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婚約破棄からの逃走

 思いついたテンプレ一発ネタ。ホラー/オカルトめいた話ですのでご注意。ホラーとしては全く怖くないレベルですが、エグい・グロい描写はあります。

 深い設定はない話なので軽い気持ちで読んで下さい。ややタイトル詐欺です。

 あまり長くはなりません。

 校舎の角を曲がったアルシアは息が詰まったようになった。


 少し離れた生け垣のそばで、アルシアの婚約者ゴードン王子とローズ・ヘイル男爵令嬢が抱き合っているのが見える。二人はゆっくりと顔を近づけると熱烈にキスし始めた。


 アルシアは息を詰めてゆっくりと後じさった。校舎の影に完全に隠れてから走ってその場を去る。学園の門まで一気に走り抜けて足を止める。

 走るのを止めても鼓動は早いままだ。

 いつの間にか強く握りしめていた手のひらが痛い。


 ゴードンとローズの浮気は有名だった。なんせ学園では常に二人きりで行動し、友人にしては近すぎる距離でくっついているのだから。


 だがこうして生々しい浮気現場を目の当たりにすると、改めてショックを受けてしまう。

 アルシアは大きく深呼吸をした。


(大丈夫――大丈夫よ、アルシア。きっと一時の恋心に過ぎないわ)


 沸き起こる不安に蓋をするように、アルシアは自分に言い聞かせる。


(あと半年で成人、ゴードン様との結婚まではあとわずか。結婚してしまえばもう安泰(・・)なんだから――……)


 ドレスの上から胸元を押さえると、そこには宝石の固い感触がある。

 アルシアは固く目を瞑ってため息をついた。



***



 それから一週間と経たないうちに事件は起きた。


 大講堂に生徒を集めたゴードン王子は、ステージの上から声を張り上げた。


「……犯人はこの可哀想なローズに嫉妬し殺そうとした! その犯人、昨日の夜に学園の階段でローズを突き落とそうとしたのは――アルシア・ノックス侯爵令嬢、お前だ!」


 生徒たちは一斉にアルシアを見た。

 アルシアは一瞬、ゴードンになにを言われたのか理解できずポカンとしていた。それから徐々に青ざめ体を戦慄かせ始めた。


 ゴードンの取り巻きはみなローズを守るように側に控え、ステージ上からアルシアを睨みつけている。だが取り巻きの中でもアルシアの弟ジェイラス・ノックスだけは驚愕の表情になった。


「なっ、ゴードン殿下! アルシア姉さんはっ」

「すまない、ジェイラス。ショックを受けるだろうと隠していたんだ。お前を罪に問うことはないから安心しろ」

「殿下お許しを、姉さんはそんなこと絶対に――」

「認めたくないのはわかるが証拠があるんだ」


 アルシアはそのやりとりを見ながらただ震えていた。


(罪? 突き落とした? 証拠? なにそれっ……そんなこと、知らないから!)


 ゴードンは愛おしそうにローズを抱きしめた。ローズもまた潤んだ目で嬉しそうにゴードンにしがみついている。


(あの二人、こんなに堂々と)


 アルシアの心臓の音はますます早くなる。

 ゴードンがローズを妻に迎えたいと考えており、婚約者のアルシアを疎ましく思っているのは知っていた。

 アルシアにはそれが苦しくて、ローズが妬ましくて、けれどアルシアの地位は揺らぐまいとずっと我慢していた。


 ステージの上にいるローズと目が合う。ローズは勝ち誇ったような顔をしてゴードンの胸に頬をすり寄せた。

 その様子にアルシアははっと勘づいた。


(まさかローズは私に罪を被せて、それで)


 ゴードンは蔑むようにアルシアを見下ろす。


「アルシア。なにか弁明はあるか?」

「わ……私はなにもしていません! 突き落とすなんてっ」

「この後に及んで言い逃れか。罪を認める気もないか、この毒婦め! お前の罪の証拠はこれだ!」


 ゴードンはローズの手を取り、二人で高々となにかを上に掲げた。太陽の光にきらめくそれは大粒のエメラルドがついた首飾りだった。

 アルシアは悲鳴を上げた。


「それは私の――! なんで、なんでゴードン様がっ」


 アルシアは首元を触った。今朝身繕いをしたときはあったはずの首飾りがいつの間にか消えている。


(そういえば登校したときに誰かとぶつかって)


 アルシアは強かに頭を打ってしまったのだ。一瞬意識が飛んだ気もする。怪我もなかったし大げさにしたくないと誰にも言わなかったが。


(もしかしてあの時に)


 アルシアを見下ろすローズの目が嗤った。

 アルシアはふらりと倒れた。


「姉さん!」


 ジェイラスは駆け寄ってアルシアを抱きかかえた。

 ローズが目を潤ませて叫んだ。


「私が突き落とされたとき、逃げていく犯人がこれを落としたんです」

「だめ、返して!」

「ほら、アルシア様のものなんですね!」

「やはりか! ローズの証言通りだったな。アルシア、私はお前との婚約は破棄する、この悪女め! お前のような性悪な女狐は王妃にふさわしくない!」


 ゴードンは唇をゆがめてそう宣言した。


 凍り付いたようになっていた生徒たちがざわりとどよめく。学園の集会で侯爵令嬢を断罪、その上に婚約破棄宣言など衝撃的にもほどがあった。


 ゴードンは満足げに生徒たちを見渡すと、ふと手元の首飾りに目を向けた。


「それにしても、この首飾りは本当に美しいな。ジェイラス、これは誰の手のものだ?」

「それは……ノックス侯爵家に代々伝わるものでして」

「ねえ、ゴードン様ぁ。私、これが欲しいわ」


 うっとりと魅入られたように首飾りを握りしめていたローズがゴードンに甘えた声でねだった。

 アルシアとジェイラスは真っ青になった。


「そうだな、この首飾りは醜いアルシアには似合わない。清らかで美しいローズが身につけなくてはもったいない」

「ゴードン様!? それは私の大切なっ」

「今までさんざんローズを傷つけたお前がなにを生意気な! これは慰謝料代わりに没収するぞ」

「おやめください、それを手放せば不幸に――」

「ほう、幸運の首飾りなのか。なおローズにふさわしいじゃないか」

「殿下、どうか考え直して下さい! それは我が家にとってとても大事な」

「ジェイラスもいいかげんにしろ! ノックス侯爵家を取りつぶして全員牢獄に入れてもいいんだぞ!」

「そんな……」


 頼みの国王夫妻は隣国の王子の結婚式に招かれて不在であり、不在を任された宰相はこの場にはいない。あの切れ者宰相もまさか王子が学園でこんなことをしでかすとは思いもしなかったのだろう。


(どうしよう。どうしよう、どうしよう! これじゃあ私……)


 アルシアはジェイラスの腕の中でガタガタと震えた。ジェイラスもまた顔を強ばらせている。


「姉さん、このままじゃ……っ」

「なんで……なんで、どうして……私、なんにもっ」


 アルシアにとって、ゴードンとの結婚はここ数年の人生の全て(・・)だった。ゴードンに相応しいように教養を身につけ、元来のお転婆も我慢し、未来の王妃として相応しい素養を養ってきた。

 ゴードンとの結婚は、アルシアの光だった。


「ゴードン様と結婚できないんだったら、私っ……」

「姉さん!」


 アルシアは両手で顔を覆った。詮無い疑問が尽きることなく浮かび上がってくる。なぜ。なぜアルシアではなくロースが選ばれたのか。可愛さが足りなかったのか。謙虚さが足りなかったのか。どうして婚約破棄されたのか。


(このままじゃ、私は一生――……!)


 徐々に気が遠くなっていく。

 が、そのとき、アルシアに天啓が降りた。


(……ん? 待って、もしかしてこれって……チャンス(・・・・)じゃない!?)


 真っ暗になっていたアルシアの心の中にまばゆい一筋の光が差し込む。

 アルシアは急いでジェイラスに囁いた。


「ジェイラス! これは好機かもしれないわ!」

「え、なにを――……は、そうか!」


 機転の利くジェイラスはアルシアの意図を正確にくみ取り、顔を引き締めた。


「わかりました、アシストします! 姉さんはそのまま弱ったフリを」

「わかったわ」


 ジェイラスは泣き出しそうな顔を作ってゴードンに懇願した。


「殿下、お願いします! 寛大な心を持ってお許しを」

「愛しい女を傷つけられて許せるはずがなかろう。だがせめてもの温情だ、ノックス家は残してやるが首飾りは没収だ! 後はそうだな、アルシアは塔に監禁するか、国外追放か……」

「国外追放!? い、いやあっ!」


 アルシアはわざと悲鳴をあげてみせた。

 ローズの目がキラッと光ったのをアルシアは見逃さなかった。


(よしこい、こい、こい――!)


 先ほどまでの絶望感から一転、アルシアはギャンブラーのように神に祈った。

 ローズは目から涙を零すとゴードンに抱きついた。


「ゴードン様ぁ……私、アルシア様が同じ国にいると思うと怖くってぇ……」

「おお、可哀想に、私のローズ。それならアルシア、お前は国外追放だ! 異国の地で反省するがいい」

「そ、そんな……っ!」


 アルシアは両手で顔を覆いながら内心で喝采をあげた。


(き、き、き、きたあああああ!!)


 ポーカーで言えばロイヤルストレートフラッシュ、ブラックジャックでいえばキングとエースを引き当てたような気分になる。

 ローズの性格上、アルシアが嫌がることを全力でしそうだと思ってしかけた策だったが見事にひっかかってくれた。


 ジェイラスは歯を食いしばって項垂れているフリをしながらアルシアに囁いた。


「姉さん! やりましたね!」

「やったわよ、ありがとうジェイラス! 意外とちょろかったわ!」

「そうですね! 王子に命令されたんですもんね、国外に逃げても仕方ない(・・・・)ですよね!」

「ね! 私たちの意思じゃないし仕方ない(・・・・)わよね!」


 そんな会話がなされているとは露知らず、ゴードンとローズはステージの上でいちゃつき始めた。


「ローズ、私のローズ……」

「あぁ、ゴードン様ぁ……」

「ローズ! お前こそが聖女だ、私の未来の妻、未来の王妃にふさわしい! 私と結婚してくれ!」

「きゃあ、嬉しいっ!」


 ゴードンは首飾りを握りしめるローズの手を取って引き寄せ、熱い口づけを交わす。

 こうして茶番のようなプロポーズ劇を終えると、ゴードンは冷たい目をしてアルシアに言い放った。


「さっさとこの国から出て行け、悪女が! ふん、立てないか……ジェイラス、連れて行け。猶予は一週間だけ与えてやる」

「……御前失礼いたします」


 ジェイラスは弱ったフリをしているアルシアを抱えてそそくさと出口を目指す。

 困惑している生徒たちはさっと左右に分かれてアルシアたちを通してくれた。


 と、そこにローズの震える声が響いた。


「ま、待って下さい!」


 アルシアはハンカチで口元を押さえたまま振り返る。


「アルシア様……謝って下さい! 悪いことをしたら謝るのが当たり前じゃないんですか!?」


 ローズはきりっと正義面をしているが、その奥には侯爵令嬢に勝ったという優越感や愉悦があることがアルシアには見て取れた。

 侯爵令嬢が人前で男爵令嬢に頭を下げるなど屈辱以外の何者でもない。


 ――が、アルシアは素直に頭を下げた。


 生徒たちは一層どよめいた。


「……申し訳ありません。ローズ・ヘイル様、そしてゴードン殿下」


 アルシアがあっさり頭を下げたことにローズとゴードンはぽかんとしている。

 しかしこれはアルシアの本音だった。


(ごめん、ごめんね、本当にごめん! でもあなたたちが選んだことだから頑張って! 現れない(・・・・)かもしれないし、うん!)


 こうしてアルシアとジェイラスは学園から脱出することに成功した。

 二人はそのままノックス侯爵邸へ大急ぎで帰り、ノックス侯爵夫妻――アルシアたちの両親と対策を練って、アルシアは翌日の朝には王都を去ったのであった。


 ホラーにしたかった、しかし溢れるコメディ臭。


<紹介>


○アルシア・ノックス

 王子の婚約者の侯爵令嬢。元・じゃじゃ馬娘。


○ジェイラス・ノックス

 アルシアの弟、ノックス家嫡男。王子に仕えている。優しい。


○ゴードン

 王子。浅慮軽薄型。


○ローズ・ヘイル

 王子の恋人の男爵令嬢。性悪。

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