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悪魔とアルシアの結末は

 悪魔は尻尾の先で器用に窓を閉めた。真っ暗になった部屋の中で悪魔がフッと鋭く息を吐くと、赤子の掌ほどの青白い炎が四つ五つ現れフラフラあたりを彷徨い出した。

 冷静になったアルシアは冷静に「ここは既に冥界なのではないか」と思案した。

 アルシアは大きく息を吸い込んで腹に力を込めた。


「これは、人魂?」

「……その発想から離れろ。蝋燭代わりだ。俺は地獄の使者ではない」


 悪魔はぶっきらぼうに言ってアルシアの頭のてっぺんを囓った。はむはむと仔犬の甘噛みのようで痛みは全くない。むしろくすぐったい。


「悪魔の嫁って、どういうこと?」

「嫁は嫁だ」

「……鎖でつながれるの?」


 悪魔は額に青筋を浮かべて尻尾で床をペチペチと叩いた。


「俺にそんな趣味はない。嫁を奴隷代わりにするなんざ人間だけがすることだ」

「なら、出歩けないあなたのお世話をするってこと?」

「……。使用人代わりでもない。俺はもう首飾りには縛られてはいない。それに、人に擬態することも昼間出歩くこともたやすくできるようになる。お前と(ちぎ)ればな」

千切(ちぎ)っ」

「らない、そっちじゃねエ! アー……なんだ? そうだ、交尾と言うのだったな」

「こっ……」


 アルシアは真っ赤になった。

 悪魔はアルシアの反応にようやく満足したようで、尻尾を上機嫌にユラユラと揺らし始めた。


「お前は未経験だとわかっている。能無しがお前に手を出していたら八つ裂きにしてやるところだった」

「……ゴードン様はそんなことしないわよ。結婚前だし」


 アルシアは頬を染めたまま狼狽えた。これまでずっと悪魔のことで頭がいっぱいだったせいもあって、こういった話への耐性が低い。

 悪魔は再び不機嫌顔になった。


「今でも能無し王子と結婚したいか」

「え」

「婚約が破棄されたとき、あの女の腹には既に能無しの子がいたぞ。子は媒介になる、子は(かすがい)ってなア……クク、おかげで女から能無しに干渉するのは容易かった」

「うそ」


 アルシアは軽くショックを受けた。ゴードンに恋はしていなかったけれども、ローズとそこまで深い関係になっていたとは思いもよらなかった。


(……結局、何もわかってなかったのね)


 ゴードンとあのまま結婚していたならば、確かにアルシアは普通の貴族令嬢としての人生は送れただろう。しかしそれは幸福とはいえない人生になっただろう。

 悪魔は喉で笑うとアルシアの目元をべろりと舐めた。


「能無しは俺を化け物と呼ぶがなア、あいつらの方がよほど化け物じみているではないか。お前にすべての始末を押しつけて。なあ、アルシア? まだ俺を信じられないか。悪魔は嘘がつけないのに?」

「……」


 アルシアは言葉に詰まった。

 確かに、悪魔はアルシアに嘘はつかなかった。共に森を散歩したときも、庭のリボンを見つけてくれたときも、屋根に上って星を眺めたときも、悪魔はいつもアルシアの願いを聞き、約束をし、それを守った。


「……あのね、先王陛下が祓った悪魔は人を食べていたって聞いたの」

「それは俺たちじゃない。人間は『悪魔』と雑な括りで呼んでくれるがなア……二足歩行だからと人間と鳥を同一視するようなものだ。あいつらと俺たちは、お前と俺よりも遠い」

「黒い悪魔が魂を抜く話も先王陛下がしていたみたいで」

「それも俺たちとは違う」

「じゃあなんで旨そうって言うの? 舐めるし、それって人を食べたいっていう意味じゃないの?」

「違う。旨そうだ、は……配偶者に対してお前を喰いたいという思いを……」

「喰いたい!? や、やっぱり」


 アルシアが再び青くなる傍らで悪魔は頭の悩ませた。言葉は通じてもヒト的表現と悪魔的表現は異なる。


「待て、当たり前の言い方だから考えたことがなかったんだ。喰いたいくらい……アー……俺たちは人を食わない、共食いもしない。実際、喰わん。が」


 悪魔の尻尾がゆらゆら動いてアルシアの素足を撫でた。


「それでも喰って一つになりたいほど……アー……愛している?ということだ」

「……なんで最後疑問系なの」

「俺たちのこの感情と人間の愛とやらが同じものなのかまだ自信が無い。おそらく同じだろうが」

「ふ、不安なんだけどお……」


 アルシアは迷子になったような気分だった。

 悪魔はアルシアの目をのぞき込んだ。


「言ったろう、アルシアが気に入るやり方を選んでやると。お前が昔、仕返しをするなと言った意味はもうわかっている。あれは人間のやり方にはそぐわないという意味だろう」

「……そうよ。なにかされても、普通はせいぜい同じ程度の仕返しをするくらいなの」

「そのようだな。人間とは妙な生き物だ」

「妙な生き物を選んだのはあなたでしょ?」


 悪魔はニイッと牙を剥いて笑った。


「認めたなア。俺の嫁に選ばれたと」

「えっ、あっ……」

「まだ不満か?」


 言い返そうとしてもアルシアは何も思いつかなかった。

 体から力が抜けた。

 昔のように悪魔にもたれかかると、ゆっくりした悪魔の鼓動が聞こえた。そこではじめてアルシアは悪魔にも人間と同じように心音があるのだということを認識した。

 アルシアは呟いた。


「……話し合いが必要だと思うの。私たちは違いすぎるから」

「よかろう」

「お父様たちにも報告しなきゃ。……それと、成人まで待ってね」

「もともとそのつもりだ」


 悪魔はアルシアに顔を近づけると軽く唇を食み、最後にぺろりと舐めた。

 アルシアは赤面してそっぽを向いた。


「……ファーストキスだったんだけど」

「知っている」

「……成人まで待ってって言った」

「これ以上はしない」


 アルシアは頬を膨らませて、けれどももう何も言わなかった。頬を撫でる悪魔の四本指を握る。

 悪魔は喉を鳴らして笑った。



***



 アルシアから悪魔との結婚報告を受け取ったノックス家は一時混乱に陥ったが、アルシアの安全を知ってみな安堵に包まれた。

 それからまもなくノックス侯爵は王家から賜った領地を売り、爵位も返上して、一族を引きつれ東の大陸に渡った。もともとバイロンが運を切り開いた地であり、その時代に移住した親戚もいる、ノックス家にとっては縁の深い地である。王家を見限り故郷への未練もなくなった彼らが移り住むにはよい場所であった。


 王家と貴族が忠誠で結ばれることで国が成り立った時代のこと。

 忠義を尽くしたノックス家が王家から受けた扱いを見て他の貴族がなにを考え、その後どう行動したかは語られるまでもない。

※これにて完結。糖分不足かな? 読んで下さった方、ブクマ・評価・コメント下さった方、どうもありがとうございました。おかげさまで総合日間1位に載りました。


※我が家のホラーが行方不明になりました。見つけた方は可愛がってやってください……。それにしてもこの悪魔、ぺろぺろしすぎである。


※裏題:悪魔の嫁取り物語。いつか悪魔の嫁企画をしてみたい。


※そのうち書きたい「寺生まれのTさん~婚約破棄編~」

 王子「嫉妬に狂ったお前はローズを殺そうとした! 以上の罪を告発し、私はアルシアとの婚約を破『破ァーーーっ!!』……え、あれ、俺……」→Tさん「危なかったな。殿下とローズ嬢には人の婚約を妬む悪霊が憑いていたんだ」……みたいなのを……。

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