はあ、大体分かったけど」
「んで、あなた達はこれからどうするの?」
「……世界を、滅ぼしに」
サレナさんは飽きれた表情だ。
「あー、そういやそんな事を、あの創世神から説明された気がするわ……ホントに馬鹿みたいね」
「う、でもこの世界がどれだけ穢れているか、分かるでしょう?」
サレナさんは少しして、納得の表情を浮かべる。
「うふふ、それもそうね、だから出てきなさいよ、そこにいる誰かさん?」
――え?
突如、正面の空間が『歪んだ』のだ。
熱い日、遠くを見ると暑さで空間が『歪む』だろう。
湖の上などで、空間が『歪み』、そこにあるはずもない何かが現れるだろう。
それと同じ。
私の目の前の空間は『歪んだ』。
私は驚きを隠せない。
魔法での転移なら、魔方陣やら扉やら何やらが最初に現れ、光と共に転移物が現れるはずだ。
しかしそうではない。
『歪んだ空間から人が現れた』のだ……!
そしてそんな大それた事をやっているはずなのに、魔力は微塵も感じられない。
「何、何?何っ!?何が起こったの?」
さらなる驚き。
そいつは私の知ってる人。
名前は知らないけど、盗賊団の中で会った事がある。
こいつは研究員、アルの体を提供したアイツだ。
「よく気付いたな。さすがは勇者というべきか」
「あなたこそ、あれで隠れてるつもりだったの?隔離世にいればバレないとでも思った?」
か、かくりよ?
「そう思ったのだが。隔離世にいれば普通の者には見えまい」
えーと、隔離された世界、で『隔離世』だろうか。
「隔離世にいるだけで天界の勇者を欺けると思ったら大間違いだわ。出直してきなさい」
……そろそろ思ったことを口に出さねば、教えてもらえなさそうだ。
「あの……『隔離世』って?」
隔離世とやらから出てきたらしい研究員は、私をチラリと見ながら言う。
「ほら。このように、隔離世を知らない人もいるのだ」
「なるほどねえ。……隔離世ってのはね、この世界の裏側よ。
裏から表は見えるけど、表から裏を見ることは難しいわ。
さらに、互いに物理的な干渉はできない。
声だけなら、どちらからも聞く事はできるけど。
私達が暮らしている世界に『最も近くて遠い場所』とでも言いましょうか。
でも、優れた魔術師なら簡単に入れるわよ」
「……私は、魔術師ではないがな。
よく知っているではないか、天界の勇者とやら」
「な、なんて非現実的な……」
「私から見れば、天界というものの存在の方が非現実的だ」
それもそうだ。
「んで?何であんたは隔離世にいたのよ。目的、方法、あんたの正体。
全てが気になるわ」
「……知りたいか?だがそう簡単に教えてやるわけには……ぐっ!?何をするっ!」
遅いしゃべり方にイライラしたのか、サレナさんが研究員の胸倉を掴みあげる。
サレナさんの方が圧倒的に小さいのに。
なんだこの力の差は。
「今すぐ名前と目的、いつからどうやって隔離世にいたかを話しなさい」
「名は……墨月景彦。目的は……個人的に監視したくなったからだ。盗賊団のボスが、そこの少女に掴みかかっ
たあたりから見ていた。方法は口では説明できん。科学の力とだけ言っておこうか」
「そう」
ばさっ。
サレナさんは手を離す。
研究員、景彦は尻餅をつく。
サレナさんは杖を突きつけ、呪文詠唱、魔方陣展開。
その気になればきっと、一瞬で彼を焼く事が可能なのだろう。
「……随分と手荒な歓迎だな」
「盗み聞きよりは普通じゃないかしら」
そんなこんなで争ってるうちに、フィーテさんとアルが起きた。
「何やってるんですか?騒がしい……あ、あなたは!」
「……誰?分からないわ」
「簡単に言うと、盗賊団の研究員です。今の僕の体も、彼に提供してもらったものです」
「なるほど、それでその研究員さんがなんでここにいるの?」
「あ、私が説明するよ」
私は二人に説明する。
この研究員、景彦が『隔離世』から現れたこと、私達の会話を盗み聞きしていたこと。
そんなに凄い人だったのね、とフィーテさん。
「……もう一つ答えなさい、景彦とやら」
「なんだ」
「これからどうする気?」
「……お前達の仲間入りも悪くないと思っていたんだが」
……
沈黙。
……そして。
「はあ!?ばっかじゃないの!?自分の上司が今焼き殺されたのよ分かってんの?!」
サレナさんの驚く気持ちが分からなくもない。
いやまてそもそも本心の言葉なのか、私達を惑わせる為の策略なのか。
「分かってるさ。だが、俺はひそかにボスの座を狙っていたのだ。そしてお前達は見事にボスを殺してくれた。お前達には感謝しいているし、
同時に尊敬もしている。だから一緒に連れて行ってもらいたいなどと考えているわけだ」
本心
「……本心の言葉とは思いづらいわね」
ここで私は気付く。
虚に心読んでもらえば、万事解決じゃないか、と。
というわけで虚の方へ。
虚はすー、すー、と穏やかな寝息を立てて、横向きで寝ている。
そういえばここに連れてくる時から、人間の姿だ。
……なんで?
まあいいや、起こそう。
しかし、もの凄く起こしづらい雰囲気である。
でも、うーん。
とりあえず、虚の手に触れてみよう。
きっと私の心を読んで、起きてくれるに違いない。
起こしちゃいけないから、そーっと。
……私は起こしたいのか起こしたくないのか、どっちなんだろうね。
――すると。
「うわっ?」
虚のまわりの空間が捻じ曲がる。
空間は虚を中心に渦を描き、虚を飲み込んでいく――
そして空間の狭間に、虚は消えた。




