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悪魔は嘘がつけないけれど

※説明不足につき補足。


・悪魔は神をもしのぐ力を得た……と思ったからこそ宰相や国王は悪魔を恐れた→悪魔が国内に居続けると自分たちや国民も危ないかも→アルシア<国の安全→宰相の「僕が手伝おう」=悪魔との交渉。という流れです。

・「手伝うからゴードン王子助けて」=標的の王子からさえも手を引いてもらえるなら国は安全だろうという発想→もし悪魔に断られたら「じゃあ王子とローズあげるからそれ以外は助けて」となった、かもしれない。

・でも悪魔はそもそもアルシアにしか興味がない。だからすんなり承諾。



 描写不足、申し訳。

 アルシアは言葉を切った。

 太陽は沈み、海はすっかり群青色に染まっている。浜の方では焚き火を囲んで踊ったり飲んだりしている人たちがあちらこちらに見えた。

 宰相は詰めていた息を吐き出した。


「だからあれだけ熱心に王太子妃らしくなろうとしていたんだね。悪魔に怯えていたからだったと」

「不自然でした?」

「いや。ただ気になっていたんだ。ゴードン殿下に夢中というわけでもなさそうだし、権力や派手な生活にも興味がなさそうなのにな、ってね」


 洞察力が鋭い。宰相はただの気さくな苦労人ではなかったんだな、とアルシアは酷い印象を改めた。


「ええ。全ては生きるためでした。生きて、普通の生活がしたかった」


 悪魔はアルシアが彼を拒絶するようになってからも毎夜アルシアの元へ現れていた。アルシアが沈黙したまま寝台にうつぶせになっていても、勝手に頭を撫でた。体に傷や痣があればそれを治した。

 ところがゴードンとアルシアが正式な婚約を交わした4年前から悪魔は姿を見せなくなった。おそらく神聖の力に抑圧されて顕現することもできなくなったのだろう。

 悪魔のいない夜は不思議に思えた。物心ついたころから9年続いた悪魔との交流が、ぷつりと途絶えたのだ。

 夜は一人になるものなのだとアルシアは初めて知った。悪魔に魂を取られずに済むと安心した反面、一人でいることが少し心細かった。

 けれどもそれが「普通の生活」なのだ。


 宰相は小首を傾げた。


「どうして首飾りを身につけ続けたんだい? 殿下の神聖のおかげで悪魔が封じられたんだったら捨てても良かったんじゃ」

「私が首飾りを手放して万一あれが加護の範囲から外れたら、悪魔がまた現れて遠くから私に何かするんじゃないかと思ったんです」

「悪魔の力がよくわからなかったってこと?」

「王族の神聖と違って悪魔の力は個体差が大きいみたいで」

「なるほど。……先王陛下が払った悪魔たちと比べるとあまり強い悪魔ではなかったのかな。首飾りから離れられなかったところといい、ローズ嬢の手元から君の元へすぐに戻らなかったことといい」


 ざざあ、ざざん、海の音が街を撫でていく。

 二人はしばらく黙ってそれを聞いていた。

 海の紺青はますます濃くなり闇色へと変わる。

 宰相は立ち上がった。


「僕はもうここにいる意味はない。明日の朝帰ることにするよ」

「……そうですか。お気をつけて」

「遅くまで悪かったね。家まで送っていくよ」

「このあたりは治安がいいんで大丈夫ですよ」

「いやいや、君を一人で家に帰したとばれたら僕が怒られるからさ」


 苦笑する宰相に、アルシアは素直に送ってもらうことになった。

 宰相はアルシアの後ろをついて歩く。アルシアは懐かしい気分になった。


(……不思議ね、昔に戻ったみたいだわ)


 かつてアルシアが悪魔を慕っていたころ、夜に外へ出ると悪魔はアルシアの後をついて歩いた。悪魔がいれば山賊と会おうと熊に襲われようと安全だと信じていた。無邪気だったあのころ。

 二人分の足音にかき消されるくらいの声で、宰相がぽつりと言った。


「アルシア嬢。悪魔が言ってたんだ。悪魔は嘘をつけないって。でも人間は違うんだよね。人は嘘をつくし約束も平気で破る」

「……そうですね」


 アルシアはゴードンを思った。婚約当時、13歳のゴードンは使命感を持ってアルシアを守ると約束してくれた。

 アルシアは下唇を噛んだ。

 ゴードンは約束を破った。しかしノックス家に彼を責める資格があるのだろうか。ノックス家とて悪魔との約束を違えようとしている。悪魔の力で富を得ておきながら代償は支払わない。そして代償を得られない褐色の悪魔は遠い故郷で暴れ続ける。


 罪悪感はある。だが、かといって死ぬのは嫌だ。


「ねえ、アルシア嬢。悪魔はどうして嘘がつけないんだろうね。人間は僕のような軟弱な者でも嘘をつくことができるのに」

「えっ?」

「おやすみ。……ごめんね」


 妙な言葉にアルシアが振り返ったその瞬間、闇が蠢いた。



***



 闇から顕現した悪魔は、気絶してふらりと倒れたアルシアを難なく受け止めた。


「あア、俺のアルシア。ようやく会えた……」


 彼はうっとりとアルシアを抱きしめ、その白い喉を撫でた。

 宰相はどっと汗をかいてその場に崩れ落ちた。膝が鳴って力が入らない。悪魔のプレッシャーからようやく解放されようとしているのだ。

 宰相の手から地面へとエメラルドの首飾りがこぼれ落ちる。それは黒い煙と化してアルシアの首へ纏わり付き、再び首飾りの形を取った。


「……さあ、務めは果たしたぞ」


 悪魔が宰相に求めたのは首飾りを持って東の大陸へ渡り、夜にアルシアと首飾りを引き合わせることだった。

 アルシアの場所は悪魔が教えてくれた。悪魔の力が強化された今、アルシアの体についた悪魔の匂いをたどれるのだという。だが悪魔一人では海は渡りにくい。だから宰相を駒にしたいのだと。


「約束通り手を引いてくれるな?」

「もう引いた。ご苦労だったなア、宰相殿」

「ゴードン殿下だけじゃないぞ! ほ、他の者にだって、国王陛下にも、第二王子だって、それに――」

「弱き者の哀れなことよな。ありもしないことを憂慮し、見えもしないものに怯える」


 悪魔はべろりと長い舌を出し目を細めた。

 人間は勝手に怯え、勝手に悪魔の悪行を妄想し、勝手に国を憂い、自ら悪魔の手先となった。……悪魔からはこう見える。宰相が自ら駒になったことは好都合だったが、悪魔の目には不可思議にも思えた。


「俺はお前たち自身には興味がない。それに悪魔は万能じゃアない、俺たちにも俺たちのルールがある。……さっさと去れ」


 宰相はほっと安堵した。それから申し訳なさそうにアルシアを一瞥すると一目散に宿街の方へ走っていく。

 悪魔は宰相の背中を見送って、心底愉快そうに笑った。


「悪魔は嘘はつかんがなア……ククク、俺が手を引いたところであいつらの心(・・・・・・)は元に戻るかねエ?」



***



 優しく額を撫でられている。

 アルシアが薄目を開けると傍らにそれがいた。開いた窓から入った月明かりにエメラルドの瞳と鋭い牙が光る。

 まるで、あのころのように。


(ああ、昔の夢ね)


 あのころは楽しかった。綺麗なエメラルド、心強い優しいお兄さん、幻想的に光茸が照らす夜の森の散歩。まさに夢のようだった。


(優しいだなんて、幼い私の勘違いだったのだけれど……)


 ぼんやりと悪魔に手を伸ばすと、尖った指先が優しくアルシアの手を握った。


「……え?」

「目が覚めたようだなア」


 悪魔の向こう側に、こちらの国で買ったエキゾチックな赤いタペストリーが見えた。


(夢じゃない!)


「ひっ……!」


 アルシアは飛び起きて転がるように寝台の端に身を寄せた。

 悪魔はアルシアの記憶の通りの姿で寝台の上にあぐらをかいた。


「怖がるな。俺は前よりも人間を学んだ、力も得た……アルシアが気に入るやり方を選んでやろう」


 アルシアの顔からますます血の気が引いた。

 ものの本によれば悪魔は魂を喰らう前に拷問を楽しみ、あるいは生きたままの肉体を喰らうのだという。悪魔の親切な(・・・)提案は痛みがないように魂を抜いてやるという程度の意味でしかないのだろう。

 悪魔はアルシアを舐め回すように眺めると嬉しそうに笑った。


「あと少しで成人だな、アルシア……実に旨そうになった」


 長い舌が、舌なめずりをするように動いた。

 アルシアはとっさに窓に駆け寄り、体当たりをするように飛び出した。

 窓の外は崖、そのずっと下に海がある。崖や岩礁にぶつかって死ぬ可能性の方が高いだろう。だが海に落ちて助かる可能性は残されている。

 それに。


(悪魔の手で死んで魂まで酷い目に遭うくらいなら、自分の手で死んでやる。ごめんね、お父様、お母様、ジェイラス……逃げ切れなかった)


 アルシアの体が宙に放り出される。浮遊感、そして風の音、近くなる波の音――……

 ぐ、と腹に圧力を感じた。


「っや! 放して!」


 アルシアの体には悪魔の舌が巻き付いていた。気がつけば窓枠まで引き戻され両腕で抱えられる。


「いや、嫌だ! やめて、やめてっ」

「チ、忘れていた。旨そう、ではなく……ああクソ、人間の小娘にはなんて言えばいいんだ?」

「死なせて! そのくらいいいでしょうよぉ……お願い……」


 アルシアは泣き叫ぶ。

 悪魔はアルシアの頬を撫でて呟いた。


「あー……俺の愛しいアルシア」

「ひいっ」


 アルシアは悪魔の腕の中で泣きながら身を縮こまらせた。きっとお気に入りの玩具のように、悪魔は愛おしいと言いながらアルシアの魂をもて遊ぶのだろうと想像する。それはどれほどの苦痛なのだろうか。

 悪魔は眉を寄せた。


「……違ったか。あー……アルシア、お前こそが俺の妻に相応しい。俺の嫁にもらうぞ」

「ううっ……ひっく、お母様……」


 アルシアは泣き続けた。ゴードン王子と結婚して普通の人間として生き続ける、そういう「夢」を見てしまった分、悪魔の嫁として魂を抜かれてしまうことが悲しくて仕方がなかった。


「これも違うのか! ……今夜は俺と熱い夜を過ごすぞ、アルシア。悪夢……は俺だ違う、邪魔者が入ってこられないようになア」

「……うええ……ひっく……お父様、ジェイラスう……」


 アルシアは家族を思った。悪魔の中でついにアルシアの処遇が決まったらしい。今夜、焼き肉にされるようだ。

 アルシアの頭に顎を乗せながら、悪魔は渋い顔になった。


「……可愛らしいとは残酷な運命を背負うものなのだな」

「ううっ……ひどいよお……」


 悪魔は額に青筋を浮かせた。服から覗く鞭のように長い尻尾で苛立たしげに床を打った。


「くそっ、あの能無し王子め! 戯れ言ばっかり吐きやがって、どれもこれも全然役に立たねえじゃねエか! なんであの女は嬉しそうにしたんだ!?」


 悪魔はアルシアを抱きしめたまま途方に暮れた。

 腐った神聖を喰らったところで、アルシアになんと言えばいいのか悪魔にはよくわからなかった。


 一方のアルシアは絶望的な気分でただ我が身を嘆くしかなかった。


「ひっく……死にたくないよお……」

「……お前はなんの話をしているんだ?」

「え……だって、私の、ひっく、魂取って、嫁にされるんだって」


 悪魔は仏頂面になって、涙で濡れたアルシアの頬をべろりと舐めた。


「魂を抜けば肉体が死ぬ。嫁にする女の体を滅ぼしてどうする」

「……じゃあ私の体を道具にするってこと? ひっく」

「道具ではなくて嫁にすると言っているだろうが。そんなことをするためにお前を生かしたと思っているのか」


 アルシアはようやく少し冷静になった。

 昔そうしたように悪魔を見上げると、悪魔は「ごちそう」を目の前にしたとは思えないほど不機嫌そうにしている。


「……じゃあ私はどうなるの? 悪魔の嫁ってなんなの?」


 悪魔は口をへの字に曲げて言った。


「どうもこうもない。嫁と言ったら嫁だ。俺の妻としてここでそのまま暮らせば良い」


 アルシアはたっぷり時間をおいてようやく悪魔の言葉を理解し、ぽかんと口を開けた。

※脅す方には長けていても口説き方はわからない。あふれ出すコメディ臭が止まらない。

 そろそろ完結です。

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