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フリューゲルス家のテラスはとても居心地が良い。この家にいる人たちの気質が影響しているのか、空気が澄んでいて息もしやすい気がする。


・・・多少の、いや、おもいっきり自分の気持ちも思いっきり含まれている気がするが。


たわいもないことを考えては止め、考えては止め、を何回も繰り返す。どうも俺は柄にもなく緊張しているようだ。これから起こること、言うべきこと、伝えたい事はあとからあとからあふれ出ては来るが、形にしようとすれば崩れ落ちていくようなものばかりで・・・やっぱり緊張しているみたいだ。


その時、リリアンの気配とナニかの気配がするのに気付いた。どうやら扉のむこうにいるようだ。何故だかなかなか入ってこない様だが、こちらの都合はいい。少し緩んだ気を引き締めようと、ぐっと、眉間に力を入れる。


だいじょうぶ、だいじょうぶだ。


呪文のように、よく効くまじないのように心の中で繰り返す。先ずはあいさつ、体調について、婚約について・・・。


テラスに入ってきたリリアンは少し硬い表情を見せてはいたが、周りに纏っているオーラは綺麗なもので、いつものように暖かい色をしていた。どうやら心配していたよりも体調は良さそうだ。ただ、右の肩にナニかをのせていた。この感じはリリアンが溺れた時に感じた聖霊・・・?

まさか、リリアンに何かよからぬことをしようと近づいているのではないのか、リリアンの『いとし子』としての性質にひっぱられて、考えなしにちょっかいを掛けたのか?

考え込む俺を、リリアンは少し怪訝な様子で見つめ首をかしげてはいたが、直ぐに腰を落とし丁寧な淑女の礼をとり、話し出した。


「 ごきげんよう、ジークリオン様。今日は訪ねていただいてありがとうございました。」

「 ああ。」


そこまで言うと何かを思い出したのか、少し楽し気にリリアンが笑う。すると纏うオーラがふるふると揺れる。見ていて気持ちがいい。

他の者のオーラは大体大きくほのかに揺らいでいることが多いのだけれど、温度までは伝わってこない。リリアンを包むあたたかいオーラを感じて、不思議に思う気持ちとともに何故か泣きたくなってきた。やばいと思ってさらにぐっ、と、眉間に力を入れる。こんなところで涙を浮かべるなんて、恥ずかしすぎる。


そんな俺の様子を見たリリアンが少し慌てたように急いで話し始める。


「 ジークリオン様、この間は危ないところを助けていただいて本当にありがとうございました。お陰さまでここまで回復いたしました。これもすべてジークリオン様のお陰です。」


リリアンはそこで一息吸って、話を続けた。


「 お礼、と言ってはおこがましいですが、こちらをご用意いたしました。あまり上手ではないですが、気持ちを込めて作りました。お使いください。」


そこまで言うと、立っている俺のそばのテーブルの上にコトリ、と、石をのせた。静かに光っている親指くらいの大きさの石はおそらく護り石だと・・・。


護り石?


先ほどよりも近づいたリリアンは顔を少し伏せているのでここからだとよく顔が見えない。

ま、護り石とは好きな相手の無事を祈るために渡すものだと聞き及んでいるんだが・・・。本物なのか?

おれ? 俺に贈ってくれるのか?ああ、ハンスに言われて無理矢理作ったのか・・・。嫌がってなければいいのだが、どうだろう。


そう結論付けてリリアンを見ると、顔を上げてこちらを見るリリアンと正面から目線が合った。すぐにそらされるだろうと思い、そのまま見つめ続けてしまったが、明らかにリリアンの反応がおかしい。


直ぐにそらされると思った。


いつものように、また。


遠くからしか見ることが出来なかったリリアンの瞳を正面から、そして近くで見ることが出来たのはとても嬉しいのだけれど、いつもと違う事をされると不安になる。ひょっとしてまだ調子が悪いのだろうか。今日の約束も重荷になってしまっていたのかもしれない。


「 リリアン。」


呼びかけてもじっと見てくるリリアンにやはりと不安を感じる。


「 リリアン、どうした?まだ調子が戻らないのか? 」


返事がないので続けて声を掛ければ急にリリアンの表情が動き出した。

まず瞳が元気に動き出し、それに合わせて肩が揺れる。俺を見上げていた顔も横を向いたり後ろを振り返ったりいそがしい。パタパタという音がきこえてきそうなほどの動きに可愛らしさが勝ってめちゃくちゃに撫でたくなってしまう。可愛い口がパクパクと開いたり閉じたりしているが声は出ない様だ。どれだけ焦っているのかと思って思わず笑ってしまった。


あ、顔が赤くなった。


まずい、笑ったせいで怒ったのかもしれない。可愛くて笑ってしまったが、リリアンはばかにされたと思ったかもしれない。慌てて口元を引き締めて、あわよくばリリアンの頭を撫でようとした右手を握りこんだ。危なかった。それに、こんなリリアンの表情は見たことがある。怒り出す一歩手前の顔だ。


「 リリアン、かえって気を使わせた様ですまない。リリアンが用意してくれたようだからこの護り石はありがたくいただいておくよ。だが、これ以上のお礼はしないでくれ。大したことはしていない。」


ここまで言って話すのをやめ、大きく息を吸い込んだ。どうだろうか、この言い方で正解なのだろうか。どんな反応が来るのかが怖くてリリアンの方を見ながら言うことが出来ない俺は、リリアンの拒絶される返事にまだ覚悟が出来てない。なるべくリリアンの方を見なくて済むように自分の靴先を見つめながら口を開いた。


「 あー、リリアンは約束を憶えているだろうか。その、つまりは、私と、リリアンの、婚約の話なのだが、護り石という事は、その、承諾した、という意味でいいのだろうか?」


さあ、断るのならバッサリといってくれ! と、思ってリリアンを待つが反応がない。俺の発言した内容に衝撃を受けてしまって動けないのだろうか。


「 リリアン、聞いているのか?」

「 はいっ」

「 それで、どうなんだ?」

「 ? 何がですの?」

「 婚約のことだ。」

「 誰と誰が婚約なさったのですか?」

「 俺とリリアン、君だ。」


ここまで言って気付く。やっぱりリリアンは約束を忘れているし、思い出していない。そしてあの護り石も特別な理由がなかったんだという事に。俺の発した言葉に動かなくなってしまったリリアンの右肩にのっかているナニかが嫌な感じに笑った。腹が立った俺は少し苛立ってしまい、リリアンを問い詰めるような口調になってしまうのを止められなかった。


「 聞いていないのか? 俺との婚約のこと。」


思いっきり首を横にふりながら俺に対して「 わかりません 」を繰り返すリリアンに今度は怒りが隠せなくなってきた。怒りの原因はもちろん俺だ。

よく考えてみれば当然だ。小さい頃の約束はもちろん、あの洞窟でのことを忘れさせたのは俺自身だ。自分が生きたがったばっかりにリリアンに俺の勝手を押し付けて、拒絶される前に遠ざけた。拒絶されるよりは無関心の方がマシだと思ったからだ。勝手に期待して、勝手に失望している。

だが、ここにきても俺のわがままがリリアンを離そうとしない。止めた方がいいのはわかっているが、止められない。


「 残念だったな。俺みたいなのが相手で。君には申し訳ないが婚約に関してはもう決定した事なので撤回はできない。」

「 え? なにを・・・。」


酷いことを言われてショックを受けているであろうリリアンを一人残し、そのままテラスから出ていく。廊下を正面玄関の方へ向かうと後ろからリリアンが追いかけてくる気配がする。

それと同時にクスクスと笑っているナニかの気配も感じ、余計に苛立ってくる。なぜあいつは側にいることが出来るのか。

本当は今すぐ振り向いてリリアンに許しを請いたいが、どうしてもこんな情けない顔を見せたくない。今の俺の顔は醜く歪んでいるから。それにこころの奥の底にはびこっている矜持が邪魔をする。


ここにきても俺はリリアンよりも自分を優先するのか。


振り向かずにそのまま伯爵家を飛び出し衝動のまま歩きだす。自分の情けなさに反吐がでる。でも足は止まることはなかった。

今度こそハンスにも捨てられるのだろうな、と思い笑ってしまった。





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